第10話 VSエティン

 作戦開始の合図とともに、ネスターはエティンをおびき寄せにかかった。


 居場所を悟られないよう注意しつつ物音を立て、距離を取ってから再び物音を立てる。単純ではあるが、確度の高い方法である。エティンの索敵範囲外にいれば見つかる心配はほとんどない。


 その上でエティンの近くの草むらに投石して音を出せば、安全に誘導することができる。これを繰り返して1体のエティンを森の中ほどにある広場まで誘い出すことに成功した。

 そして、それを待ち構えていたかのようにエティンの前に1つの人影が立ちはだかる。


 そこに立っていたのはミミだ。


 他には誰もいない。それを見つけたエティンは油断したのか、ミミがいる広場の中央に向けて足を踏み出した。


 棍棒を持つ手に力を込め、1歩また1歩とミミに近づいていく。

 ミミは棒立ちのまま相手の姿ををじっと見つめている。双方の間合いが限りなくゼロに近づく。エティンはミミの眼前で立ち止まり、棍棒を振りかぶろうとした。瞬間、ミミはカッと目を見開きポツリとつぶやいた。


『ワレヲオソレヨ』


 その言葉は不気味な響きを持ってエティンの脳内にこだました。

 するとどうしたことか、エティンの動きがぴたりと止まった。


 ミミと目が合ったまま、エティンは微動だにしない。その顔には恐怖の色が滲んでいる。


 エティンの視界は突如暗転し、ミミの双眸そうぼうだけがなぜか目の前にあった。目を背けようとしてもその2つの孔に視線が吸い込まれてしまう。その孔は底の見えない暗闇そのものだった。

 ただ、得体の知れないなにかがそこで蠢いているさまがなぜか鮮明に見えていた。不意に孔の中からそれが這い出してきて己の四肢を絡め取り、向こう側に引きずり込む。


 そんな予感で脳髄が黒く塗りつぶされていく。エティンはそのようなありもしない光景を幻視し、立ち竦んでいた。


 しかし、首の後ろについているもう一つの頭が雄叫びを上げると、エティンは幻覚を振り払うように再び動き始めた。

 ミミはその様子を見て、声を上げる。


「かかったよ。でもあんまり効いてないみたい。みんな気をつけて」


 その声に合わせるように、草むらの影から2つの人影が飛び出す。


「十分だ!アタシに任せな!」


 疾風のような速さで一気にエティンの懐に飛び込んだのはライカだ。

 ネスターはライカとは対照的に、気配を断ってエティンの背後に回り込もうとした。

 ライカが攪乱してできた隙をネスターが突くてはずである。


 恐怖で動きのにぶったエティンは素早いライカの動きをとらえきれない。

 ライカはここぞとばかりに槍の側面を使って巨人の左足を殴打した。エティンはたまらずその場に膝をつく。それでもエティンは手に持った棍棒で無差別に周囲をなぎ払おうとした。


「おっと、当たるかよ!」


 ライカは地面を蹴り、宙を舞うと棍棒に槍を突き刺してその一撃をかわす。そして勢いそのままに回し蹴りをエティンの胴体に叩き込んだ。手ごたえを感じたライカは身をよじり、棍棒を踏み台にして飛びのく。

 しかし、空中で無防備になったライカの姿をエティンの背面の頭がしっかりと捉えていた。ライカの打撃に怯むこともなく、まっすぐ巨人の左手が迫る。


「げっ、しまった!」


 身をかわす間もなく、巨大な手がライカの胴体を鷲掴みにした。

 エティンがその手に渾身の力を込めようとする。


『コッチヲミロ!』


 間一髪、ミミの言霊に縛られてエティンの身体が硬直する。

 その隙を見逃さず、ネスターがエティンの死角から飛びかかる。ネスターは片手剣の柄を振りぬいてエティンのこめかみを打ち抜いた。エティンの巨体が浮き上がるほどの衝撃が走り、吹き飛んだ拍子にライカの身体が投げ出される。


「あぶねー!2人ともサンキュー、助かったよ!」


 なんとか受け身を取ったライカの顔色は若干青ざめていたが、すぐさま立ち上がって戦闘態勢に入る。

 一方、エティンはふらついており、起き上がるのに苦労していた。


「準備できました!皆さん、避難してください!」


 その時、広場の奥からプラムの声が響き渡る。

 プラムが捧げ持つ杖の真上には、膨大な魔力の塊が集まりつつあった。


 3人は一斉に広場から離れていく。

 それを確認し、プラムは満を持して呪文を唱えた。


『ライトニング』


 眩い閃光が辺り一帯を照らし、迸る稲妻がエティンに向けて放たれた。



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 無事エティンを気絶させることに成功した4人は協力して巨人の手足を縛りあげ、身動きを封じてから起こすことにした。

 しかし、その作業中に頭上から声が聞こえてきた。


「オマエタチ、なにをしているんだ。オレを殺さないのか?」


 それはエティンの顔の片割れだった。片方の顔が気絶しているせいか、まだ満足に動くことはできないらしい。


「これは都合がいいな。もちろん殺さない。俺たちはお前と話がしたいだけだからな」


 ネスターが早速対話を試みる。

 エティンは怪訝そうな表情になった。


「なんだそれは。わからん」


「理解する必要はない。質問に答えれば、すぐにでも開放してやる」


 ネスターはまっすぐにエティンの目を見据えて言い切った。


「まあいい。オマエタチ、なにが聞きたい?」


 エティンは負けて観念しているのか、素直に応じた。


「お前にここを守るよう指示していた奴がいるはずだ。そいつが誰なのか知りたい」


「そんなヤツいねえよ。オレはタダ住処を守っていただけだ」


「嘘とは感心しないな。ここはガルタの西外れにある炭坑跡だ。エティンの縄張りはもっと南のはずだろう」


 ネスターの言葉にエティンは辺りを見回して違和感に気づいたらしい。


「ガルタの西外れ?本当だ。オレ、なんでこんなところにいるんだ?」


 自分がなぜここにいるのか本当に分かっていないらしい。この反応を見てネスターは納得したようにうなずいた。


「これでハッキリしたな。巨人たちは何者かに操られているだけだ。そして、洗脳術式の効果範囲はさほど広くない。恐らく、黒幕は炭坑跡の中に隠れているはずだ」


 そう言うと、ネスターはエティンを縛っていた縄を解いた。


「もう用はすんだ。動けるようになったら家に帰るといい。あと、この辺は冒険者がうろついているから狩られないように気を付けた方がいいぞ」


 そう言い残して、ネスターたちはその場を後にした。

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