第6話 変化
食べたことがあるはずなのに、一番美味しいと感じるのはヒサアキが作ったからなのだろうか。食べながらヒサアキからの視線を感じて見上げると目が合った。
「すみません。食べてくれたことが嬉しくて主殿の食べる姿をジッと見つめておりました」
照れたように笑うヒサアキにつられて私も表情が和らいだような気がした。
私が食事を摂ることがよっぽど嬉しかったのかヒサアキは毎日いろいろな食事を作っては私に食べさせた。
穀類や植物などは薬の材料をそろえるのと同じ要領で魔法を使えば自由に育てることが出来る。ヒサアキが収穫して加工しては食事として提供する生活が続いた。
「ヒサアキは忍びだったのに農作業も得意なのですね」
薬の材料を煮ている中でふとした疑問が口をついた。穀類を収穫して加工しているヒサアキが手を止めて小さく笑った。
「忍びの任務がないときは里で農作業をしていたので」
「そ、そうなのですね。ヒサアキの育ったところの作物もいつか食べてみたいですね」
「そう言えばここでは全く食べ物が異なりますからね」
ヒサアキの言うオコメやミソが不思議な響きに聞こえる。今の私には想像しか出来ないけれど、いつか叶うなら。
「主殿、呪いが解けた暁には共に遠く離れた土地でこうやって穏やかな時間を過ごしながら僕の育った土地の作物を作る、というはいかがでしょうか」
「え!?」
今私が思っていたことをヒサアキが言ったことに驚いた。叶うなら私もこの時間が続けばいいのにと思っていたところだ。
「お嫌でしたか?」
「ううん。そんなことはないです。もしも、呪いが解けた時には……」
夢を見るくらいは許されてもいいのだろうか。こんな願い今まで一度も持ったことなかったのに。ヒサアキに出会ってから私の周りが変わり始めていた。
村で情報を集めてきたヒサアキはお金の価値も学んできたらしく、私が売っていた薬の価値について熱く語った。
ヒサアキが言うにはずいぶんと安く買われて、高くで街に売って村人たちは儲けにしていたらしい。次に買いに来た時にはヒサアキが対応すると意気込んでいた。
ヒサアキと生活を初めて数週間が経った頃、私の身体に変化が起こった。
食事の効果だろうか、醜い老婆のような姿から本来の少女の姿に戻っている時間が多くなった。だからといって呪いが解けたわけではない。
私は愛されていない。
死ぬまでに愛されなければ呪いは解けず、またループを繰り返す。次にループをしたとき、再びヒサアキと出会えるのだろうか。
出会っても彼はまた初対面からだ。
また胸が痛む。
この感情が何なのか分からない。
考えている間に久しぶりに村人が薬を買いに来た。ヒサアキは料理中で手が離せないから私がドアを開けた。いつもの中年の男性たちは私を見て目を丸くした。
「あれ? 君は魔女の弟子かな?」
「え?」
彼らが言っている意味が分からなくて困惑する。魔女の私は変わっていない。まさかと思い自分の頬に触れて分かった。
「そうなんですよ。僕たち行き倒れているところを魔女様に拾ってもらってここで暮らしているんです。ね、エリー」
返答に困っているといつの間にか料理の手を止めたヒサアキが私の背後に立って助け舟を出してくれた。
驚いてヒサアキを見ると、村人に寄せた好青年に変装していた。
いつの間にとも思ったけれど、忍びであるヒサアキにとって変装は造作もないことを思い出して受け入れた私はヒサアキに話を合わせるように頷いた。
「そうか。あの魔女そんな一面もあるんだな」
「薬を買いに来たんですか?」
「あ、ああ。いつものを頼む」
私が薬を取りに行っている間にヒサアキが村人と値段の交渉を始めていた。
薬を持って来たころにはヒサアキに言い負かされた村人が苦い顔をしてお金を支払っているところだった。
「しっかりしてるな少年。今まで悪かったよ。魔女に言っておいてくれ」
「魔女の薬はみんな重宝してる。ありがとうな。これからもよろしくってよ。お嬢ちゃんも魔女になるならしっかり学ぶんだぞ」
そう言って村人たちはお金の入った麻袋を私の手に乗せて帰っていった。今までと違う態度に目を丸くする。
同じ薬の数なのに、今日支払わられたお金の重さが全然違った。
「まったく。主殿の作った薬を安くで買おうなんて許せませんよね」
「ヒサアキが言ってくれたんですか?」
「もちろんです。しっかり村で学んできましたから。さっそく役に立ちましたね」
得意げな顔で笑うとヒサアキは料理の続きをしに戻ってしまった。残された私は村人たちの言葉をかみしめる。
「……お礼を言われたのは初めて。ヒサアキが来てから何もかもが今まで違う」
村人たちの反応から今までと異なる流れに少しだけ希望を抱いた。魔女狩りは今回はないのかもしれない。
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