愛を吐く




 とうとう花粉症にかかったか。

 最初にそう思って、顔を顰めた。

 喉の調子が悪かった。

 喉の違和感から始まり、イガイガ、痛み、そして、咳き込み。

 病院に行かなければと考え始めた矢先。

 咳と同時に、喉から或るものが舞い落ちて来た。






「アハハ。アハハハハ。マジシャンだ。マジシャン!」

「おう。すげーだろ」


 共に男子高校二年生。

 隣の席の友人にマジックを、もとい、喉から咳と共に何枚もの枯れ葉を舞い落とすという怪奇現象を披露すれば、友人はいつものように大笑いしていた。


「アハハハハ。紅葉の季節なんだから、黄色とか赤色だったらもっとよかったのになー」

「あいにく、まだまだ新米なもんで。茶色の枯れ葉で勘弁してくだせえ」

「アハハ。しょうがなか。精進したまへ」

「ははあ~」

「うむうむ」


 友人がまた大笑いしたところで、副担任が教室にやって来てホームルームを始めたので、机に舞い落ちた枯れ葉を集めて入れた紙袋を鞄に入れ込んだ。


 病院に行ったらその内治まるから安心しろーって、薬も何もくれなかったこの怪奇現象。

 まあ、世の中色々あるもんな。

 ヤブ医者だ違う病院で検査しようと騒ぐ母親を振り切って、登校。

 友人に見せて、大笑いしてもらいたかったのだ。

 不安を癒してもらいたかったのだ。


 高校一年生の時は、いつも大笑いをする友人がうっとおしかった。

 けど、世の中も家の中も学校の中でも暗いニュースが蔓延る中、いつからか、この友人ののんきな大笑いが癒しの効果を持つようになった。

 まあ、うっとおしい時もあるが。うん。

 だから、学校には欠かさず来たかった。

 友人の大笑いを聞きたかった。


(けど。まあ、本当に。きたねえ枯れ葉だな)


 妹が読んでいる漫画では花を吐く病気が登場する。

 正式名称は「嘔吐中枢花被性疾患」で花吐き病は通称。

 片思いを拗らせると口から花を吐き出すようになり、両思いになると白銀の百合を吐き出して完治する。

 らしい。が。


(まあ、こっちは漫画と違って、枯れ果てた感情だもんな)


 いつからだろうか。

 雨粒が植物に水分を注いで活力を与えるように。

 癒しを与えくれる友人の、その水分を、生命力とも言える笑いを蒸発させたいと。

 いつから、だろうか。

 カラカラに乾き切り枯れ果てた友人を見たいと思うようになったのは。

 水分など欠片もない友人を愛したいと、思うようになったのは。


(癒しを、水分をもらっているから、お返しに今度は枯れ果てた友人を癒したい、水分を与えたい、って考えが、これっぽっちも浮かばないあたり、終わってるよなー)


 乾いた笑いと共に、また枯れ葉が舞い落ちる。

 いいや、舞い落ちるなんて、きれいごとは止めだ。




 きたない、汚い、愛を吐く。




 友人だったらきっと、それはそれはとてもきれいな花を舞い落とすのだろうが。

 舞い落しては、大笑いして、この汚いな枯れ葉を、見事、水分をたっぷりと含んだきれいな緑葉へと変貌させてしまうのだろうが。




(それを望んでいるのか、いねえのか。どっちなんだか)


 頬杖をついて友人の横顔を見つめて、そっと、目を瞑った。


 喉から込み上げた枯れ葉を一枚、舌に乗せたまま。











(2023.10.13)



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