第7話 実力拮抗の裏側

 野次馬の冒険者たちが訓練所の中に続々と詰め掛け始めた頃。

 ようやくクロエからのお呼びがかかり、ネスターたちは決戦のリングに集まった。


「待たせたな。それでは、そろそろ始めようか」


 メイナードは訓練用の戦槌を軽々と担ぎ、準備万端と言った感じだ。

 ネスターも同様に剣を軽く振って応じる。


「ああ。いつでも構わない」


 2人が激しく視線をぶつけ合っているその横で、フィンレーが声を張り上げる。


「では!これより『赤竜の牙』メイナードと『黒の鉄槌』ネスターの決闘を始める!」


 リングを取り巻く観衆たちのざわめきもいよいよ大きくなってきた。

 2人は指示された位置に移動し、互いに武器を構えて臨戦態勢に入った。

 会場の熱気は最高潮に達する。


「用意、始めっ!!」


 フィンレーの合図と同時に、両者は弾けるように動いた。


 お互いに様子見をすることもなく、真正面から打ち合う。

 体格差により、ネスターはメイナードの戦槌を下から受け止める形になった。


 全体重を乗せた渾身の一撃がネスターに襲い掛かる。凄まじい衝撃が走り、土埃が巻き上がった。打ち合った片手剣がしなり、ミシミシと悲鳴を上げている。


 観客たちからはさすがメイナード、と感嘆の声が聞こえてくる。

 たまらず、ネスターはいったん後ろへ飛び退く。距離が開いて仕切り直しの形になった。

 すると、双方隙を見せないようじりじりと間合いをはかり始めた。


 最初の激突は、はたから見る限り明らかにネスターが押されていた。ところが、ネスターの表情にはまだ余裕がある。

 むしろ、メイナードの方が焦ったような顔を作っていた。


「驚いたな。今ので決まったと思ったんだが」


 ネスターは衝撃で少し痺れた右腕を軽く振った。

「驚いたのはこっちだよ。随分人間離れした腕力じゃないか」


「そう余裕ぶっていられるのもここまでだ!」


 メイナードが気合を入れて叫び、積極的に攻撃を始めた。ネスターは冷静にメイナードの動きを見極めて、もろに攻撃を食らわないように立ち回っている。


 それでも、地面を抉るほどの破壊力で果敢に攻め立てるメイナードの猛攻を、完全に避けきることはできていない。時折激しい打ち合いが繰り広げられ、その衝撃は周囲にまで波及していた。


 非殺傷武器を使っているとは思えないほどの激闘だ。

 実力伯仲はくちゅうと言った感じだが、なぜかメイナードは冷汗を流して動揺しているように見える。


「ウソだろ。なんでなんだよ……」


 思いがけずつぶやいたのはフィンレーだ。2人が演じる接戦を見て、唖然としている。


 驚愕したのは彼だけでは無いようで、『赤竜の牙』のメンバーたちはみな呆気にとられたような顔をしていた。


「やっぱり。ズルしてる」


 ポツリとミミがつぶやいた。


 プラムもそれに同意する。


「そのようですね。見た目に変化はありませんが、威力が底上げされているようです」


ライカだけはよく分かっていない素振りだ。

「それ、どういうことだよ?」


「おそらく、高位の付与魔術でしょう。術者が魔力を供給することで、身体能力を大幅に強化する術式です。見たところ、単純な能力だけで言えば今のネスターさんを上回っているようですね」


プラムの解説に、ライカは仰天した。

「ちょっと待った。肉弾戦のガチンコ勝負でそれって結構ヤバいんじゃないか?」


 その時、拮抗していた戦況が動いた。

 ネスターがフェイントでメイナードの攻撃を空ぶらせ、連打を叩き込む。


 重い打撃がキレイに入ったかに見えたが、メイナードはほとんど怯まず横薙ぎでネスターの接近をやり過ごした。ワッと歓声が上がる。


「あー、惜しい。今のいい感じだったのに!」


 普通に観戦しながら、ライカが足を踏み鳴らす。


「ただ、この戦況はよくないですね。筋力だけでなく耐久力まで補強されているようです。魔法は禁止ですから、このままでは能力差でいつかは押し切られてしまいます」


「まずいじゃん。どうすりゃいいんだよ?」


 プラムは『赤竜の牙』のベルを視線で指し示した。彼女はなにやら集中してメイナードの姿を凝視している。その手には小さな杖が握られていた。


「十中八九、術者はあのベルという少女です。ただ、私たちが手を出せない以上、どうすることも……」


「もう怒った。ぼくが止める」


ミミが突然声を荒げた。

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