第5話 ヒサアキが村に潜入している間に

「先ほど来た彼らの話す言葉が異国の言葉に聞こえたのです。まったく理解できませんでした」


 やっぱりそうだ。私たちは契約しているから言葉が通じているだけで、異世界の住人であるヒサアキにはこの世界の人々の言語は異なって聞こえる。


 私はそのことをヒサアキに話すと彼はこの世界の文字と言葉を教えてほしいと言ってきた。


 ヒサアキはある程度理解すると少し考え込む仕草をして口を開いた。


「主殿、少しいとまを頂きたいのですが、よろしいでしょうか」


いとまですか?」


「はい。少しの間主殿の元を離れて村で生活しようと思います。その方が時世じせいや文化、食事等一度に学べる故。学び終えたらすぐに戻ってきます」


 たしかに私ではヒサアキに教えることが出来ない。魔女狩りが発令されてこの森を出発して何度か旅をしてきたけれど、そんなに詳しいわけではない。


 どうせ死んでループするのだからと学んでこなかったツケだ。


 私はヒサアキが村で生活することを許可した。翌日にはヒサアキは何も持たずに出かけた。ヒサアキを召喚してからたった数日。


 一人に慣れていたはずなのに家が急に広くなったように感じる。


 私はヒサアキが戻って来るまでの間、そして魔女狩りが始まるまでの間で出来るだけ多くの薬を作っておこうと魔法の大釜に水を入れた。


 魔女狩りが始まればこの家に村人たちが火を付けに来る。いつもその前に動物に変身して遠くに逃げていた。でも今回はヒサアキがいる。


 彼と共にどこまで逃げることができるのだろう。


 魔女狩りまであと二カ月くらい。それまでに準備をしておかなければ。大釜に入った水に映る自分の顔はやっぱり老婆のようだ。


「そういえばヒサアキどうしているかな……」


 ふとヒサアキのことを想った。その瞬間、大釜の中の水が揺れて覗き込んだ私の顔を映し出した。映った姿は老婆のような顔ではなく、本来の私の顔だった。


「え……? どうして」


 次に映った時には再び醜い姿に戻っていた。疑問に思いながらも考えたところで答えなんて出ない。私は首を振って思考を散らすと大釜の中に薬になる材料を入れた。


「プードラ・ブリラッド、プドラ・ペルリンピンピナ、ウアーデ」


 呪文を唱えれば大釜の中に薬が出来上がる。小瓶に入れて箱に並べては薬を作る、を何度も繰り返した。


 ヒサアキが出て行ってから数週間後、薬もほとんど出来上がった。もうヒサアキは帰ってこないのかもしれない。そう思った瞬間、胸が針で刺されたように痛んだ。


 こんな痛み知らない。


 私は左手薬指に視線を落とす。痣は変わらず付いていてヒサアキとの契約は続いていることを示していた。指で痣を撫でればなぜか胸の痛みが和らいだ。


 ドアを叩く音に私は反応してドアの前に向かった。村人かもしれないし、ヒサアキが帰ってきたのかもしれない。ドアを開けるか迷っていると、ドアの向こうから声がした。


「主殿、久明です。戻ってまいりました」


 久しぶりに聞いたヒサアキの声に安堵している自分がいることに気づいた。なぜかは分からない。


 今まで何度もループを繰り返しているのにこんな気持ちは初めてだった。私はドアを開けた。


「瀬野久明、ただいま戻りました」


 目の前に立つヒサアキは村に行く前と比べるとずいぶんと変わっていた。服装も村人と同じ麻で出来た服を着ていて荷物を背負っていた。


「お、おかえりなさい。荷物がいっぱい」


「ああ、これですか。料理を覚えて来ましたのでその材料です。他に服とかいろいろ」


「料理ですか?」


「はい。主殿はほとんど食事を摂りませんからね。心配だったんですよ。この世界の食文化も少しですが学んできましたので食事をしながら情報を整理しましょう」


 ヒサアキはそう言うと荷物を整理してから料理を始めた。私は幼い頃に両親を亡くしてからずっと一人だったから料理というものを作ったことがない。


 薬は魔導書に書かれているから生きるために学んだけれど、食事に関してはどうせ魔女狩りで逃げ回る生活を強いられるのだから必要ないと思っていた。


 料理をしているヒサアキの背中を見つめながら漂ってくる匂いにつられて空腹感がやってきた。


 不思議な感覚に戸惑っている間にヒサアキがテーブルにシチューを注いだ皿を置く。


 パンは明日焼くからと笑いながら座るように促されて一緒に食事をすることになった。


「美味しい……」


 シチューを口に入れて最初に出た感想だった。

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