第8話 あなたは大事な存在
家を出て追手が来ないことを確認した私たちは野宿することにした。
何度も追手から逃げていた私は野宿が当たり前だったから抵抗がない。むしろヒサアキがいる分安心している私がいる。
「主殿、これからどうされますか?」
前回までは魔女狩りは村人たちの意思で行っているものだと思っていたけれど、あの様子だと操られている可能性が高い。
ディアナの顔がチラついた。そういえばここから近い街でも魔女狩りが始まる頃だ。
対象は聖女。街の人たちのために祈り、神の啓示を伝える人。
私なんかとは違う綺麗な人。なんで殺されないといけないんだろうと思っていたけれど、闇の妖精の仕業だと思うと
「主殿?」
口を閉ざして火を見つめている私を心配そうにヒサアキが見つめてきた。
「そろそろお休みになりますか?」
「ねえ、ヒサアキ」
「はい」
呼ぶと穏やかな声が返ってくる。
「ここから近い街に私と同じで魔女狩りで殺されるかもしれない子がいるんです。今回はその子を」
「助けたいですか?」
「……分からないです。ただ、会って話してみたい。今まで逃げてきた私に助けるなんて許されないのだけれど」
抱えた膝をさらに自分の元へ寄せる。そうだ。ずっと逃げてきた。聖女が殺されるのを耳を塞いで、目をそらして逃げた。
そんな私が今さら助けたいなんて言う資格もないことはわかっている。でも、闇の妖精の仕業だとしたら阻止することで道が開けるかもしれないと思った。
「主殿、僕はあなたの忍びです。あなたが命じれば命じたままに動きます」
「ヒサアキ」
「でも、その前にそろそろ寝ましょうか。見張りは僕がやりますから安心して寝てください」
ヒサアキは寝ずに番をするつもりなのだろうか。それだと寝不足になるのはヒサアキの方だ。私は火を消そうとしているヒサアキの袖を引いた。
「主殿?」
「それだとヒサアキが寝不足になりませんか?」
「僕は忍びですからこういうのは慣れいてるんですよ」
「わ、私だって慣れています! だから……」
あなたに休んでほしい、と一言告げるだけなのに言葉がつっかえて出てこない。微かに息を吐いた気配を感じて見上げるとヒサアキは困ったように眉を下げていた。
「……僕は忍びで、あなたは僕の主。忍びは主殿の道具です。けれど、主殿は道具の僕を心配してくれるんですか?」
「何を言っているんですかヒサアキ。ヒサアキは道具じゃないです。道具だって思ったことは一度もなくて……」
揺らぐ火がヒサアキの顔を照らしている。忍びがヒサアキのいた世界ではどんな存在だったのかはそんなに知らない。
ヒサアキが言うように道具として扱われていたのかもしれないけど、今の私にとっては主従でも道具でもなくてもっと大事な存在だ。
その名前が分からないから言葉に詰まる。
ここで言わないとヒサアキに伝わらない。私はヒサアキの袖を強く引いた。
「ヒサアキは私にとって大事な存在です。だからヒサアキに負担をかけたくないし、倒れてほしくない。怪我だって、危ないこともしてほしくない。私には忍びがまだ分からないからヒサアキの考えを理解出来ないことも多いけど、私にはヒサアキしかいないから……」
一気に告げた私は自分が何を口走っていたのか分からなくなった。急に押し寄せてきた恥ずかしさに言葉が出てこなくなる。
開いていた口を閉じて俯いた。変だな。今までこんなこと誰かに思ったことないのに。
ヒサアキの反応が怖くて顔を上げられない。袖を掴む指がふるえてる。
「忍びは道具だと教えられ、そうなんだと受け入れてきました。以前仕えていた主君も僕たち忍びを抱えておりましたが、道具としか見ていませんでした」
穏やかだけど、少し悲しそうな声に私は顔を上げた。ヒサアキと目が合うと彼は微笑んで袖を掴んでいる私の手に手を重ねる。
「エリアーデ殿は忍びの僕を道具としてではなく人として大事だと言ってくれるんですね」
そう言ってヒサアキは私の手を取ると引き寄せた。
何をするのか分からなくてただ、ジッと見つめていた私は自分の手の甲にヒサアキの唇が触れて初めて目を丸くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます