第6話 不穏な決闘
「そういえば、決闘ってどこでやるんだったっけ?」
ネスターの後ろについて歩きながら、眠そうにあくびをしつつライカが疑問を口にする。
「訓練所ですね。ギルドが運営している冒険者向けの施設です。ギルドでパーティーの登録をした時、簡単にですが説明を受けていますよ?」
プラムが正確にその質問に答えた。
「へー、よく覚えてるなぁ。それで、まだ歩く感じ?」
「そこの通りを曲がればもうすぐだ。ん?なんだか訓練所の方が騒がしいな」
ネスターの言葉通り、訓練所の入り口にはちょっとした人だかりができている。
しかも、集まっている人々はみな磨き上げた装備に身を包んでいた。
明らかに歴戦の冒険者たちである。
プラムは口を手で覆って驚いている。
「すごい人数ですね。一体なにごとでしょうか?」
「ここからじゃ分からないな。とりあえず、中に入ってみるしかないか」
ネスターが先導して、人混みをかき分け訓練所の中に足を踏み入れる。
すると、組手用の開けたスペースに見覚えのある4人の人影があった。
「来たか。本当に逃げなかったことはひとまず褒めておこう」
メイナードが腕組みをして待ち構えていた。
「そんなことより、随分と賑やかじゃないか。これはどういうことなんだ?」
ネスターの質問に対し、フィンレーが薄ら笑いを浮かべながら反応した。
「ちょっとしたサプライズだよ。せっかくの決闘なんだ。観客がいた方が盛り上がるだろ?ここにはもともと朝から冒険者が集まるからな。ボクたちの名前で軽く宣伝しておいたのさ」
「なるほどな」
ネスターは納得したように頷いた。
この決闘は『赤竜の牙』にとっては自分たちの誇りをかけた戦いであることは間違いない。だからこそ、多くの観衆の前で結果を示すことで、ネスターから受けた侮辱の返礼とするつもりなのだろう。しかし、ネスターにとってそれは些細な問題に過ぎなかった。
「それで、決闘のルールは決まっているのか?」
メイナードはそばに立っていた魔法使いの女に目線を向けた。
「ああ。クロエ、説明してやってくれ」
「はあ、分かったわよ」
色素の薄い長髪の女が気だるげに前髪を弄りながら、進み出た。
一方でメイナードは背を向けて歩き去ろうとしている。
「どこへ行くんだ?」
メイナードは顔だけを振り向かせて応じる。
「決闘前の最終調整だ。オレは相手が誰であろうと手は抜かない主義でね。ベル、手伝いを頼む」
「はーい」
後ろの方でポツンと立っていた少女が気の抜けた返事をした。
メイナードはベルと共に奥の広場に引っ込んだ。
「じゃあ、説明するから。一回で理解してよね」
クロエは手招きして、ネスターを訓練所の隅の荷物置き場に案内した。
「ここに訓練用の『非殺傷武器』を用意してあるわ。種類は色々あるから、好きなのを選んで」
そこには、剣、槍、槌、短剣、両手剣といったあらゆる武器が陳列されていた。
そのいずれも、木製で表面には布が巻きつけてあった。
「武器ありの決闘か」
「ええ。肉弾戦での無制限1本勝負よ。本人が魔法を使うのは禁止だけど、それ以外なら相手を殺さない限りはなにをしてもいいわ」
「分かった」
ネスターは木製の片手剣を手に取った。
「それでいいのね?なら、メイナードが戻るまでアナタも準備運動してていいわよ」
クロエは簡素な説明だけして、すぐに仲間たちのところへ戻っていった。
ネスターは早速準備体操を始める。
「なあ、なんかおかしくないか?」
そのようすを眺めながら、ライカがつぶやいた。
「なにか気になったか?」
「あのメイナードって奴、わざわざアタシたちが来てから準備し始めただろ?ウォーミングアップくらい事前にできるはずなのにさ」
「ライカもそう思うか。もしかしたら、なにか仕込んで来るかもな」
「えっ、それって反則じゃん。ほっといていいのかよ?」
「より実戦に近い条件で戦えると考えれば、むしろ歓迎したいくらいだな。冒険者としても腕が立つようだし、いい肩慣らしになるかもしれん」
特に気に留めていないようすでネスターは腕を回している。順調に体を温めているネスターを横目に、プラムは不安そうな表情をしている。
「よほどのことがない限り大丈夫だとは思いますが、必要であれば私たちも助太刀を……」
「いや、それは控えた方が良いだろう。人の目がある中で決闘中に第三者が介入すれば、勝っても無効試合になってしまうからな」
ピシャリと念押しされてしまい、プラムは両手を握りしめて悔しそうに唇をゆがめた。
「うぅ、もどかしいですね」
「まあ、俺が勝てばいい話だ。みんなは安心して見ていてくれ」
ネスターは武器に慣れるため木製の剣で素振りを始めた。
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