第15話 小さな怪物

 ミミは巨大な岩がそこら中に点在する広い空間に飛ばされていた。

 一見すると洞窟の中のような薄暗い場所だ。陽の光は届いていないが、壁や岩にところどころ配置された松明によって最低限の視界は確保されている。


「ここどこだろう。みんなどこにいったの?」


 ミミは突然一人になって心細くなったのか、カタカタと震えている。

 そんな彼女の周りに次々と魔法陣が展開され、大小さまざまな大きさのゴーレムが大量に現れた。

 ゴーレムたちは目を光らせ、ミミに向かって近寄ってくる。


「敵?たくさんいる。やっつける!」


 ミミは敵が現れたと見るや、すぐさま臨戦態勢に入った。

 濁った瞳を見開いてミミは呪文を唱える。


『ワレニ従エ』


 しかし、ゴーレムたちはミミの言葉を意に介さず攻撃してくる。

 怒涛のように襲ってくるゴーレムたちの攻撃をかわすことができず、ミミは体で受け止めた。

 華奢な体が壁に叩きつけられる。ミミは幽霊のようにゆらりと立ち上がると、不思議そうに呟いた。


「効いてない?どうしてだろう。ぼくの声が聞こえないの?」


「その通りだよ、呪言使い」


 暗闇の中から男の声が木霊する。


「だれ?」


「私はゴーレムマスター。そのゴーレムを操っているのは私だ」


 ミミはきょろきょろと辺りを見回した。


「じゃあ、おまえを倒せばいいんだね。どこにいるの?」


 ゴーレムマスターは苦笑しながら、ミミに語り掛ける。


「はっは、そんなことを教える訳がないだろう」


 ミミはふくれっ面になって地団太を踏んだ。


「ひきょうもの~」


「なんとでも言うがいいさ。まあ、代わりに1ついいことを教えてやろう。さっきからキミの呪言が不発しているのは偶然じゃない」


 ミミは首を傾げた。


「どういうこと?」


「そもそも、呪言とは言霊で相手の聴覚を刺激して幻覚を見せる魔術だ。だから対策もしやすい。そのゴーレムは聴覚を切って私が遠隔操作している。よって、キミの呪言はそいつらには通用しない。ちなみに、私に呪言をかけようとしても無駄だよ。そちらからの音声には特殊なフィルターをかけて無害化しているからね。嘘だと思うなら試してみるといい。時間の無駄だと思うがね」


 ミミは心底退屈そうな顔で、ゴーレムマスターに聞き返した。


「話が長くて分かんない。もっと短い言葉で言って」


 ゴーレムマスターは乾いた笑いを発した。


「キミは面白い子だね。そうだな。一言でいうなら、キミはそこで死を待つしかない、ということだ。そうなりたくないなら、頑張ってもがいてみたまえ」


 男が言い終わると、それまで動きを止めていたゴーレムたちが再び動き出した。

 ミミは襲ってくるゴーレムの突進をやり過ごして、再び口を開く。


『ソコヲウゴクナ』


 ひょうの様にミミの頭上にゴーレムたちが降り注ぐ。

 ゴーレムの動きが止まる様子はない。


 ――言いつけ。守らないと。まおう様が言ってた。魔族だとばれないように。派手な力は使わないようにって


 ミミはフラフラになりながらも立ち上がる。ゴーレムの拳が小さな身体にめり込む。


 ――でも、このままじゃやられちゃう。待って。考えるの。そうだ。かんたんなことだよ。バレなければいいんだ


 ミミは右手を握りしめ、呟いた。


『ウナレ、ワガテヨ』


 次の瞬間、ミミの右ストレートがゴーレムの顔面を貫いた。

 ミミの拳を受けたゴーレムの体は凄まじい衝撃と共に吹き飛び、他のゴーレムを巻き込んで大破した。


「な、なんだ今の怪力は?」


 ゴーレムマスターの驚いた声が聞こえてくる。

 ミミは額から血を流しながら胸を張って自信満々に答えた。


「これがぼくの呪言の本当の力だよ!」


「まさか、自分自身に言霊を使って肉体を強化できるのか?信じられん。呪言にそんな使い方があるなんて聞いたことがないぞ」


 ミミは心の中でペロッと舌を出した。


 ――やった。勘違いしてくれた。ホントはタダぼくの力が強いだけなんだよね


『ミナギレ、チカラヨ』


 申し訳程度に偽物の言霊を口走ると、ミミは高く跳躍し、ゴーレムに向かって飛び蹴りをかました。

 ゴーレムの体は朽ちた粘土細工のように容易く砕け、宙を舞った。


「バカな、傷だらけの子供のどこにこんな力が。クレイゴーレムでは歯が絶たないか。仕方あるまい。出でよ、ストーンゴーレム!」


 ミミの前に魔法陣が現れ、ひときわ大きな赤褐色のゴーレムが立ちはだかった。


「呪言を受け付けない遠隔操作タイプの中では頭一つ抜けた物理耐久を誇るこのゴーレムなら!いかにキミが肉体を強化しようと素手では敵うまい」


 ミミは床を蹴って飛び上がり、出会い頭にストーンゴーレムの顎を下から蹴り上げた。しかし、石の巨人はわずかにのけ反っただけだ。

 逆にミミの足が変な方向に曲がっている。ミミはふてくされた顔になった。


「こいつ、かたい」


 ミミは落下しながらも、平然と足首をねじって無理矢理足を元の形に戻した。

 ストーンゴーレムはミミの着地点を狙って、塔のように巨大な両腕を振り下ろす。

 それを後ろに飛びのいてかわしつつ、ミミは左耳に付けた飾りに手を伸ばした。


『ブキヨ、アラワレヨ』


 すると、箱型の耳飾りが不気味に波打ち、変形を始める。奇怪な音を立てて、巨大化したそれは戦棍のような形になっていた。


 ミミは背後に迫っていた別のゴーレムを踏みつけて再び滞空した。くるくると回りながら戦棍を振り回して加速したミミは、ストーンゴーレムの胴体に向かって一直線に突き進み強烈な一撃を叩き込んだ。

 石でできた巨人の体に大穴が空き、そのままストーンゴーレムは轟音と共に倒れ伏した。


「あ、あり得ない。さっきからなんなんだキミは。呪言使いじゃなかったのか?訳が分からない。後でじっくり分析しなければ」


 ゴーレムマスターは取り乱して独り言を呟いていたが、すぐに冷静さを取り戻し、咳払いをして喋り出した。


「コホン。まあ、貴重なデータが取れたと思えば悪いことではない。次の開発に活用すればいいだけだ。次こそはたっぷりと礼をさせてもらう。覚えていたまえ!」


 ありがちな捨て台詞を残して、声は聞こえなくなった。


 ゴーレムたちの残骸の中からひょっこりと顔を出したミミは呟いた。


「お礼ってなんだろう。食べ物だといいな。あ。はやくみんなのところにもどらないと」


 ミミは無言で戦棍を耳飾りの形に戻すと、ゆらゆらと歩いて出口を探し始めた。

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