一週間後の放課後、誠と千明は自転車置き場にいたところを田中に呼び止められた。

「お父さんに住んでいるところがばれたから、引っ越すことになったよ」

 克茂の家の蔵に忍びこんだ田中という男は、今目の前にいるクラスの優等生の田中の父親だった。

 家庭内で暴力を振るっていた父親から逃げた田中と母親は、アパートで二人暮らしをしていた。

 だがどこから情報を得たのか、その父親が克茂の家の“神様のミイラ”の薬を盗むために、千明と同じ高校に通っている息子を利用しようとしたのだ。

「引越し先が言えないのは残念だし、迷惑も、たくさんかけたけど」

 田中は申し訳なさそうに言った。

 しかしすぐに顔を上げて笑う。

「君たちのおかげで頑張れそうだよ。本当に、ありがとう」

 彼は晴れ晴れとした顔で二人に手を振り、自転車に乗って去っていく。

「初めてまともに目があった気がする」

 思わずそうこぼした誠に、千明が笑う。

「そりゃよかった」

 カバンを前かごに入れた二人は、自転車には乗らず引いて歩いた。

 結局のところ、“神様のミイラ”の薬はどこにあるのか。

 きっと他人に言ってはいけないのだろうと、誠は聞かなかった。

 田中の父親は“神様のミイラ”の薬のことをどこで聞いてきたのかとか、誰に売ろうとしていたのかとか、わからないことはたくさんあるけれど、事情徴収中の今は警察に任せるしかない。

「そういやじいさんが今度夕飯食べに来いって言ってたよ。お礼においしいものごちそうするからって」

「俺、何もしてないけど」

「俺と一緒に留守番したじゃない」

 たしかに留守番はしたけど、それだけだ。家主である克茂が出かけている間、家にいただけ。

 “神様のミイラ”の薬を狙う田中を止めたのは、千明だ。

「俺だけじゃ、田中君はあんな風に笑えるようにならなかった。君がいたからだよ」

「お前が父親を捕まえたからだろ」

「わかってないなあ」

 やれやれと言わんばかりに、千明が軽く息を吐く。

「ていうか、お前は一人で突っ走りすぎなんだよ。金槌持ってる相手に向かっていくなんて」

「だって負ける気しなかったから」

 へら、と笑う千明に、誠は思わず声を荒げた。

「当たったら大怪我じゃすまないかもしれないだろ。ちょっとは考えて動けって言ってんだよ」

 つい語気を強めてしまってから、しまった、と思う。もう少し言葉を選べばいいのにと自分でも思うけれど、なかなかうまくいかない。

 それなのに、千明はなぜか嬉しそうな顔をする。

「わかった。ありがとう誠、気をつけるね」

 あんな言い方をされて礼を言うなんて、やはり彼は変わっている。

 誠は思う。

 彼がこの町に戻ってきてくれてよかった、と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

素直すぎる俺と、悪意がわかる君 佐倉華月 @kaduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ