第3話 忍び
書き終えた頃には日が落ちて夜になっていた。
「夜よ、このうえもない秘儀の友よ。昼の光のあとをうけて、金色に輝く星よ、月よ。我に力を与えよ。我が声に応じて姿を現せ」
魔法陣が淡く光り出した。次第に光が強くなり目を開けていられなくなった私は強く目を閉じた。光が弱まり魔法陣の中に誰かがいる。
召喚は成功した。
目が慣れてきて召喚された存在を認識できるようになる。
真っ黒な服に瞳も真っ黒で、黒い布で頭と口元を覆っている人のようなものがいた。目元しか見えないけれど私と同じ十五、六歳くらいの少年に見える。
いや、もしかしたらもう少し年上かもしれない。少年は周囲を警戒するように見渡して私に視線を合わせた。
「あの……」
「何が起きて……」
私たちの声が重なった。全身黒い少年は悪魔なのだろうか。
悪魔にしては魔力が感じられない。だとしたら召喚されたのは何者なのだろう。
「すみません。ここはどこでしょうか?」
「えっと、アズゼーテという世界でここは森の中にある私の家、です」
警戒しながらの問いに私は答えた。
「あずぜえて?」
少年が眉を寄せて聞き返す。言語に違和感を覚えたけれど、私は召喚された相手が何者か知るために問いを口にした。
「あなたは悪魔ですか?」
「あくま?」
疑問符を浮かべる相手に私も首を傾けた。どうやら召喚されたのは悪魔ではないらしい。それどころか悪魔を知らないみたいだ。
「呼び出した者と契約を結んで対価を支払うことで願いを叶える存在です」
「呼び出した者と契約を。なるほど、それでは僕を呼び出したあなたは我が
アルジ、という聞き馴染みのない単語が少年から飛び出したけれど、私は召喚者であることに変わりはないので頷いた。
「僕はあなたの言うあくまではありませんが、忍び
「シノビ?」
知らない単語だ。聞き返した私に少年は片膝を折りこちらを見上げる。
「知りませぬか? こちらには忍びがいないのでしょうか。忍びとは主の命により敵国へ潜入したり、国を落としたり、
国を治めたいとも思わない私には魅力は感じない。どうやら私が召喚したのは異世界の住人でシノビという人らしい。
言語に違和感があるのはそのせいだろう。言葉が交わせるのは私たちが召喚者だからだ。
「つ、仕えると言ってもあなたには元の世界での生活とかあったのではないですか?」
異世界の住人を無理やり連れてきたのかもしれない。
彼には彼の生活、日常があってそれを奪ったのかもしれない。口にした私に相手は目元を緩めて首を左右に振った。
「僕はあちらで一度死んでおりますので帰るところはないです。今から主殿の傍が僕の居場所となります。この瀬野久明をどうか末永くお傍に置いていただければと」
そう言って
それなら今回だけなら。
どうせまた死んでループするだけだと私は彼に手を差し出した。
「よろしくお願いします」
相手が顔を上げた瞬間、私の左手薬指にチリッと痛みが走る。痛みが引いて自分の指に視線を落とすと朱色の花柄の
召喚者との契約が成立した証のようだった。
「そう言えばあなたの名前はなんて呼べばいいですか?」
「僕ですか? 瀬野久明ですから、瀬野でも久明でも主殿の呼びやすい名で結構ですよ」
「セノヒサアキ」
「えっと、瀬野が苗字で久明が名前です」
「じゃあ、ヒサアキと呼ぶことにします」
「はい。主殿の名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「エリアーデです」
「えりあーで殿。これからよろしくお願いします」
ぎこちなく私の名前をヒサアキは紡いだ。今までずっと魔女としか呼ばれていなかったからか、誰かに名前を呼ばれたのはずいぶんと久しぶりだった。
ふと視線を感じて顔を向けるとヒサアキがジッと私を見ていた。目が合うとヒサアキはハッと我に返って視線を逸らす。
そう言えば今の私は妖精の魔法で醜い老婆のような姿をしているんだった。
隠れるようにフードを被ろうとした私にヒサアキが慌てたように声を上げて立ち上がった。私の手首を掴んでフードを被ろうとしたのを阻止する。
「申し訳ありません。ジッと見つめてしまって。その、えりあーで殿が今まで見た女性よりも綺麗《きれい》で見惚れてしまいました」
「え?」
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