⑧
一週間後の放課後、誠と千明は自転車置き場にいたところを田中に呼び止められた。
「お父さんに住んでいるところがばれたから、引っ越すことになったよ」
克茂の家の蔵に忍びこんだ田中という男は、今目の前にいるクラスの優等生の田中の父親だった。
家庭内で暴力を振るっていた父親から逃げた田中と母親は、アパートで二人暮らしをしていた。
だがどこから情報を得たのか、その父親が克茂の家の“神様のミイラ”の薬を盗むために、千明と同じ高校に通っている息子を利用しようとしたのだ。
「引越し先が言えないのは残念だし、迷惑も、たくさんかけたけど」
田中は申し訳なさそうに言った。
しかしすぐに顔を上げて笑う。
「君たちのおかげで頑張れそうだよ。本当に、ありがとう」
彼は晴れ晴れとした顔で二人に手を振り、自転車に乗って去っていく。
「初めてまともに目があった気がする」
思わずそうこぼした誠に、千明が笑う。
「そりゃよかった」
カバンを前かごに入れた二人は、自転車には乗らず引いて歩いた。
結局のところ、“神様のミイラ”の薬はどこにあるのか。
きっと他人に言ってはいけないのだろうと、誠は聞かなかった。
田中の父親は“神様のミイラ”の薬のことをどこで聞いてきたのかとか、誰に売ろうとしていたのかとか、わからないことはたくさんあるけれど、事情徴収中の今は警察に任せるしかない。
「そういやじいさんが今度夕飯食べに来いって言ってたよ。お礼においしいものごちそうするからって」
「俺、何もしてないけど」
「俺と一緒に留守番したじゃない」
たしかに留守番はしたけど、それだけだ。家主である克茂が出かけている間、家にいただけ。
“神様のミイラ”の薬を狙う田中を止めたのは、千明だ。
「俺だけじゃ、田中君はあんな風に笑えるようにならなかった。君がいたからだよ」
「お前が父親を捕まえたからだろ」
「わかってないなあ」
やれやれと言わんばかりに、千明が軽く息を吐く。
「ていうか、お前は一人で突っ走りすぎなんだよ。金槌持ってる相手に向かっていくなんて」
「だって負ける気しなかったから」
へら、と笑う千明に、誠は思わず声を荒げた。
「当たったら大怪我じゃすまないかもしれないだろ。ちょっとは考えて動けって言ってんだよ」
つい語気を強めてしまってから、しまった、と思う。もう少し言葉を選べばいいのにと自分でも思うけれど、なかなかうまくいかない。
それなのに、千明はなぜか嬉しそうな顔をする。
「わかった。ありがとう誠、気をつけるね」
あんな言い方をされて礼を言うなんて、やはり彼は変わっている。
誠は思う。
彼がこの町に戻ってきてくれてよかった、と。
素直すぎる俺と、悪意がわかる君 佐倉華月 @kaduki
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