第7話 平穏の終わり・魔女狩りの開始

「主殿、味見をお願いします」


 何度もしているやり取りに慣れた私はヒサアキの隣に立って味見をする。


 魔女狩りが始まらない世界でこのままヒサアキと暮らせたらいつかは呪いが解けるかもしれない。


 そんな甘い考えが私に生まれる。


 けれど、呪いは私に甘くなかった。


 あれから村人たちとの交流が増えていろんな人と話せるようになった私は今回の村人たちは魔女狩りなんてしないと勝手に思い込むようになっていた。


 ヒサアキが少し村の様子を見てくると言って出て行ってすぐ血相を変えて戻ってきた。


「主殿! 今すぐ逃げる用意をしてください」


「ヒサアキ?」


「村人たち様子が変です。急に自我を失ったように魔女を殺せと呟き始めて松明を手にこちらへ向かっております」


 冷汗が背中を伝う。ああ、今回もダメなんだ。村人たちと交流が出来たから殺されないと思ったのに。やっぱり呪いは続いているんだ。


 ヒサアキに促されて私は両親の残した魔法の鞄に薬と魔道具をいくつか、服などを入れて逃げる準備をした。


「主殿。一つ提案があります」


 ヒサアキの提案は逃げる前に偽装できないか、というものだった。魔女狩りで家に火が放たれるのは予想できる。


 ならばそれを利用して魔女はここで死んだと思わせた方が追手がこないとヒサアキは言った。


 私はヒサアキの提案に乗って彼の言う通り蠟人形ろうにんぎょうを作って服を着せた。


 松明が見えたところで裏口からヒサアキが私を横抱きにすると跳躍ちょうやくしようとした。


「ヒ、ヒサアキなにを」


「なにを、と申されましても。今から主殿を抱えて木に移ろうかと」


 戸惑う私にヒサアキはきょとんとする。彼には私が戸惑う理由が分からないらしい。


 いくらなんでも人を抱えて木に飛ぶことは魔法で浮遊するならまだしも普通は出来ない。


 いや、ヒサアキなら忍びですからの一言で出来てしまうのかもしれない。でも、私を抱えてだと負荷がかかる。ヒサアキの負担にはなりたくない。


「わ、私は重いですよ? 人間の体重って知っていますか? いくらヒサアキでも私を抱えて木に移るのは……」


「主殿。時間がありませんので諦めてそのまま抱えられていてください」


「ヒサアキ!」


 聞く耳を持ってくれないヒサアキは私を横抱きにしたまま譲らない。それなら私にできることは一つだけ。


 浮遊の魔法で少しでも身体を軽くすることだ。私はヒサアキの首に腕を回して身体を密着させた。一瞬、息を呑んだヒサアキは私を抱える手に力を込める。


「では、行きますよ。主殿」


 そう言って木に飛び移ると木の上から私たちは村人たちの様子を観察することにした。


 今までは逃げることに精一杯でそんな余裕もなかった私は新鮮な気持ちで村人たちを見た。


「魔女を殺せ」


 口々に呟くけれど、声に抑揚がなくて目も虚ろで何かに操られているようだった。


 さらに目を凝らすと村人たちから黒いもやが微かに見えて魔法をかけられていることに気づく。


 蠟人形ろうにんぎょうが動いているのを私だと誤認した村人たちは火を放った。燃えていく家を眺めながら私は一つの可能性を考えた。


 魔女狩りは何者かが魔法で誘導しているのかもしれない。魔法の類は闇。


 あの闇の妖精の顔が浮かんだ。私の容姿を奪った醜怪しゅうかいな妖精。あれは今どこで何をしているのだろう。


「主殿、そろそろ移動しましょう。煙を吸ってしまいます」


 ヒサアキに促された私は頷くと燃え盛る家を後にした。


 前回までなら一人で逃げていたのに。今回はヒサアキがいる。それがなんだか不思議で、頼もしい。

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