第9話 新世界

 その後、グローたちはロレンツォの家で3日間お世話になった。

 例の二人はソファで寝たきりになっており、度々柑橘系のジュースを飲ませていた。対して、グローは掃除などロレンツォの家事を手伝っていた。 

 ロレンツォが台所で料理を作っていると、いい香りがこちらに漂ってくる。

 「ご飯ができたから、食べよう。」

 ロレンツォは皿にイカ墨をあえたパスタを装い、テーブルに置く。

 そして、彼は両手の指を交差させ、食事の前の祈りを捧げている。グローはこの地域で信仰されている宗教を信仰していないため、グローはロレンツォの祈りが終わるのをただ待っている。

 ロレンツォが祈り終わると、二人はパスタを食べ始める。食べている途中で、ロレンツォは何かを思い出したように、食べるのを中断し、再度台所へ向かう。

 「せっかくだから、これ飲もう。」

 ロレンツォはそう言い、ワインが入っているビンを持ってくる。そして、一緒に持ってきたカップをグローに持たせる。彼はグローの持っているカップにワインを注ごうとすると、

 「そういえば、グローは何歳なんだ?」

 とグローの年齢を尋ねてきた。

 「俺は、今14です。」

 グローの年齢を聞き、ロレンツォは一瞬迷うが、まあ、いいかとすぐに考えるのを放棄する。

 「14だったら、ちょっと早いが、飲んでも大丈夫だな。」

 グローは半ば強制的にワインを注がれてしまう。

 ロレンツォがワインに口を付けると、グローも貰ってさすがに口を付けないわけにはいかないので、ワインに口を付ける。すると、グローの口内に若干の渋みと酸味が流れ込んでくる。ワインというよりお酒を飲んだことの無かったグローにとって、初めてのワインは渋くて、苦手だった。体が拒絶しているかのように、咄嗟に舌を出す。

 「うえ。」

 その苦そうにしているグローの姿を見て、ロレンツォは軽く笑う。

 「グローにはまだ早かったかな。でも、慣れていくことも大事だからね。」

 グローは、ワインはしばらく飲まなくていいやと思った。



 そのまま、パスタとワインを二人で嗜んでいると、徐々に酔いが回ってきて、グローの頬は赤くなり、視界がぐらつく。

 「君はユミトさんとどういう知り合いなのかな。」

 急にロレンツォが質問してきて、グローは目が覚める。

 「え、えっと、仕事仲間です。」

 グローは焦って、声が裏返ってしまう。だが、嘘はついていない。ユミトとは奴隷仲間であり、仕事を共にしていたからだ。

 「なるほど、仕事仲間ね…。ユミトさんは元気そうかな?」

 そのロレンツォの質問を聞くと、グローの胸がギュッと縮むように痛くなる。ロレンツォに元気だと嘘をつけばいいのだが、話していると泣きそうになってしまう。これも酔いのせいかもしれない。グローはクラクラと酔いが回ったような仕草をし、寝たふりをする。

 ロレンツォは仕方ないなという感じで、短い溜息をついて、グローの背中に毛布を被せる。

 その時、グローが閉じた瞼から涙が出ていたことは、彼自身以外誰も知らない。



 しばらくすると、体調不良になっていた二人は大分元気になり、グローはこのウェネプティアを出発することにした。ただ、ここからアトマン帝国までの行き方を知らないため、ロレンツォに聞くことにした。

 「このウェネプティアからアトマン帝国までどう行けばいいですか。」

 「そうだな、このウェネプティアの少し南にシクリア島があるから、そこを経由すれば、安全にアトマン帝国に行けるかな。まあ、俺の知り合いがアトマン帝国まで用があるから、連れて行ってくれるように言っておくよ。」

 「本当ですか!ありがとうございます!」

 「そういえば、あとこれ。」

 ロレンツォはグローの手を掴み、小さめの布袋を手に持たせた。

 「きっと通行料とか持ってないだろうから、これ貸しとくよ。いずれ倍にして返してくれよ。」

 「ありがとうございます!」

 グローにとってロレンツォはお世話になりすぎて、頭が上がらない。グローはロレンツォに案内された船に乗せてもらい、アトマン帝国へと向かった。

 ウェネプティアを出発してからしばらく経った後、仲介のシクリア島に着いた。そこで、食糧や飲み水の補充をし、すぐにアトマン帝国に向かった。さすが、航海士がいるだけあって、とても航海が安定してて、早い。ここら辺の海流や風は知り尽くしているようだ。

 シクリア島で買い物をしてきた人たちが戻ってきて、再度船が出港した。

 船が進み始めて、時間がしばらく経った後、先程とは違う陸地が見えてきた。

 「Ehi, tu! Tu arrivavi in impero Atmano!」

 ロレンツォの知り合いがグローに向かって何か話しかけている。けど、全然何を言っているのか分からない。

 「え…と」

 何も理解できていないことが表情から伝わったのか、少し考えた後、再度話しかけてきた。

 「Behえーと.伝わっていますか。」

 急に話している言葉が理解できるようになった。

 「あ、はい。エンジェル語話せるんですね。」

 「チョットだけ。」

 確かに、その人はあまり話せないからか、少し手ぶりをしながら話した。

 「Beh.アトマン帝国に着いた。」

 カタコトだったが、グローに伝わった。

 「わかりました。」

 グローは船からアトマン帝国の陸地に降り立とうとしたとき、その人は急に手のひらをこちらに向けた。

 「待った。」

 グローは急に止められ、少し驚いて立ち止まった。

 すると、ロレンツォの知り合いはアトマン帝国の陸地に降り立ち、布を頭に被った人達と何か交渉をしている。その人が、しばらく話した後、こっちに戻ってきた。そして、向こうの布を被った人達を指さしながら、話しかけてきた。

 「あの人たちにお前をドワーフのとこまで案内するよう頼んだ。」

 「ありがとうございます!」

 言葉が伝わっているか分からないが、グローは全力で感謝を伝え、船から降り立った。

 グローは先ほどの案内を頼んでもらった人たちのもとに駆け寄り、案内を頼んだ。だが、エルバ人の言っている言葉が分からないため、必死にユミトに教えてもらったアトマン語の単語を思い出そうとした。

cüceドワーフ, şehir.」

 この二つの単語を思い出し、エルバ人に伝えた。一応伝わったのか、エルバ人は頷いて、案内してくれるようだ。

 グローは、遊牧民のエルバ人 ئيربي(Erba)に案内されながら進んだ。ロレンツォから借りた布袋から案内料を取り出し、エルバ人に少し払い、馬に同乗させてもらった。しばらくの草原地帯を突き進んだ後、城壁に囲まれた街が遠目に見えてきた。

 案内してきたエルバ人が「ハットゥシャHattuşaş」と向こうを指さしながら、何回も連呼している。多分この街はハットゥシャという街で、ここがドワーフの街ということなのだろう。

 さらに進み、城壁に着いた。城壁の中に入るために入り口の関所に向かった。関所の前には、様々な種族や国の人たちが長い行列で並んでいる。グローはとりあえず行列に並び、自分の番が来るまで待つことにした。

 自分の列が徐々に関所に近づいていくと、行列の一番前が見えてきた。背が小さいが、鎧越しでもわかる逞しい筋肉と長い髭から、いかにも強そうな兵士が二人並んでいる。

 その兵士らの褐色肌と長い髭から、ユミトを連想させた。グローはここが本当にドワーフの国なのだと実感した。ただ、ユミトと比較すると、少しの違和感を覚える。ユミトは確かに人間より髭が濃く、筋肉質ではあった。だが、背丈は人間と同じくらいあった。だが、向こうにいるドワーフの背丈は成人男性の半分のちょい上ぐらいしかない。

 不思議に思いながらも、徐々に自分の番が近くなり、すぐに関心がそっちに移った。

 ようやく彼の番が回ると、関所で見張りをしているドワーフが彼に手を差し出してきた。

 「通行税を徴収する。」

 彼は「はい」と小さな声で返事をし、ロレンツォから借りた金を渡した。

 このボロボロの身なりで金を持っていることに少し怪しまれたが、通っていいと許可を貰い、彼は少し小走りで関所を抜けた。

 関所を抜けたそこは、とても不思議な光景だった。山なりな地形が多く、その所々に穴があり、そこを背が低いドワーフがどんどん入っていっている。勿論、地上にも市場などの建物はあるが、それよりも地下への穴の方が多いような気がする。ひどい例えだが、まるでシロアリにでも食われたような穴だ。

 ユミトが言っていたように、本当にドワーフは地下の洞窟に住んでいるらしい。半信半疑だったユミトの言っていたことが、グローの中で確信に変わった。

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