放課後、外掃除の当番を終えた誠と千明は、教室へ戻る途中で担任に捕まった。

 おーい日直ー、と声をかけてきた担任に手伝ってくれと頼まれたのは、運動場の隅にある倉庫の片付けだ。

 おかげですっかり遅くなってしまった。

「先に帰ってもよかったのに」

 廊下を歩きながら、千明が言った。

「いやいいよ。別に用事ないし」

「でも君は日直じゃないのに」

「ていうか日直の仕事じゃないだろ、あれ」

 担任も、おそらく千明が日直だから手伝いを頼んだわけではない。運動場の倉庫が片付いていないことに気づいたところへ、たまたま日直の千明が通りかかったから、日直、と呼びかけただけだろう。

 教室にはもう誰もいないと思っていたが、一人だけ残っていた。

 田中翔真(たなかしょうま)だ。入学試験でトップの成績を収め、入学式で新入生代表を務めていた彼は、席について問題集を開いている。

「あれ、まだ残ってる人がいた」

 千明の声に、田中ははっと顔を上げる。

「居残りで勉強?」

「あ、うん。塾の時間までだけど。二人は?」

「先生に雑用頼まれちゃって」

「そっか。大変だったね」

 田中は千明と話しながら、ちらりと誠を見た。しかし目が合うとすぐにそらされてしまう。どうやら学級委員長決めの一件から怖がられているようだ。

 しかし千明とは、どことなくおどおどしながらも顔を合わせて会話をしている。

「偉いね。塾の時間まで勉強なんて」

「まあ、もうすぐ実力テストだし」

「えっ、あ、そうだった! 誠知ってた?」

「そりゃ知ってはいたけど」

 だからといって特に勉強をする気もなかった誠は、気にしていなかった。

「うわ、しまったなぁ。全然勉強してないや」

「成績とか気にするんだな、お前」

「気にするのはじいさんだよ。絶対に見せろって言われるし」

 彼の祖父の克茂は、良い成績を取らなければ怒る、という人ではない。だが明らかに勉強していないとわかるような成績を取ったりしたら、確実に怒られる。

「誠も見せろって言われるかもよ」

「じゃあ当分お前の家には行かない」

「えぇ!? なんで! 一緒に怒られようよ」

「怒られる前提かよ」

「あ、あのー……」

 田中が遠慮がちに割って入った。

「よかったら、僕、教えようか?」

「いやいや、いいよ。田中君も勉強しなきゃいけないんだし」

 すぐに遠慮した千明に対して、引き下がらなかったのは田中だ。

「でも僕、いつも一人で勉強してるから、たまには誰かと勉強するのも楽しそうっていうか……勉強会みたいなのって、ちょっと憧れがあって」

「俺たちとだと迷惑かけちゃいそうだけど」

「大丈夫。僕は余裕があるし、よかったら教えるよ」

 千明と田中の会話を聞いていた誠は、少し不思議に感じた。どうして田中は、ここまで一緒に勉強をすることにこだわっているのだろう。

 誠とも千明とも、まともに会話をしたのは今日が初めての間柄なのに。

「うらやましいなぁ、余裕があるなんて」 

 千明が言うと、田中が焦った顔をする。

「あ、いや……ごめん、ちょっと嫌味っぽかったかも」

「ううん、教えてくれるのは嬉しいよ。じゃあ、どっかで勉強会しよっか。誠も来るよね」

「俺はいいけど」

 誠は、田中のほうを見た。こちらを向かないものの何も言わないということは、誠が来ることにも同意しているということなのだろう。

「明後日なら、塾のない日だけど」

「明後日かぁ」

 千明の歯切れの悪い返答で、誠は気づいた。

「その日って、じいさんに留守番頼まれてる日だろ」

「そうなんだよね」

 実力テストは来週の月曜日だ。日が迫っている。別の日にするのか、またの機会にするのか。それとも。

「なら、千明君の家で、っていうのはだめかな」

 提案したのは田中だった。

 千明は考えるように少し黙ったあとで、にこっと笑う。

「田中君がいいならいいけど、場所知らないよね」

「えっと、どの辺?」

「えーっとね……」

 千明がスマートフォンで地図を表示しながら、田中に場所を教えている。千明が今住んでいる彼の祖父の家は、高校から自転車で十分もかからない距離だ。もし田中の家とは反対の方向だったとしても、それほど負担にはならない。

「じゃあ明後日は俺の家で勉強会ってことで。いいよね誠」

 たずねられて、ああ、と誠が頷く。

「あ、じゃあ僕、そろそろ行くね」

 話がまとまるなり、田中は開いていた問題集を閉じてカバンにしまう。

「また明日ね」

 笑顔で軽く手を振った千明を、田中は一度振り返ったものの、すぐに顔をそらして前を向いた。

「うん。また明日」

 田中は教室を出て行った。

 その様子はどこか焦っているようで、誠はやはり違和感を覚えずにはいられなかった。


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