第4話 グローとユミト

 グローやユミトたちはいつも通り、炭鉱現場で仕事をこなす。鉱物資源を採掘し、運んでいく。仕事内容はいつもと変わらない。だが、周りの空気というか雰囲気が以前とは違うようだ。グローは横目に他の奴隷を見ると、仕事をサボっている人がチラホラと見受けられる。

 「あー、かったりーよな。」

 一部の奴隷はそう言いながら、つるはしを杖のように立てて、ダラダラとしている。

 勿論、奴隷を管理する人が、

 「おい、そこ!サボるな!」

 と注意すると、渋々仕事を再開するが、心持ちというかそういうものが以前とは明らかに違う。

 その空気は夜にまで続いた。

 寝床の馬小屋がざわざわと騒がしい。グローたちが今まで、ヒソヒソと話をしたのがウソみたいだ。

今までは奴隷の中で、夜遅くまで語り合っているのは、ユミトとグローぐらいだった。だが、最近は周りの奴隷も例の反乱の噂についてずっと話している。もうグローたちのヒソヒソとした言葉が、周りのざわざわとした波に飲み込まれてしまう。

 「やけに騒がしいな。最近の奴隷の反乱で、皆盛り上がっているな。いつもその話題で持ち切りだな。」

 「そうだな。なんかきな臭くて、怖さもあるけど…。」

 グローは自身の服の裾をギュッと掴む。言葉では言い表せないが、グローには一抹の不安と恐怖があった。



 奴隷反乱の噂は色んな各地で話され、どんどんと瞬く間に広がっていく。ざわざわと言葉が言葉を伝え、徐々に、徐々に噂が広がっている。言葉がまるで人間を支配しているようだ。

 「…らも…起こ…ね?」

 「ありだな」

 体がごつい男二人からボソボソとそんな声が聞こえた。周りのうるさい声でうまく聴き取れない。

 グローは聞き耳を立てて、会話を聞いてみようとしたが、まあいいやと聞こえないふりをした。

 あまりのうるささに監視員が様子を見に来た。

 「おい!うるさいぞ!静かにしろ!」

 イライラしているのか、ドスを利かせた声で怒鳴ってきた。

 「…あ?なんか言ったか?」

 一人の奴隷の男は負けじとドスの利いた声で言い返してきた。

 他の奴隷もその男に便乗して、そうだ、うっせえぞと野次を飛ばす。

 監視員の男はその奴隷らの野次に気圧され、少し後ずさりして、とにかく静かにしておけと吐き捨てるように言って去っていった。

 これは多分うるさいから来ただけではなさそうだ。最近の奴隷反乱に乗じて、ここの奴隷が反乱を起こさいないか見張るためにも来ているかもしれない。現に、最近監視員の見張りが増えた。奴隷たちが怖いのだろう。

 監視員の姿が完全に見えなくなったら、また奴隷たちはざわざわと話をし始めた。

 ユミトがその音に混ざるかのように、こんなことを聞いてきた。

 「そういえば、変なことを聴くかもしれないが、お前さんはここを出たいと思うか。」

 ユミトがグローの真意を確かめようとしているかのように、目を尖らせて聞いてきた。

 「俺は…」

 少し間を置く。

 「俺は、わからない。自分がどうしたいのかも。」

 グローは下にうつむきながら、まるで消えてしまいそうな声でそう言った。

 そんなグローに対して、またユミトはそうかと言うだけだった。


 深夜になると、あんだけ騒いでいた奴隷たちもさすがに寝静まっている。だが、その中でヒソヒソと二人で話す声がする。

 グローは眠たさから、聞こえないようにペラペラの布切れを頭に覆いかぶさるようにして、その声を遮断した。



 「…い」


 「…おい!起きろ、グロー!」


 そのユミトの声ではっとグローは目が覚めた。

 ユミトの顔が鬼気迫るような顔だったので、グローは思わずぎょっとしてしまう。その時、外からガシャンという物音や叫び声が聞こえた。あまりの異様な音に思わず外に目を向けると、一面真っ赤に染まっていた。


 途端にグローはあの光景が脳裏に思い浮かぶ。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 グローの頭の中は恐怖に支配され、目の前が黒いもやがかかったように、真っ暗で見えない。耳も怖いの音でいっぱいになり、何も聞こえない。

 グローにとって、あの光景を思い出す恐怖もあるが、奴隷としてのカテゴリーが剥奪される恐怖もあるのだろう。彼にとってそのカテゴリーを失ってしまえば、何も残らないからだ。

グローは渦に飲み込まれるかのように、どんどん恐怖へと引きずり込まれ、あまりの息苦しさに溺死しそうだった。彼は体は震え、ぶつぶつと独り言を呟く。次第に、言葉すらも吐けず、呼吸が荒くなっていく。

 その時、うつむいていた頭に鈍痛を感じ、同時に小さな声が聞こえた。少し耳が詰まっているかのように聞こえづらいが、耳を澄ますと、

 「しっかりしろ。お前さんなら大丈夫だ。」

 とユミトの声がボンヤリと聞こえた。さらに、ユミトは軽く肩をポンポンと叩き、グローをなだめている。まるでその姿は、グローの面倒を見る兄のようだった。そして、俯いていたグローの肩を担いで、支えながら歩いた。

 何が大丈夫なのだろうか。グローはそう思う。

 「大丈夫さ。お前さんは強い。自分で思ってないかもしれんが、人より優しく、目に希望が宿ってる。誰よりも。」

 グローは心の中で言ったと思っていたが、言葉に出ていた。彼は恥ずかしさと同時に、懐疑心が生まれた。

 ―俺はそんな強くもないし、優しくもないし、希望なんてない。もし、強かったなら自分の故郷を盗賊から守れたわけだし、優しかったならもっと困ってる人に寄り添えたはずだ。

希望なんて持ってたら……

 どうだったんだろうか。

 彼は希望という言葉に触れて来なさすぎて、あまりに曖昧に捉えているから、その言葉の先が思い浮かばなかった。

 彼は希望なんて縁のない言葉、考えるだけ無駄だなと思い、その先を考えるのを諦める。

「それに、それは俺じゃなくて、お前だろ。」

 グローがユミトに向けて、そう言い放つ。

 ユミトはそれを聞くと、グローが言ったことを馬鹿にするかのように大笑いした。

 少しグローがムッとした顔に気づいたのか、ユミトは弁解する。

 「いやー、悪い悪い。だってあまりにも変なこと言うから。俺は屈折しすぎて、無理だよ。お前さんみたいに純粋じゃない。」

 グローの頭の中に疑問が生まれる。彼はユミトの言葉が素直に受け取れず、なぜそんなことを言ったのかユミトの真意が分からなかった。

 いずれにしろ、そうやってユミトと話していたら、グローはいつの間にか目の前の黒いモヤが消えていて、耳も鮮明に聞こえるようになっていた。彼はユミトの肩を借りて歩いていたが、もう1人で歩けるようになったため、ユミトの肩から腕を外して1人で歩き、辺りを見回した。

 すると、さっきまで視界を閉ざしていた目に、また赤い同じ光景が入ってきた。

 グローが辺りをじっと見ていたからか、すかさずユミトは

 「見ろよ。お前が知らない間に奴隷反乱が起きたんだ。多くの奴隷と主人の雇った傭兵が戦っている。」

 目の前には、ユミトが言っているように、多くの奴隷が傭兵に向かって戦っている。だが、やはり実戦経験の浅い奴隷では傭兵には敵わない。奴隷に殺された傭兵もいるが、傭兵に殺された奴隷は数え切れない。奴隷の死体があちらこちらに山のように積み重なっている。でも、奴隷は数では圧倒的に勝っているため、必死に抵抗している。

 ユミトはこっちだという感じで手招いて、グローを誘導した。

 そのユミトが誘導する道は薄暗く長い長い道のりだった。

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