第9話 巨人の森
メイナードから譲り受けた情報はかなり有用だった。
まず、偽魔王軍の拠点はガルタの西外れにある古い炭坑跡であることが分かった。これだけでも相当な収穫である。
さらに気になる話もいくつかあった。
炭坑跡には侵入者を拒むように魔術結界が張り巡らされているのだという。このことから、偽魔王軍には高位の術者が存在していることも予想できる。
そして、特に気がかりだったのはそこに住んでいる魔物の話である。
「巨人、ですか?」
宿の一室でネスターの話を聞き、プラムは疑問を投げかけた。
ネスターはメモ書きに目を落としながら続ける。
「ああ。その炭坑跡の近くには巨人たちがたくさん潜んでいるらしい。ベテランの冒険者たちが探索中に遭遇して、逃げるのが精いっぱいだったという話も出ているようだ」
「巨人かー。そりゃあ、結構骨が折れそうだな」
ライカは背中の後ろに腕を回して伸びをしながら、困った表情を浮かべている。
それも致し方ない。巨人は魔族の中でも特に体格に優れ、高い戦闘能力を誇る種族である。
しかも、亜種が多く存在し、厄介な固有の能力を有する者たちまでいるのだ。
ネスターは深刻な表情をしているが、理由はそれだけではなかった。
「巨人自体が手強いのは当然だが、気になることは他にもある」
「気になること。なになに?」
ミミが興味津々に身を乗り出す。
「ガルタの西外れに巨人族がいること自体が変なんだ」
プラムは素直に、疑問を口にする。
「よく分かりませんね。それがなにか問題なのですか?」
「本当なら巨人族はその地域には住んでいないはずなんだ。それに、巨人族は群れをつくらない。巨人が本来いないはずの場所にたくさんいるという状況そのものがおかしいんだ」
この異常事態に、ネスターは不穏なものを感じていた。プラムはそれを雰囲気で察して考察を語る。
「なるほど。ということは、巨人たちがネスター様の方針を破って独断で動いているか。あるいは、他の何者かによって強制的に連れて来られたか。いずれにしても、早く事態を収拾しないと巨人が勢力を広げてしまったら、取り返しのつかないことになりかねませんね」
「そりゃあ、急がないとまずいな。巨人なんて1体でもヤバいのに、大勢敵に回っちまったら大変だ」
ライカも冷や汗を流して同意する。
「明日、早速炭坑跡に向かって調査を始めよう。そこで、みんなにお願いがある。聞いてくれ」
いっそう真剣なネスターの呼びかけに、3人は改めて姿勢を正し話を聞く態勢に入った。
「ありがとう。まず、炭坑跡にいるという巨人はできるだけ生け捕りにしたい」
ネスターの言葉を聞いて、ミミが能天気な顔で率直な問いを投げた。
「やっつけちゃダメなの?」
「ああ、目的は親玉を特定するためだ。まだ偽魔王軍のリーダーが何者なのか一切分かっていないからな。巨人たちから話を聞き出すのを最優先とする」
「となると、今回はいつも以上に隠密行動を徹底するべきですね」
プラムが補足するように言った。
「そうだな。それに、冒険者が近くにいないとも限らない。引き続きではあるが、魔族であることがばれる危険のある派手な力は極力使わないように気を付けて欲しい」
ネスターの指示に、ライカは不服そうに口を尖らせた。
「そうは言ってもさ。相手は巨人だよ?手加減してる余裕あるかな?」
その懸念は至極まっとうだった。ネスターはライカの言葉に首を縦に振った。
「それは確かにそうだ。巨人は単体でもかなり手強い。複数いるという話だから、状況によっては窮地に立たされる危険もある。そうなったら遠慮はいらん。自分の身を守ることを優先してくれ」
「オッケー!そうこなくっちゃな!」
ライカは満足げに頷いた。
「ふあー」
ミミが大きな欠伸をする。時間はまだ昼過ぎであったが、連日の聞き込みが堪えたのか。眼の端に涙を浮かべて眠そうにしている。
「あらあら。今日は決闘でも頑張りましたし、お疲れみたいですね」
プラムが優しくミミの頭を撫でた。
「ふむ、明日のためにも今日は休息にあてるべきだな。このあとは自由時間にしよう。みんな、ゆっくり英気を養ってくれ。以上だ」
ネスターの一言で、この日はお開きとなった。
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翌日、ネスターたちは炭坑跡へと向かった。
しかし、早速問題が発生していた。
――こいつはなかなか厄介だな
ネスターは心中で溜息を吐いた。
ネスターたちは炭坑跡からかなり離れた森の中で息を潜めている。
4人の視線の先には、獲物を探してうろつく巨大な体躯の怪物がいた。
その怪物はエティンと呼ばれる、双頭の巨人である。丸太のように太い2つの首を盛んに動かして周囲を警戒している。死角が少ないだけでなく、聴覚にも優れているらしい。
4人が移動するわずかな物音を聞きつけて、森の奥から突然現れたのだ。
なんとか物陰に隠れられたものの、4人はその場で立ち往生していた。
かさり、と木の葉が擦れる音が響き、エティンは俊敏に片方の顔面を振り向かせ音のした方へゆっくりと歩を進める。エティンは手に持った大木のような棍棒を軽く振った。
人間で例えるなら草をかき分けるような何気ない動作だったが、それによって人が隠れられそうな大きさの木が根元からへし折られてしまった。とんでもない怪力である。
ネスターはとっさにエティンの進行方向のその先に向かって、足元にあった小石を投げた。
コツコツと小石が転がり、エティンはその音に反応して徐々にネスターたちのそばを離れていった。
エティンの姿が見えなくなってからも4人はしばらく草むらの中から出られずにいたが、無言に耐えかねたのかついにライカがネスターの顔にグイっと口元を近づけて囁いた。
「はぁ~、おっかないね。ネスター様、あれどうしたらいい?」
十分距離を取れているはずではあるが、普段の声量からは考えられないくらいの小声だ。ネスターは他の2人にも手招きした。全員が顔を突き合わせたところで、ネスターが声を潜めつつ語り始める。
「おそらくあれが番兵の1人だろう。奴を捕獲するべきだな。物音でできるだけ炭坑跡から引き離してから、叩こう。4人で一斉に攻撃して仲間を呼ばれる前に気絶させる」
「それなら、よく作戦を練ってから行きましょう。逃がさないように綿密に」
プラムがすかさず賛同する。
「そうだな。さすがのアタシもあんなの何体も相手にしていられないからな」
ライカも緊張感をもって臨む姿勢を見せている。
「作戦会議?たのしそう。誰から行くの?ぼくはなにすればいい?」
緊迫した空気の中、ミミはこの状況を楽しんでいるような様子で作戦を聞いてくる。
自分で考えるつもりはなさそうだが、やる気だけはあるようだ。
そうしてしばらく、4人でエティンの捕獲計画を話し合った。
話がまとまる頃には、すでに日も高くなり始めていた。
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