第2話 108回目のループ

 いつもの自分の部屋で目を覚ました私がすることはまず部屋の壁に線を足すことだ。壁には縦線四本に斜め線一本が貫いているものがいくつも書かれている。


 そこに一本書き足して108が壁に並ぶ。私がループした回数だ。


 私は鏡の前に立ち服をめくった。先ほど貫かれた傷跡はない。


 鏡に映るのはプラチナブロンドの長い髪にアイスブルー色の瞳の少女ではなく、目元にクマがあり頬もせこけている醜い老婆のような私。


 手入れのされていない髪はボサボサで食事もろくに食べていない身体はやせ細っていて肋骨が浮き出ている。


「ふっ、ははは。誰もお前を愛さない。孤独で可哀想な魔女は一人淋しく死んでいく」


 私に呪いをかけた妖精が笑いながら歌っていた歌を口ずさむ。今回も愛されることなく殺された。


 この呪いは誰にも愛されず孤独に呪いにその身を侵されて死ぬもの。


 本来は度を越した悪戯をした妖精に与える罰で、呪われた妖精が孤独に死んでいくためのものだった。


 両親を失って失意のどん底にいた幼い私を誘うように歌が聞こえて向かった先は洞が口を開けているような丘にたたずむ死者の塚スヴァルトアルフヘイム。闇の妖精たちの地だった。


 妖精に両親に会わせてあげるとそそのかされた私は妖精の言う事に従って石造りの祭壇さいだんに上がった。


 そこで妖精の罪状が読み上げられて初めて身代わりにされていることに気づいた。


 逃げようとしても身体が固定されて動けず、妖精の魔法で私は醜怪しゅうかい容貌ようぼうの妖精と容姿を交換させられた。


 そして妖精の代わりに呪いを受けた。


「誰もお前を愛さない。孤独で可哀想な魔女は一人淋しく死んでいく。哀れ哀れ、可哀想。呪いが解けることはない。可哀想」


 私の容姿を奪った闇の妖精ディアナはケタケタ笑いながら去っていった。


 祭壇さいだんで途方に暮れていた私のもとに妖精が逃げたことを知った妖精の女王モーガン・ル・フェイ様がやってきた。


 彼女は私が魔力を持っていることと、呪いを受けたことを見抜いてすぐ、未来を予見して顔色を変えた。


 呪いを解くことなく死んだ時、呪いと体内の膨大な魔力の暴発によって世界は滅びる。


 妖精の女王様にも呪いを解くことは出来ないらしく、世界の崩壊を防ぐためには自力で呪いを解かなければいけないと言われた。


 美しい妖精の女王は私に呪いを解くまで何度もやり直しの機会を与える魔法をかけた。そのせいで何度死んでも私は死に戻る体になってしまった。


「もう疲れた」


 涙すら出ない私はそれでも行動しなければまた繰り返すからと私は書斎へと向かった。私の家は村から離れた森の中にある。


 魔法使いの家系は村人から敬遠されていた。薬は必要とされて求めてくるけれど、関わるには気味が悪いからと遠ざける。


 人間なんてみんなこんなものだ。もう慣れた。慣れてしまった。


 本棚にある魔導書はほとんど読みつくした。何を調べたらいいのかももうわからない。食事をろくに摂っていなかった私はふらついて本棚に手を付いた。


 その拍子に本棚が揺れて一冊の魔導書が床に落ちた。


 舞ったほこりを吸い込まないようにローブの袖で口元を覆い、埃が落ち着くのを待つ。


 少しして落ちた本を見ると、たまたま開かれていたページには召喚に関することが書かれていた。


「召喚。……界の……人を呼び出す魔術」


 ところどころ潰れていて読めない。召喚されるものがどんな存在か検討もつかない。この際悪魔でもなんでもいい。


 今まで色々なことを試したけれど、召喚は初めてだ。期待は持たないまま私は魔導書に従って魔法陣を床に描いた。

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