あなたはどんな顔をするの?



小さい頃から変わっている子供だった。

変になったきっかけは単純で、たまたま振り回していた美少女戦士の変身道具のステッキが友達の肩に当たってしまい、痣を作ってしまった。

今思えば完全に自分のせいなのに、正義の為に戦う戦士の武器が罪のない子まで傷つけるんだと恐怖した。

必死に痛みを堪え涙目になる友達を見て、変な感覚に陥った。

幸い友達はあんまり泣かなかったし、すぐに大丈夫だよと言って笑った。

それからは友達の腕を軽くつねったりして、どこまでしたら怒るのかとか、泣くのかとか、そういうことに興味を持ち始めた。

今思えば人の泣き顔や苦しむ顔が完全に癖になっていた。

だからといって無差別に人を殴ったりするのが好きなわけじゃなかった。

友達を虐めた子にだけとか、ゲームのルールを破った子だけとか、ターゲットはだんだんその子達になっていった。

ある程度大きくなってからはそれが無くなって、代わりにネットで泣き顔や苦しむ表情などの画像を検索するようにして、それで全然満たされた。

八方美人って言うんだろうな。

普段は皆に良い顔した。困っていたら助けたし、好きだと言われても傷つけない振り方をするか、付き合った。

友達も多くて、皆から悩み相談を受けたら求められる答えをあげた。

言葉もそれなりに雑にして、皆より優れ過ぎないように、でも劣らないようにした。

私は別に皆から好かれたいわけでも無いし、正義のヒーローになりたいわけじゃないんだけどね。








高校一年生になったばかりの春、初めて一目見て綺麗な子だなと思った。真っ白な肌にグレーに近い黒髪と瞳。髪の長さは肩に付かないくらいで、さらさらしている。

この世界の全てに興味が無さそうな表情で、私と目が合った。

ほんの一瞬だったけど、見逃さなかった。

吸い込まれるみたいに彼女に見入ってしまった。

彼女はすぐに目を逸らして私とは反対の方に歩いていったけど、同じ制服だったのがなんとなく安堵して、それから興味が出た。

それから暫くしてから同じ学年であることがわかって、休憩時間や食堂、体育祭や文化祭の度に彼女を見かけた。

友達にこっそり彼女の名前を聞いたりした。

柏木刹那さんと言うらしく、モテるのだとか。

冷めてるところが好きな人も居て、実は頭が悪いとか教えてもらった。

友達らしき人と話しているところを見た時に、笑うんだ?と思ったのと同時に刹那さんは泣くのだろうか?なんて考えが過ぎってしまって、ありえない想像をしてしまい、首を振って掻き消した。

流石にこの歳になれば自分の性癖が気持ち悪い事くらいわかる。

数秒間だけ想像した刹那さんはとても綺麗だったけれど、生きてきて初めて後悔した瞬間だった。



二年に上がると刹那さんと同じクラスになった。

大袈裟だけど神様が優しくしてくれているんだと思ってしまった。

彼女は教室の真ん中の席でいつもつまらなそうに授業を受けている。

先生に当てられてもいつも「わかりません」と答えるだけ。やる気のない感じが私の中で更に魅力を高めた。

なんとか接点を持ちたくて、タイミングを見計らいながら毎日おはようの挨拶だけ心掛けた。


ある日の事、学校が休みの日にたまたま入ったレンタルビデオ店で刹那さんを見かけた。シンプルな白いシャツに黒いエプロンをしていて、赤いネックストラップの名札を首から下げている。どう見てもこの店のスタッフらしく、バイトしているみたいだった。

暫く彼女を見ていたら、一番上の棚に手が届かないみたいで三段脚立に登って陳列し始めた。

それが終わるまでじっと見ていたのにこちらに見向きもせず、一切気づいてない事に少しわくわくした。

何も借りずにあんまり長居するのも良くないので、適当に手に取った流行りの恋愛映画を1本だけ借りて帰った。観た映画の内容はほとんど覚えていないけれど。








「―――はい、じゃあ、柏樹とー、そうだなー、正門が日直で。よろしくな」

二年生になって二ヶ月。

いつも先生の気まぐれで日直を決められてしまう。と言っても簡単な作業しかないんだけど。

1番最後の授業の後の黒板を綺麗にする事と、簡単な日誌を書くだけだ。

それに、今日はたまたま刹那さんと一緒だ。彼女仕事してくれるだろうか?


午後の数学の授業で刹那さんが先生に当てられた。

だけど相変わらず「わかりません」の答えひとつ。

正直、わからないことばっかりで成績もギリギリなのによくこの高校に入れたな。なんて思う。

私の通う高校は所謂エスカレーター式というやつで、それなりに偏差値も高い。

私は中学から通っていて、大学まで行けるようになっている。

受験も毎年行っていて、刹那さんは高校生になって初めて見たし、受験組だと思う。

私はそこそこ勉強が出来てしまうので、刹那さんには勉強教えてあげたいなと思っていたりする。そんな時だった。

「柏樹、わからないなら考えようとするぐらいしろ。先生放課後教えてやれるから、何も用事ないなら教えてやる」

先生が刹那さんに心配そうに声掛けをしている。

それは私がやりたいんだけどなー、なんて、出来ない事だけど。

「あっ、す。今日、バイトっすから」

刹那さんは先生とあまり目線を合わせようとしてない。面倒くさいもんね。わかるよ。

「バイトばかりしてるから成績落ちるんじゃないのか?とにかく、いつでも相談待ってるからな」

バイトか。バイト、なんでやってんだろ。お金に困ってるのかな。それとも、なんか欲しいものでもあるのかな。

そして終業のベルが鳴った。

「千星ちゃん!トイレ行こ!」

隣の席の奏ちゃんが誘ってくる。何とも早い。ベルが鳴ってから1分も経ってない。

「わかったわかった。行こうか」

「千星ちゃん好きー!!」

細い腕を絡めてくる。半分強引に教室から連れ出された。

奏ちゃんは距離感が近い方だ。顔も可愛いし、男の子にも結構人気があって、彼氏持ちだ。

かく言う私も彼氏は居るけど。

個室を出ると、奏ちゃんが自前のコームで前髪を整えていた。

「千星ちゃん、彼氏とどう?もう半年くらい経つんじゃないの?」

面倒な話題を振られる。トイレに誘われたメインの理由だ。

「まぁ、ぼちぼち?確かにそろそろ半年くらいだ。多分あと1ヶ月とかだねー」

「多分って、全然嬉しくなさそうじゃん!長く続いてるのに!奏なんて―――」

これ長くなるやつだ。

あーもう。なんだろ。正直面倒くさい。

というか、刹那さん日直の仕事絶対やってるし。

「あっ、そうだ、ごめん。私、そういえば日直だわ。先行くね!」

「あーっ!千星ちゃんー!」

逃げた私は早歩きで教室に戻った。

すると、刹那さんが小さい身体を使って黒板の上の方までクリーナーをかけようとしていた。

そうだね、ここには三段脚立無いもんね。なんて勝手に笑みが零れる。

多分、今なら話せる。

一歩ずつゆっくり刹那さんにバレないように近づいて、こちらに気づくのを待ち、彼女が二、三回クリーナーを往復させた所で振り返った。

「わっ、と、正門さん?」

「よっ」

いつもみたいに、雑に、ただのクラスメイトを演じる。

「日直、私もなんだわー。ごめんね、クソしてて」

「クソ?トイレ?」

「うん、そう。トイレ」

あれ、なんか、不味ったか?

刹那さんはこういうタイプ、もしかして嫌いだったりするのだろうか。確かにクソは言い過ぎた。しかもクソしてないし。話題がクソだっただけだし。

「クソとか汚い言葉使うなんて思ってなかった」

やばい。やばい。これは幻滅されたかも。

やっと話せたと思ったのに、初手ミスるとかある?

私、冷静なれ。いつもみたいに。

「刹那の中には理想の私が居るの?」

「さりげなく下の名前呼び捨てかい」

やっ、やっちまった〜!なんだか焦りすぎて上手くいかない。今までこんなことあっただろうか?

「質問に答えてよ〜」

とりあえず可愛子ぶってみる。誤魔化す。

左右へゆらゆら揺れる。揺れてみる。

「うーん。清楚系?みたいな。そんな感じだと思ってた」

あれ、意外と、呼び捨てオッケーな感じかも。それに、不快そうな顔はしてない。

「刹那の前では清楚系で居ようか?」

「いや、そこまでしなくても…」

さらさらと言葉が出てくる。今までの分かな。とても話したかったから。

沢山いきなりべらべら喋ってるはずなのに、全然嫌そうにしないもんだから。

「刹那ってどんな私でも受け入れてくれそうだね」

なんて言ってしまった。

「私、あんまり人に興味無いよ」

そう言って刹那さんは目線を逸らした。

あぁ、わかったかも。

「ふふっ、そういう所だよ 」

この子、絶対流されやすいタイプだ。

「黒板、消してあげるね。あと、日誌簡単に書いたら帰ろっか」

「あ、うん」

一年間見てきた彼女はクールな印象だったけど、思ったよりも彼女、柏樹刹那は可愛いってことがわかった。

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