第8話 盤外戦の果てに

「ミミ、アタシだってそうしたいけど手を出したらこっちの負けなんだぜ?」


ライカが慌てて止めようとするが、ミミは意外なことを口走った。


「わかってる。手は出さない」


 ミミは急いでパタパタと走り出し、リングを挟んでベルの正面に立った。

 そのまま、ベルの目を見つめ始める。ベルはメイナードを目で追っていたが、視界にミミの姿が否応なく入り込む。


『コッチヲミロ』


 不気味な響きを持った言葉がミミの口から放たれた。

 その瞬間。ベルの視線がミミの眼に吸いついた。

 自力で顔をそむけることすらできなくなって、ベルは慌てふためく。


「なにこれ。体が動かない!?」


 すると、ほぼ同時にメイナードの動きが突然鈍くなった。


「どういうことだ?ベルの術が……」


 うろたえるメイナードを尻目に、ネスターはミミの方を一瞬振り返った。

 ミミは得意げな顔でガッツポーズをしている。

 ネスターは大きく息を吐いた。


「『アレ』は使うなって言っておいたんだがな。まあ、正直助かった」


「ちいっ!」


 闇雲に戦槌が振り下ろされ、ネスターはそれを再び正面から受けた。


 2人の武器が激突したが、戦槌の威力は明らかに落ちている。ネスターの剣はびくともしない。


 ネスターはここぞとばかりに、戦槌の柄を押し返しながら切り上げを放つ。メイナードの戦槌が紙切れのように軽々と吹き飛んだ。

 そのままの勢いで鋭い剣閃がメイナードの首筋に突きつけられる。


「まだ続けるか?」


 メイナードは歯を食いしばったまましばらく固まった。そして、ゆっくりと諸手を上げて声を絞り出す。


「参った。オレの負けだ」


 メイナードの敗北宣言に、ギャラリーからはどよめきが沸き上がった。


 まさかあのメイナードが負けるなんて。あの剣士は何者なんだ。


 この結果を見て、冒険者たちは口々に騒ぎ立て始めた。

 収集がつかなくなるかと思われたその時、メイナードの声が会場に響き渡る。


「みな、聞け!この男は『黒の鉄槌』のリーダー、ネスターだ。オレは彼に負けたが、このまま終わらせはしない。必ずリベンジを果たすと宣言しよう。この決闘を見届けてくれたこと感謝する!以上!」


 その口上が合図となり、冒険者たちは各々動き始めた。その場で雑談する者、触発されて訓練を始める者、すぐにその場を立ち去る者。


そうして人がまばらになり始めたところでメイナードがネスターに歩み寄る。


「正直まだ信じられんが、アンタがとんでもなく強いことはよく分かった。悔しいが、昨日の言葉がただの妄言でなかったことは認める。魔王軍の情報も渡そう、アンタなら本当に退治できるかもな」


「こちらこそ、いい勝負ができて楽しかった。リベンジならいつでも受けて立つよ」


 汗1つ流さず、ネスターは涼しい顔で手を差し出した。

 メイナードは手ぬぐいで汗を拭いてからその手を掴んだ。


「しばらく先にはなるだろうがな。いつかまた手合わせ願おう」



 -----



 ネスターが仲間達の下へ戻ると、プラムがいの一番に労りの言葉をかけてきた。


「ネスターさん、お疲れ様です」


「ヒヤッとしたけど、なんとかなってよかったよかった」

 ライカも笑顔で頷いている。


「ああ、これでようやく当面の目標は達成できた」


「ねえねえ。ぼく役に立った?」


 ミミは褒めて欲しそうに、目を輝かせている。


「ああ。勝てたのはミミのおかげだよ。ありがとな」


「えへへ」


 ミミは人懐っこい笑みを浮かべて満足げだ。


「『呪言』はかなり珍しい術だからな。本当はあまり人前で使って欲しくはなかったが。どうやらかかった本人もなにをされたか気づいてないようだし」


 ネスターはそう言って、『赤竜の牙』の面々を横目で見た。

 ベルが大げさな身振りでなにか喋っているが、どうも要領を得ていないようだ。メイナードたちは不可思議なものを見た後のように首をひねっている。


「結果としては上々。後はこいつを使って偽魔王軍の居場所に乗り込むだけだ」


 ネスターはメイナードから渡されたメモ書きを見て満足そうに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る