家へ帰ると、リビングのテーブルに封筒とメモが置かれていた。


 残業があること伝えるの忘れちゃった。好きなもの買って食べてね。


 メモには、母の字でそう走り書きされている。

 共働きで忙しい両親と誠の関係はそれなりに良好だが、平日は夕食をともにできる日のほうが少ない。

 誠はソファの上に上着とカバンを放ると、お札の入った封筒を二つ折りにしてズボンのポケットに突っ込んで外へ出た。

 夕方になって、西の空はオレンジ色に変わっている。

 誠は自転車をこぎ出した。日が傾いて少し冷やかになった風を受けながら走っていると、上着を置いてきてしまったことを後悔する。

 近くのスーパーの駐輪場に自転車を止めて、中へ入った。

 幼い子供連れの母親や、仕事帰りの会社員などで賑わう中、誠は弁当が売っているお惣菜売り場へ向かう。

 その途中で、千明の姿を見つけた。彼は野菜売り場で人参を手に取っているところだ。

 声をかけるべきか迷った。

 話しかけたら長くなるかもしれないし、まあいいかと思い立ち去ろうとすると、そんな誠に気づいた千明が声をかけてくる。

「あれ、買い物?」

 誠は通り過ぎようとした足を止めて、振り返った。

「弁当買いにきた」

 ふうん、と呟いて、千明は何も持っていない誠の手を見る。

「じゃあうちで食べる?」

「いやいいよ」

 誠はあっさり断った。

 遠慮でもなんでもないことは千明もわかっているはずだが、彼は引かない。

「夕飯ないんでしょ? じいさんも喜ぶし」

「俺は会いたくないんだけど」

 ついきっぱりと言い切ってしまった誠に、あははと千明が笑う。

「そういえば誠、うちのじいさん苦手だったよね。けど大丈夫、じいさんは君のこと気に入ってるから。はいカゴ、買い物付き合って」

 誠は半ば強制的にカゴを持たされた。

 来ないとは微塵も思っていない様子で先を歩く千明に、誠はこれ以上何も言わなかった。

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