第28話 companion

 グローとヴォルティモはピー・ラン・グルオンとの戦いが終わると、ピー・ラン・グルオンを埋葬する。マリアは不思議そうな顔をするが、彼らに合わせて、とりあえず手を合わせてくれた。

 グローは、ふとピー・ラン・グルオンの言っていた言葉が気になり始める。勿論、人間への強い恨みも気になるが、マリアを見た瞬間、「ようやく見つけた」と言っていた。あれはどういう意味だったのだろうか。グローはマリアに聞いてみた。

 「なあ、マリア。」

 「何?」

 「あー…、マリアは以前、ピー・ラン・グルオンと遭遇したことがあるのか?」

 マリアはすごい勢いで、手と頭を連動させるように、横にブンブンと振る。

 「いやいや、あんな気味悪いの見たことないわ。」

 「そうか。じゃ、“ようやく見つけた”ってどういう意味だったんだろう。」

 「さあ、分からないわ。」

 マリアに聞いても何も分からなかったので、グローはとりあえず考えるのを保留にした。

 「そろそろ行こうか。」

 グローがそう言うと、マリアは返事をする。

 「ええ。」

 そして、彼らはまたミレトスへと足を進めた。

 「はぁ…。」

 ヴォルティモが深い溜息をつく。最近、ヴォルティモは暗い雰囲気を漂わせている。度々溜息をつき、冷えた夜に寝るときには、

 「…寒いな。」

とボソッと呟いてくる。多分馬車の屋根を失ったのが余程ショックだったのだろう。

 グローとマリアは、ヴォルティモが温厚な見かけによらず、意外と根に持つタイプなのだと知らされる。だが、この馬車はロマニ民族のアイデンティティであり、伝統あるものだからそれほど重要だったのだろうと、すぐに彼らは納得した。

 「次のミレトスの街で屋根を修理してもらおう。」

 「そうね。」

 彼らは、さすがにヴォルティモが不憫に思えたので、次の街で屋根を修理することにした。ヴォルティモはそのことを聞くと、急に表情を明るくする。ヴォルティモは元気を取り戻したように、馬を軽快に走らせる。

 そうして、彼らは次のミレトスの街へと向かっていると、草原の道の途中で、川を見つける。

 マリアが川を見つけるとすぐさま、馬車を止めるよう急かす。

 「せっかく川あるから、水浴びしたい。」

 「えー、早く次の街まで急ぎたいな…。」

 ヴォルティモは馬車の件もあり、早く進度を進めたいようだ。マリアの提案に苦い表情をしている。

 だが、マリアはヴォルティモのそんな態度も気にせず、自分の提案を半ば強引に押し切ろうとする。

 「そんな急いでもしょうがないでしょ。そのどんよりした雰囲気も洗い流しなよ。」

 マリアの故郷のエストライヒはどうやら風呂の文化があり、基本清潔にすることに拘りがあるらしい。ここら辺でいえば、珍しいことだった。基本風呂文化の広まりは薄く、貴族などでも香水を付けるだけなので、風呂に入ることが当たり前のエストライヒは新鮮に感じられる。だから、マリアはグローとヴォルティモより清潔に拘りがあるのかもしれない。

 「…余計なお世話だ。それに、次の街に着けば、このどんよりした雰囲気は消える。」

 「えー、いいじゃん。ここで休憩しようよ。」

 マリアはもはや子どものように、理屈など関係なく、駄々をこねる。

 グローはそんな二人のやり取りを見て、クスリと笑ってしまう。

 「まあまあ、ヴォルティモ。ここで休憩するのもいいんじゃないか?ミレトスの街は逃げたりしねえよ。それに、不潔のままだと体にも悪いし。」

 グローはマリアの肩を持つように、ヴォルティモに説得する。すると、ヴォルティモは少し考えた後、折れるように、

 「わかった。」

と納得した。マリアは久しぶりに水浴びできることに、本当に喜んでいた。



 彼らは3人で交代しながら、川で水浴びをすることにした。

 「せっかくだから、服も洗濯するか。」

 グローは水浴びするついでに、服も洗濯することにした。洗濯できるように、大きな入れ物を用意する。

 そして、彼は、馬車にあるイオアニナで買っておいた食材を見てみる。人参と玉ねぎとセロリがあったので、野菜スープを作ることにした。

 彼は、火打石などで焚火をし、深いフライパンを熱する。そして、オリーブ油を敷き、適当な大きさに切った野菜を入れて、炒める。野菜がいい具合に炒め終わると、水を入れる。

 彼は、野菜スープを作っていると、ロレンツォに作ってもらった野菜スープを思い出す。懐かしさと同時に切なさが心に浮かぶ。彼は、そのごちゃ混ぜになった感情と一緒にフライパンに蓋をし、野菜が茹で上がるのを待つ。グツグツと茹で上がり、蓋を開け、塩で味付けをする。これで野菜スープが完成した。

 すると、その姿を見たマリアが不思議そうな顔をする。

 「え、なんで、洗濯するのに、料理するの?」

 「洗剤の石灰が無いから、この焚火でできた灰を使って灰汁を作ろうと思って。」

 マリアはそれを聞いて、納得する。

 「なるほどね。」

 「そうそう、石灰だけじゃなく、灰汁にもアルカリ性(al-qily)が含まれているから、洗剤として使えるんだよ。」

 彼は得意げにそう説明する。

 「グローも物知りよね。」

 「そうかな?まあ、ある人の知識を受け売りしているだけだよ。」

 グローはマリアの言葉に照れてしまう。

 「とりあえず、冷めないうちにスープを食べよう。」

 彼は照れ隠しのように、すぐに話題を切り替える。

 「そうね。」

 彼らは野菜スープを平らげ、焚火の後にできた灰と川から汲んだ水を容器に入れ、簡易的な洗剤ができた。

 「大きめのローブがそれぞれあるから、水浴びをした後、ローブでくるまり、着ていた服をこの洗剤の入った入れ物に入れていこう。それで、洗濯して、干して、服が乾いたらまた再出発しよう。」

 「わかった。」

 グローは二人の了承を得て、今日はここで野宿することにした。

 彼らは交代で水浴びをし、服を洗濯して、焚火の近くに干した。彼らは服が乾くまで、焚火の炎をぼうっと眺める。少しだけ小腹がいたので、一つのパンを3人で分ける。グローは、さすがに何も喋らないのもどうかと思い、二人に話しかける。

 「二人は将来何がしたい?」

 彼の質問にまずはヴォルティモが口を開いた。

 「俺は故郷帰って、えー…。そうだな。俺は何がしたいんだろうか。」

 ヴォルティモは困った表情をし、誤魔化すように笑う。

 グローは、質問に疑問で返されてしまった。だが、彼はヴォルティモの気持ちも十分理解できた。確かに、故郷がどうなのか分からない以上、何すればいいか分からないのだろう。

 「マリアはどうなんだ。」

 ヴォルティモは返答に困り、マリアに話を振る。

 「私は勿論、エストライヒを再興するわ。」

 マリアは揺れ動くことのない固い決意を、凛とした表情で、そしてはっきりした声で表す。

 「その先はどうするんだ。」

 グローがその質問をすると、マリアは少し困惑する。

 「え、うーん。どうするって言われても。」

 その質問で困るマリアに、追い打ちをかけるように彼は言葉を付け足す。

 「国を再興しても、同じ様じゃ、また危険な目に遭うぜ。もっと自分が何したいとか考えた方がいいんじゃないか。これをしなきゃいけないと義務感に縛られていると、息苦しくなるし、目的が果たされたとき、無気力になるぞ。」

 彼がそう諭すと、マリアは真剣に耳を傾け、うんうんと頷いている。

 「確かに一理あるわね。」

 マリアはそう言い、改めて考えていた。

 それからは、彼らは夢だけでなく、趣味などの話もした。分けたパンを食べながら。

 「二人は何か趣味とかなかったのか。」

 グローが二人に他愛もない質問をする。

 「私は、花を愛でたり、お菓子を食べることが好きだったわ。あと、ピアノも嗜んでいたわ。ただ、教える先生がうるさくて嫌だったわ。」

 マリアはうんざりした顔で、ピアノの授業に文句を言う。グローは、皇女は皇女で大変なのだろうと思っていると、次のヴォルティモの口から驚きの言葉が出てきた。

 「俺も、実は昔音楽をやってて、リュートを弾く吟遊詩人もやっていたんだ。」

 「「え!」」

 衝撃の事実にグローとマリアは二人して驚く。

 「…意外だな。ヴォルティモが吟遊詩人だったなんて。宗教しか興味ないのかと思ってた。」

 グローは思っていることをそのまま言ったつもりだが、少し皮肉めいた言い方になってしまった。

 「そうそう。分かる。」

 マリアがすごい速さで、グローに同調してきた。

 「お前らは俺を何だと思ってんだよ…。まあ、確かに宗教は好きだけども。元々ロマニ民族は音楽に特化していて、吟遊詩人も少なくないんだ。」

 ヴォルティモは呆れ顔で二人を見て、言ってきた。

 そして、マリアが何かを思い出したように、手を打つ。

 「あ、確かに、吟遊詩人のロマニ人を見たことはあるわ。」

 「へえ、そうなんだ。」

 グローは、ロマニ民族について知らなかったので、初耳で衝撃だった。

 ヴォルティモはマリアの言葉に同意し、付け加えるように話し出した。

 「そうそう。だから、俺も家族から貰ったリュートを持ってて、弾いていたんだけど、中々売れなくてな。お金が無さ過ぎて、売ってしまった。」

 グローとマリアはそれを聞き、アハハと声をあげて笑う。

 「ヴォルティモのリュート聞いてみたかったな。」

 マリアがヴォルティモをからかうように言う。

 「失礼な。絶対下手って思っているだろ。あれだからな。金が無さ過ぎて売っただけだからな。別に、下手ではないからな。」

 ヴォルティモは言い訳をするように、早口でまくし立てる。その必死さが余計、二人にとって面白かった。

 彼らは服が乾くと、服を着直して、そこで野宿をした。そして、夜が明けると、またミレトスの街を目指した。

 すると、途中の道でヴォジャノーイ2匹に遭遇した。ヴォジャノーイは、長老のような長い髭を生やしており、その髭に相応な老人の姿をしている。だが、ただの老人には見えない。体や頭は緑色で、目玉が飛び出すかのように、前面に出ている。ほんの少しカエルに似ている。

 彼らは剣や槍など各々の武器を構え、ヴォジャノーイに対峙する。すると、ヴォジャノーイは「グワグワ」と喉の奥で鳴く。よりカエルに近い。そして、ヴォジャノーイは口に溜めた水を噴水のように強く吐き、彼らに向ける。だが、ピー・ラン・グルオンと戦った彼らには攻撃が遅く見える。その強く吐いた水を避け、各々の武器で攻撃する。すると、ヴォジャノーイはあっけなくやられる。そして、そのまま倒れこみ、傷口から血と内臓が少し出る。

 しばらく経っても、ヴォジャノーイは、黒い塵にならない。フーシーと同じだった。この違いは何だろうか。グローはこの疑問について再度考えるがやはり答えは出ない。

 彼らはヴォジャノーイを埋葬する。いつも慣習的に行っているが、この行為で命の重さについて改めて考えることができる。


 この弔いが後に影響を与えるのは、彼らは今はまだ知らない。

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