第10話 ユミトの軌跡を辿って

 目の前の光景に魅了され、グローはユミトの家の探索前に少し散策をすることにした。

 目の前には大きな市場バザールが広がっている。そこにはドワーフだけでなく、様々な種族や人種が見られる。多分エルバ人と思われる褐色肌で黒髪の人。ロレンツォ達と同じように肌が白く、黒茶の目と髪の人。他にも、グローは肌が白く目が青い金髪の人を見かけ、一瞬ドキッとする。多分あちらの人は彼を知らないだろうが、彼の中で少し怖さが浮き上がる。彼は目を合わせないように、顔を背けると、見たことない種族が目に入った。獣人種だ。トカゲの見た目をしている獣人がいる。よく周りを見渡すと、数こそ少ないが所々に様々な種類の獣人がいる。さらに、服装なども全然違うものだから、余計に珍しく思う。彼は物珍しさにまじまじと見てしまい、あちらの獣人と目が合った。だが、あっちは彼の目線からすぐに逸らし、ふと自分の怪しさに気づいて、グローも他に目をやった。

 ふと建物の壁に行方不明者の紙が一枚張り出されているのが、目についた。ドワーフの子どもの絵だ。名前がDoğruドールと書かれている。当たり前だが、知らない人だな。この世界じゃ行方不明は珍しくない。普通に旅先で亡くなることもあるし、人攫いなどは日常茶飯事だ。グローも現に人攫いで奴隷になったわけだしな。同情するわけではないが、この子も見つかるといいなと身勝手な祈りをした。

 しかし、ここは人だけでなく、建物も物の種類も多様だ。市場や鍛冶工房、教会っぽい建物までも見られる。茄子や小麦、ラム肉やオリーブなどの食材が豊富だ。そういやユミトが、このアトマン帝国の地は小麦粉やオリーブの原産地で料理も豊富で美味だと言ってたような気がする。他にも、絨毯などの手芸、ガラス細工や陶器なども多い。そして、他と比べ物にならないほど圧倒的に数が多いのが、剣や槍などの武具だ。買い物をする商人たちも真剣に武具を見つめ、品定めをしている。このアトマンに色んな人が集まるのは、この高質な武具を買いに来ているからかもしれない。

 グローはある程度街並みを見終わった後、もうそろそろユミトの家を探索することにした。

 彼は近くにいたドワーフに話しかけ、ユミトの家の行方を聞いた。とりあえずユミトに教わったアトマン語の単語のみを並べ、拙い発音で伝えた。

 「Ümitユミト, ev.」

 ドワーフは最初聞いたとき、拙い発音で上手く聞き取れなかったのか、人差し指を出し、もう一回というようなジェスチャーをした。グローはすかさずもう一回伝えた。今度は少し理解できたのか、来いよというような手招きをしている。彼はそのドワーフに付いていくと、ドワーフは地下への穴に入っていこうとしている。この穴に入るのか。彼は少し目を見張ってしまったが、付いていくほかなく、恐る恐る穴に入っていった。

 グローは、最初にこの街に着いたときの景色にも驚いたが、地下での景色ではもっと驚きが隠せなかった。地上と地下の街は全然違う。同じ街だが、全然違う街のようだ。表と裏の街とでもいうのだろうか。

 地下はとても長い迷路状になっていて、穴を複数も潜り抜けて、奥に進んでいく。彼はどこに辿り着くかという不安を抱きながら、その地下道の薄暗い迷路を潜り続けた。自分が蟻にでもなった気分だった。しかし、案内してくれているドワーフは迷わずにどんどん突き進む。ここは土地勘が無いとかなりきついだろう。そもそも、この狭さだと背が高い人は厳しいだろう。

 とにかくドワーフに付いていき、どんどん奥へ奥へ突き進むと、ようやく先の方に明るい光が見えてきた。その先を進むと、地下に巨大な街ができていた。


 鍛冶屋、炭鉱場、食料品店など様々な建物が建っている。だが、地上と違うのは、地下は住宅街が多く建てられている。そういえばユミトが、ドワーフは地下に住んでいると言っていたことを思い出した。そのため、グローは地上はあまり生活感が無かったのかと妙に納得してしまった。地上は違う地域や国から来た客や商人用に展開されているのだろう。

 街の景色に圧倒され、立ち尽くすが、案内してくれているドワーフに置いていかれないように、少し小走りで後を追っかけた。

 ドワーフに付いて歩きながら、周りを見渡す。この地下は、鍛冶工房も地上に比べて多い。あちこちで剣や槍、盾などの武具、金属製の生活道具、ガラス細工などの装飾品など色んな工芸品が作られている。そのせいか、カン、カンと金属を叩く音があちこちから響いてくる。そして、作り終えた工芸品を他の人に渡し、地上への道へと進んでいった。多分地上のバザールへと運ぶ運び屋なのだろうか。こうして、この街は成り立っているのだろう。

 この街を見ているだけで飽きない。他の街や国はどんな風に違うのかな。そんなことを考えているだけで心が躍った。

 グローはそのドワーフに付いていったが、案内されたところは全然違うユミトさんだった。お互いに誰だというように気まずい雰囲気になった。ユミトっていう名前はここではメジャーな名前なのかもしれない。彼はもう一度案内を頼もうとするが、ユミトに関連する言葉を言わないと、また別の人のとこに案内されてしまう可能性がある。彼はユミトに関する情報を必死に思い出そうとしたとき、ふとユミトが元商人なのを思い出した。

 「tüccar商人, Ümit.」

 アトマン語で商人の単語を付け加えて言うと、ドワーフはピンと来たのか、思い当たる場所に案内してくれた。

 ドワーフが案内してくれた家の扉にノックをする。すると、足音が遠くから徐々にこちらに近づき、扉が開いた。

 金髪の白い肌のおばさんが扉の奥から顔を覗かせた。

 「Naber?」

 グローはいきなり分からない言葉が来て、少し焦った。まあ、当然エンジェル語を話すわけないのだが。

 「うーんWell,何てHow言えばいいのかな。do I say,

 グローはどう伝えればいいのかわからず、小さい独り言が漏れた。

 それを聞いた女性がピンと来て、

 「エンジェル語を話すのかしら。」

 「はい!」

 その女性がエンジェル語を話せることがわかり、グローは少し安心する。

 「エンジェル語を話せるんですか。」

 「少しね。元々ガッリアHerzogtum大公国Gallia出身なの。」

 ガッリア大公国といったら、神聖エストライヒ帝国内のエンジェル帝国に近い地域だ。だから、少しエンジェル語を話せるのだろう。

 女性が少し不審気味に、「で、何の用ですか。」と聞いてきた。

 「ユミトという元商人を知っていますか。」

 グローは、本題の聞きたいことを尋ねた。まだ「ユミト」の家族という確証もないからな。

 しかし、この質問に女性はすごく驚いた表情をし、彼の手を掴んできた。

 「あなた、ユミトを知っているの⁉」

 あまりの女性の迫力に少し怖気づいてしまった。

 「ええ、まあ。」

 「ちょっと上がって。」

すると、その女性は彼に向かって手招きをし、そう言ってきた。

 彼は、はいと頷きながら家の扉を開け、その家にお邪魔することにした。女性に招かれ、家の中に入り、リビングに案内された。

 何か奥の部屋からカンカンと金属を叩く音が聞こえる。多分鍛冶場なのだろうか。

 女性はその奥の部屋に顔を覗かせ、

 「エメルÖmer、ちょっと来てくれるかしらー!」

 その時、カンカンという音が止み、奥の部屋から夫らしきドワーフもリビングにやって来た。

 そして、その夫婦とグローが向かい合うように席に座り、ユミトについて話そうとしたが、先に奥さんが尋ねてきた。

 「それで、ユミトは今どうなの。元気かしら。あの子全然手紙を寄こさないもんで、心配なの。」

 よほどユミトのことが気になるのか、奥さんは少し捲し立てるように尋ねてくる。

 グローはユミトのことについて伝えづらく、唇を噛みしめ、少し黙ってしまう。だが、伝えなければならないと意を決する。

 「…その、…ユミトは…もう」

 彼は掠れた途切れ途切れの声で必死に言おうとした。

 その言いにくい雰囲気でもう察したのか、奥さんは口を八の字に開け、涙を目に浮かべた。その目を隠すかのように、手のひらで覆い、もう片方の手を彼の方に向けた。

 「…ええ、それ以上はいいわ…。」

 夫のドワーフは奥さんの背中をさすり、慰める。

 「…でも、その子がうちの子とは限らないんじゃない。」

 ちょっと苦し紛れに言ってきたが、案外その可能性もある。グローは咄嗟にユミトからの伝言を思い出し、伝えてみた。

 「そういえば、その、ユミトからすまなかった、指輪ありがとうって伝言を預かっているんですけど。」

 グローはユミトの言葉の意味が分からないが、そのまま伝えた。すると、彼とは裏腹に両親にはその言葉の意味が伝わったらしく、涙を頬に伝った。

 「確かにあの子だわ。」

 ユミトの両親は、認めたくない現実を認めざるを得なかった。

それからしばらく時間を置き、ユミトの母親は少し落ち着いてきた。

 グローはそのユミトの伝言の意味が分からず、顔を窺いながら、その理由を聞いてみた。

 「ユミトが旅商人になるのに、ここを出ていくときに、指輪を渡したの。」

 ユミトの母親は、補足の説明として、指輪の意味も教えてくれた。グローの故郷には指輪を渡す文化が無かったから分からなかったのだが、指輪は家族である証明を表すもので、代々受け継がれるらしい。そして、結婚して子どもを産んだら、またその家族に指輪を渡すという習慣があるとのことだ。特に、長男に渡されることが多いらしい。

 ユミトは長男だった。だから、指輪を渡されたようだ。だが、おかしな点もある。普通長男だと、家業を継ぐのではないだろうかとグローの中で疑問が思い浮かぶ。グローが少し疑問ありげな顔をしていると、母親がその疑問に答えるかのように説明してくれた。

 「ユミトは人間とドワーフのハーフなの。夫がドワーフ種で、私が人間種のガッリア人なの。何か違和感はなかったかしら。周りのドワーフは背が低いのに、ユミトは人間と同じくらいの背丈なのとか。」

 そのことを聞くと、グローの中で色々と納得がいった。

 「あなたは知らないかもしれないけど、種族のハーフは忌み嫌われがちなの。特に人間とのハーフはね。例えば、ドワーフと人間のハーフだと、ドワーフ本来の強い筋力が半減するの。人間よりは勿論強いけどね。他にも、獣人と人間のハーフであれば、動体視力や五感が半減したり。能力だけじゃなく、見た目も変わるものだから、あまり好まれないのよ。」

 だから、ユミトは兵士と闘っていたとき、あんなに強かったのだろう。しかし、グローの中では、まだ家業を継がない理由がはっきりしない。

 「話を戻すと、ユミトはその周りからのハーフとしての偏見が嫌で、ここから出てって、商人になったの。だから、お守りの意味も込めて、指輪ファミリーリングを渡したの。」

 グローはユミトの伝言の意味がようやく分かった。だから、このユミトの両親も「ユミト」だと気づいたのだろう。


 「そういえば、あなたはユミトとどういう関係なの。」

 確かに両親からすれば、彼の立場は気になるだろう。

 「俺は、ユミトの友人です。」

 「あら、そうなの。」

 ユミトの母親の顔が少し微笑み、彼も少し安心した。

 「ねね、あなたとユミトの出会い聞かせてくれるかしら。」

 「ええ、自分で良ければ。」

 彼はユミトとの出会いから出会うまでに至るまでの話までした。

 「そう、あなたも大変だったのね。」

 ユミトの母親はグローの手に手を重ね、親身に聞いてくれた。まるで自分の母親のように。

「提案なんだけど、ここに住むのはどうかしら。今帰るところが無いなら、うちは大歓迎よ。」

 グローは一瞬戸惑った。ユミトにお世話になったのに、家族にまで迷惑をかけるわけにはいかないと申し訳なさから断ろうとする。

 その彼の顔を見てか、父親が母親の提案に横切る。

 「え。迷惑Belkiなんonuじゃrahatsızないかeder。(Maybe it bother him.)」

 「え、そうなの。迷惑なの。」

 母親は、その父親の言葉に驚き、ちょっと寂しそうな顔をした。

 グローはその母親の顔を見て、断れそうになかった。

 「いや、自分としては嬉しいです。」

 それを聞いた瞬間、母親は安堵したような顔をした。

 「それなら良かった。じゃ、この家の中の説明とかするわね。」

 その日からグローはユミトの家の子になった。

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