昼休みになると、誠は図書室のある別館の裏に移動する。

 入学当初から教室で昼食をとる気はまるでなく、一人になれる場所はとさまよってたまたま見つけたここは、お気に入りの場所だ。

 静かだし、誰もこない。

 だから誰かに見つかったことは一度もなかったのだが。

「こんなところにいた」

 今、まさにパンをかじろうとしたところへ声がして、誠が見上げた。

 世良千明だ。

 彼は弁当を片手に近づいてきて、隣に腰を下ろす。

「うわ、冷た。コンクリート冷たくない?」

 地面に敷かれたコンクリートに文句を言いながらも、千明はそのまま座り込む。日陰を通り抜ける風は、今の季節はまだ少し肌寒い。そんなことを知らない彼は、カーディガンも羽織らず薄い長袖シャツ一枚だ。

「文句でも言いにきたのか」

 ぶっきらぼうに言って、誠はパンをかじった。

 千明がきょとんとする。

「何が?」

 わかっていないようなので、誠はこれ以上話すのをやめた。

 彼は幼い頃からそうだ。こっちが言い過ぎたと思っていることも、あっさりと流して知らん顔をする。

 だが彼も以前より成長したのか、少しは察するようになったらしい。

「さっきのことなら、文句なんてあるはずないよ。おかげで助かったんだから」

 千明は膝の上で弁当を開いた。トマトやレタスなどの野菜から、卵焼き、から揚げにおにぎりとバランスのいい内容だ。

「断ればいいのに」

「なかなか君みたいにはいかないよ」

 そう言って千明が苦笑する。

「俺のは言い過ぎだから。悪かったって思ってる」

 学級委員長を押し付けるのをやめさせるためとはいえ、クラスのみんなの前で悪口を言うような形になってしまったことを、誠は気にしていた。

 千明が、ふっと噴き出した。

「君は変わってないね」

 あんな酷い言い方をされても好意的に笑うのは、彼くらいだ。

 誠と千明は、小学校の同級生だ。

 嘘がつけず、言いたいことをそのまま言ってしまう誠の性格は当時からで、ついキツい言い方になってしまう彼を「怖い」と言って近づいてこない子も多かった。

 そんな中で、千明は誠の性格を気に入っていた。

 仲良くなったのは小学一年生のときに同じクラスだったのがきっかけだが、その後クラスが分かれてもずっと仲が良く、毎日のように一緒に遊んでいた。

 だが小学五年生の秋に、千明は親の仕事の都合で転校してしまった。

 こっちに戻ってきていたことは、高校の入学式の日、同じクラスに千明の姿を見つけたことで知った。

 四年以上会っていなかったけれど、顔を見ればすぐにわかった。それほどに、小学校時代の誠の記憶の大半を彼が占めていた。

「ていうか誠さ、なんか俺にそっけなくない? なんで?」

 聞こえていないはずはないのに、誠は無言でパンを食べている。

「ね、なんで?」

 めげない千明がなおもたずねてくる。

「別に、俺は一人が楽だから」

 現に、中学生の頃は一人でいることが多かった。

 もっと言い方考えろよ、とか、もう少し優しくできないのかよ、とか言われては、周りの友人たちから距離を置かれていく。

 そういう状況が続いて、正直すぎる物言いを直したいと思っても上手く直せなくて、結局一人でいるほうが楽だという結論に達してしまった。

 先ほどの学級委員長決めだって、せっかく千明に決まりそうなところを邪魔された男子たちが、誠をにらんでいた。一人に慣れてしまった誠は、今さら誰に嫌われようと気にしないが、そこに千明まで巻き込まれることはない。

「あーそういうことね。なるほど」

 誠の思いを知ってか知らずか、千明が納得したように頷く。

「俺が君以外と仲良くできると思う? そりゃあ表向きは仲良く付き合う努力をするけど、さっきの委員長決めなんて“悪意”だらけだったよ? 俺に押しつけようってさ」

「わかってたなら断ればよかっただろ」

「それができれば苦労しないんだって」

 本音を伝えるのが苦手な千明の性格は、幼い頃から変わらないようだ。

「だから君がうらましいんだよ。はっきり気持ちを伝えられる君と一緒にいるのが、一番居心地がいい」

 千明が、軽く目を閉じた。別棟の裏を通り抜ける少し冷やかな風を感じているのか、その顔はたしかにリラックスしているように見える。

「俺の言葉にだって、“悪意”があるときもあるだろ」

 彼がぱちっと目を開いて、誠を見た。

「あったかな」

「あるだろ、絶対」

 小学生の頃には毎日のように一緒にいたのに、一度も“悪意”を感じたことがないなんて絶対にありえない。

「気になったことないけどなあ」

 千明は、綺麗に食べ終えた弁当箱にふたを被せた。

 ――俺、“悪意”のある言葉を聞くとわかるんだ。

 誠が彼の秘密を聞いたのは、彼の転校が決まったと聞いたあとのことだった。特殊な能力と言うべきようなものなのかはわからないが、とにかく彼は、“悪意”のある言葉を聞くとわかるのだという。

 どうしてなのかとたずねたときの彼の返答を、誠は今もはっきりと覚えている。

 ――俺の先祖が神様を食べたから。

「静かでいいね、ここ。時間忘れそう」

 千明が校舎の壁にもたれかかって、再び目を閉じた。声をかけなければ、そのまま眠ってしまいそうだ。

 誠も壁に背を預けて、空を見上げる。

 思い出したら気になり始める、幼い頃の彼の言葉。

 だけど今思い返せばあまりにも非現実で、だからこそなんだか触れてはいけないような気がして、ずっと聞けずにいる。

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