蒼き月の夜に




 深夜の事であった。

 切り立った崖の上で、たった一人佇む男。

 身に着ける純白の緩やかな衣は、月の色を吸い取るかのように蒼く染まっていた。

 いいや。

 衣だけではなく、その瞳も。

 舞い降りて来た月の天女の色に染まる。




「またおぬしか」

「ええ。申し訳ありません。不老不死で耐久力があるので。贄には丁度いいと、私も含めて全会一致で決定しました」

「もう喰い飽きたのだが」

「申し訳ありません。なかなか食べる物が変わらないので、味も変わらないままで」

「不老不死を解かぬ限りは、永遠におぬしと言うわけか」

「はい」

「そうか。ならば本腰を入れて、その薬を探すかのう。いつまでもおぬしだけなど嫌だ」

「はは。私は一年に一回の天女様との邂逅を楽しみにしていますが」

「ふん。ぬかせ。おぬしもそろそろ違う天女がいいと思っているのだろう」

「いいえ。あなたがいいです」

「はは。そのようにまっすぐ想いを向けられたら、地上の人間は頬を朱に染めるのであろうが」

「天女様は蒼いままですね」

「嬉しそうだな」

「ええ。変わらぬ天女様に救われていますので。どうかそのまま。両のかいなに抱けない蒼き月のままでいてください」

「さて。それは約束できぬ。贄が変われば、色も変わろう」

「では。贄はずっと私のままでお願いします」

「………ふん。まあ、おぬしの味次第かのう」


 不敵に笑った天女は懐からリバーシを取り出した。

 天女はリバーシを介して贄の味を食するのである。


「では、始めるぞ。今年こそは」

「はい。今年も存分に堪能してください」




 蒼き月の夜に。

 男は腕をまくる天女に目を細めるのであった。











(2023.10.14)



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