Act,2 逃亡者 - 2 -
最初は単なる足手纏いとしか見ていなかった。話しかけてもろくな返事が返ってこず、こちらを見ようともしないで。
「お前は復讐の為に旅に出たんだろう!?」
ルアードの声。
下から上へと振り上げられたダガーは短く、刃は柄の三倍もないだろう。
「お前こそ……ッ あんなに気を使っていただろう……!?」
ひらりと相手の一撃をかわし、こちらの長剣を叩きつけた。が、ルアードはそれを受け止めた。ぎりぎりと、刃が音を立てる。
いつから、少女は笑うようになったのだろう。初めは脅えるだけだったのが、いつからこちらに笑いかけてくれるようになった?
「あいつは竜人だった! もうこれ以上あいつに関わる必要はないだろう!?」
力任せに剣を薙ぐとルアードは少し後ろに飛んだ。普段は弓を使い後ろから戦闘に参加しているが、どちらかといえば彼は剣技の方を得意としている。
「じゃあお前は仇討ちを諦めるんだな!?」
刃の短いダガーと長剣ではダガーの方が不利だ。それを承知しているのだろう、ルアードはこちらの懐に飛び込んで突きを繰り出してくるのを自分は弾いた――と。
カラン、とピアスが細かな音を立てた。
――これ、身を護るアミュレットだと聞いて……良かったら付けて欲しいなって、
そう言って、はにかんだように笑ったのは。
「仇は討つ! そうしなければ今まで生きてきた意味が無い……ッ!」
刃を弾き、相手のバランスが崩れた所を狙って長剣を振り下ろすがしかしながされた。
滅された自分の故郷。
喰い尽され、どれが誰なのか判らない。
ただ一人生き残った苦しみを糧に復讐を誓い、死ぬ物狂いで剣を習得し、その他の楽しいとか嬉しいといった感情を殺し。
何度も死にたいと思ったのを、復讐という名を持って踏みとどまって。
「だけど……だけど俺は……」
脳裏に浮かぶ、ほんのりと微笑む少女。いつだって一生懸命で。ひたむきで。
竜人は倒す。全て滅ぼし村の皆の仇を討つ。
とうの昔己に誓った。竜人と『魔』を一掃するのだと。それがせめてもの供養だと。償いになるのだと。
それなのに、どうしてこうもあの少女との思い出ばかりが思い浮かぶ……!
「――ッ 今更どうしようもないだろう!?」
思考を振り払うかのように叫び、ながされた長剣を逆袈裟に切り上げる。
今更。本当に、今更だ。
あの時動けなかったのは自分。心底あの少女を恐れ、かける言葉も見つからなかったのは他でもない自分。
今更追いかけたとしても、どんな顔をして会えばいい? 彼女の後を追い、どうするつもりだ? 仇は討たなければならない。だから自分は、フィーをこの手で、殺――?
《チョット!? イキナリの展開でツイテいけなかったケド何でこんなコトにナッテルのヨ! ソレに今の会話ッテ……!》
割り込んでくる小さくも高い声。考えるまでもなく、オロオロと自分達二人の周りを飛び回っているピクシーだ。
彼女のおかげで思考は一時中断される。
「あの子、竜人だったらしいね」
イアンの声。
普段なら剣を振る場合、周りの雑音を始め何も聞こえなくなるというのに今は酷く周りの「音」が耳につく。
――それが、心の動揺のせいであるとはアーネストは認めなかった。認めたくなかった。思いを払拭するため、受け止められた長剣でさらに激しく斬り付ける。
《竜人ナわけナイでショウ!? アノ子の気配は完全ナ人間ダッタのヨ!》
「さしずめ竜人の血が封印されていたってとこだろうねー」
ぐるぐると飛びまわる彼女に、少しロゼ落ち着いた方がいいよーとか言いながら、イアンは自分達を止めるでもなくのほほんと語る。
「彼女の気配は完全な人間だった。魔力が強ければそれなりに気配を隠す事は出来るけど、残り香みたいなものはどうしても消せないしー。けれど封じてしまえば可能だよー」
金属のたてる嫌な音。
その音の合間を縫って聞こえる二人の会話。
「例に漏れずフィーちゃんも完全な竜人じゃないって事だねー。竜人の血を封じてしまえば力も使えない、生粋の竜人ならそれこそ活動も出来なくなるしー」
「なら!」
懐に入られては剣の長さが不利になる。距離を取ろうと、噛み合っている刃を力いっぱい弾き飛ばし、自分は知らず叫んでいた。
「竜人の血が封じられていたとするなら何故人を襲う! 人の血肉を必要とする!」
あの、目。
酷く脅えていたのは少女も同じだ。けれど自分は、手を差し伸べる事すら、出来なくて。
次々と突きつけられる事実。
どうして他の奴らはこうも落ち着いていられるのだろう? 彼らにとって簡単に割り切れる事なのか。
竜人は滅すべき、許すまじ種族だ。世に残しておいても災いにしかならない。竜人の生き残りがいなければ、いや、そもそも奴らが人を喰う種でなければ。自分の村も襲われずに済んだのだ。
勢いそのままに、このわけの解らぬ蟠りを吹き飛ばすかのように自分は殆ど無意識のまま刃先を叩きつけていた。器用にもこちらの打撃を全てぎりぎりで受け止めるなり受け流すなりしていたルアードであったが、さすがに辛そうにその短い刀身で攻撃を受け止め。
「……おそらく、フィーちゃんはより原種に近いからだよ」
ぼそりと、ルアードが呟いた。
「いくら力を封じようとも体の造りまでも変える事はできない。原種に近い彼女は――人の肉しか、体が受け付けない。それこそ自分の意志に関係なくな」
ぎぎぎ、と不愉快な金属音が耳を刺す。力比べではさすがにアーネストの方に軍配が上がるが、ルアードはそれを何とか受け流し上になったダガーでこちらの刃を押さえつけた。
「……お前は、どうしたいんだ」
突として紡がれた言葉。
時が止まったかのように、ルアードのその言葉にお互いの動作が止まる。
激しかった彼の表情がふっと緩んだ。先程まで容赦なく攻撃してきたとは思えない程に。
「――俺は、」
口にして、急に腕に込めていた力が抜けた。
その自分の行動が、我が身の事ながら理解できなかった。でもこうして刃を交えるのは無駄な事だと心が叫ぶ。はやくと心が急かす。
急がなければならない。けれど、どうして?
急いでフィーを追いかけるのか?
追いかけて――どうする? 殺すのか? 捕まえて――非難するのか? どうして黙っていたのかと?
「違う……違う、そうじゃない……」
何が自分を突き動かすのか。
どうして、こうもざわめくのか。不快なのか。苦しいのか。
「俺は、フィーを……」
それ以上言葉にならなかった。
殺したいんじゃない。
辿り着いた結論に、すっと体の力が抜ける。
がしゃり、と手にしていた剣が手から滑り落ちた。そのまま後ろに倒れるように座りこむと、ルアードの手にしていたダガーもそれと同時に下ろされる。
「ふん、答えなんか最初っから出てるくせに手間かけさせやがって」
やれやれとため息をつきながら、ルアードはくしゃりと前髪をかきあげた。
口では嫌味を言いながらも、しかしその表情は柔らかい。それがまるで子供の我侭を聞いてやった時にするようなものだったので。
「……お前が脳天気過ぎるだけだ。もう少し悩むなりしたらどうだ」
「それだけ憎まれ口が叩ければ大丈夫だな」
にっとルアードは笑うとイアンに向き直ってダガーを返し、代わりに彼が手に持ったままになっていた皮袋を受け取った。
放り投げた弓矢を回収しながらにルアードは、大体さー、とこちらに背を向けたまま、やけに含みのある声色でさらに続けた。
「大体誰もフィーちゃんを殺せなんて言ってないだろ?」
……さすがに開いた口が塞がらなかった。
「俺は迎えに行かないのかって聞いてるだけなのに話を飛躍させやがって。何? 俺が本当にお前をけしかけてるとでも思ったか?」
振り返った彼の顔はえらく邪悪だった。面白くて仕方がない、といった、酷く陰湿な。
「……なら何故刃を向けた」
とりあえずまだ腰に残ったままだった小太刀を二本とも彼に向けて投げつけてやってから、睨み付ける。
「だって先に斬りかかってきたのはお前の方だろー? 大体殺気ばりばりで頭に血が昇った奴に何言っても聞きゃーしねーっての」
やはり座ったままではうまく狙う事が出来ない。二本ともルアードの足元に突き刺さり、その様子を見ていたピクシー他金色の青年はほけっとしている。
「ほら、迎えに行こう?」
お姫様お手をどうぞ、と言いながらこの性悪エルフが差し伸べてきた手を叩き落として。
「……当たり前だ」
気が付けば、太陽は既に沈みかけていた。
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