第5話 知らないこと

 グローはユミトに導かれるように、その暗い道を歩いていった。実は逃げれそうな道前から見つけてたんだとユミトは言うが、グローは傭兵に見つからないか気が気でない。その上、この道は木がある程度生い茂っているため、木漏れ日が入るだけで基本的には暗いが、それも見つからない保証はどこにもない。グローは不安さから、兵士に見つからないようキョロキョロと周囲を確認しながら歩いていたら、自然と泥棒歩きになっていた。

 しかし、グローはユミトに付いて行くしかなかった。やはり、彼はユミトを半分疑って、半分信じてる。



 グローがだいぶ足が疲れてきたなと思うぐらいには歩いたら、前方の奥に明るい光が入ってきていた。潮の匂いも漂う。

 やがて、その光の方まで辿り着くと、辺りは明るく、海に太陽が浮かんでいる。ついでに、一隻の小さな商船も海に浮かんでいる。

 ユミトはその商船を指さして、

 「ちょっとばかしボロいが、これでここから離れるのには十分だろう。」

 話を聞いていると、ユミトはどうやら奴隷を運ぶための奴隷商人用の商船を以前見つけていたらしい。そしてこの騒ぎに乗じて、この船に乗ろうとしている。意外と大胆な奴のようだ。

 グローたちはこの商船に乗ろうとすると、彼らが来た暗い道の方から、男二人がやってきた。ぼろ布を着ていて、体が傷と汚れでボロボロだ。多分同じ奴隷の身分だろう。

 「おい。待て。俺たちも乗せろ!」

 男たちはかなり急いでいる様子でこの船に乗ろうとしてきた。

 いきなり来て、威張ってきたため、グローはその男たちの図々しさに腹が立った。しかし、グローたちも船を盗もうとしているから、あまり人のことは言えず、強く言えなかった。

 男たちが船に乗ろうと手を付けた途端、さっきの道から兵士が三人走ってきた。まるで、男二人を追って来たかのように。

 「クソ、もう追いつかれちまった。」

 どうやら、この男たちは兵士を引き連れてしまったようだ。しかも、図々しく船に乗ろうとしている。このままだとグローたちも巻き込まれかねない。

 グローはその男たちに怒りが沸々と湧き上がってくる。

 「ちょっと待ってろ。」

 ユミトはそう言うと、ユミトが船とは違う方向の、兵士の方向へと向かっていく。

 だが、ユミトは防具も武器も何もない。グローはユミトの無防備さに心配で仕方がない。

 グローはユミトをジッと見ていると、ユミトについて気づくことがあった。

 ユミトはグローのイメージ以上に背が高く、肩幅も広い。ユミトはドワーフにしては珍しく背が高いが、普段猫背なため高身長であることを感じさせない。だが、グローにとって今のユミトの背中は高く、大きく感じる。

 兵士もそんな大男が近づいてきたと思い、ぎょっと身構えている。

 ユミトは兵士の剣先が届くか届かないかの間合いの距離まで近づいている。ユミトがギュッとこぶしを握り、それが戦うことを俺に伝えていた。

 「おい、ユミト!お前死ぬ気か。戻ってこい!」

 グローの声にユミトは振り向きもせず、シッシッと手で邪魔者を追い払うかのような手ぶりをしていた。それで、グローに早く行けということを意味していることが伝わった。だが、さすがにグローはユミトを置いてはいけず、船を進めないでいる。グローにとって、ユミトにまだ教えてもらいたいことが多くあるのだ。



 グローはユミトの行く末を見守っていると、ユミトがこぶしを前にして構え始めた。ユミトと兵士はお互いににらみ合って、牽制しあっている。数分間その状態が続き、痺れを切らした兵士が慣れた手つきで剣でユミトを斬りかかろうとした。

 グローは危ないと声に出そうとした瞬間、ユミトの重く、速いこぶしが一人の兵士の顔にドスンと入った。顔を殴られた兵士は、鼻が折れ、顔が歪み、そのまま倒れていった。ユミトはその倒れた兵士の剣を握り、他の兵士にその剣先を向けている。

 グローは、ユミトが意外と強いことに驚き、口をポカンと開けていた。彼は、ユミトが商人だったのを知っていたため、戦えないと勝手に思っていた。グローはユミトについて知っていた気になっていたが、まだ何も知らないのだと痛感させられた。

 そう思っていたグローの意に反するかのように、ユミトは慣れた手つきで剣を下から上に振り上げ、一人の兵士の横腹に剣が思いっきり入る。バキッとあばら骨が折れたような音がした。

 二人目の兵士が痛さでうずくまっていると、他のもう一人の兵士は怖気づき、後ずさりしていた。

そこに追い打ちをかけるように、ユミトは残りの兵士に近寄っていく。じりじり、じりじりと。

 しかし、途端にユミトの足取りが止まる。足元の方に目をやると、先ほど倒れた兵士が苦し紛れで、ユミトの片足を掴んでいた。ユミトは兵士の掴む手を振りほどこうとしたその時、残りの兵士がすかさず、ユミトの剣を持つ右腕に斬りかかる。兵士の剣が思いっきりユミトの腕に入り、肉が裂け、骨が少し見えてしまっている。痛々しいどころではない。

 ユミトは冷や汗を流し、あまりの痛みに歯を食いしばっている。

 剣がユミトの手から離れ、落ちた衝撃で耳に残るような嫌な金属音が鳴る。ユミトは右腕の激痛に耐えながら、最後の一絞りの力を左腕に込め、兵士の顔面を殴ろうとする。

 ―もういい。もうやめろよ。

 グローはそのユミトの痛々しい姿を見ていられなかった。

 「ユ」

 追い込まれてきているユミトを見て、グローが名前を呼ぼうとした瞬間、彼の声の大きさに反比例して、静かにユミトの胸を兵士の剣が貫いていた。


 グローはただただ、その光景を見ているしかできなかった。

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