Act,3 依頼者 - 2 -

 通された部屋は小ぢんまりとした一室であった。木材がいたる所に並べられ、足元にまで散乱している。

 棚には様々な彫刻。小さな鳥の木彫りもあれば等身大の人間像、板に様々な模様や風景を彫りこんだものと様々だ。


「あの……アルトさん……?」


 特に説明もなくこの部屋に自分一人を連れて来た女性の名をフィーは呼んでみた。彼女は部屋の中央にある大きめの机で何やらごそごそしている。


「何か……?」

「ん」


 不思議そうにしているこちらに気がついたのか、彼女はくるりとこちらにむいて手に持っていたものをこちらに見せた。


「……ペンダント?」


 そこに握られていたのは小さな羽根の形をした木彫りの首飾りだった。良く見るとその机の上には他にもピアスやブローチ、ブレスレットなど様々な木製の装身具が並べられていた。そのなかには木彫りのものに小さな石が埋め込まれてあるものもある。


「綺麗……すごい、全部アルトさんが作ったんですか?」


 細かな細工を施されたその一つを手にとって問うてみると、彼女はこっくりと頷いた。


「アミュレットもある。旅をするなら一つぐらいいらないか」


 そうして彼女がこちらに勧めてきたのは銀の金具部分に細い木製の棒が何本か吊るしてあるピアスであった。


「この板の部分に神聖文字を刻み込んでいる。身を護ってくれるお守りだ」


 その言葉と共に、ふと、黒髪の青年の顔が浮かんだ。


「身を護ってくれる……」


 思わず復唱する。

 彼はいつも自分を『魔』から護ってくれている。今までは大丈夫であったけれど……いつか、自分のせいで大怪我をしてしまうかもしれない。身を護るアミュレットなら、彼に付けてもらった方がいいかもしれない。でも彼はそういう理由で受け取ってくれるだろうか? そもそも彼はとても強いのだからお節介と取られるかもしれない。失礼になるかもしれない。


「……」


 これまでのお礼としてならいいかな……?


「それにするか?」


 しばらく考え込んでいたこちらに、アルトは覗き込みながら問うてきた。


「え、あ……はい」


 言われて改めて手の中の小さなピアスを見る。小さな木片が互いにぶつかって微かな乾いた音を立てている。こんな小さなものに細かく複雑な文字を刻めるなんて凄いと、心底感心する作品だ。

 きっと、彼に似合うに違いない。


 喜んで、くれるかな……?


 知らず笑みがこぼれる。人にものをプレゼントするというのは初めてだが、こんなにどきどき嬉しいものだとは思わなかった。


「……本当は金取るつもりだったけど、いい」


 そんなこちらの様子を見ていたアルトが、不意に声を発した。


「え?」

「決めた。そこに座れ」


 そう言って彼女が指し示したのはどうやら作業台と思しき机の前の椅子。


「え、ええ?」


 わけがわからないこちらなどまるでどこ吹く風といわんばかりに、どこまでもマイペースである彼女はその作業台に腰掛けると、纏めて放り込んでいるのか大き目の箱の中に乱雑に入れられている木材を手にとってあれこれ考え出した。

 この眠そうな女性――単にそういう顔立ちであるらしい彼女は、気に入ったらしい板を箱の中から取り出すと脇に置いてあった小刀でがりがりと何か彫りだした。


「あの……?」

「モデル代、それな」


 それ、と指し示されたのは先刻のピアス。

 つまり、彼女が言わんとしている事は。


「ええっ!?」

「動くな。そんなに時間はかからん」


 かなり一方的な事を言われるがしかしどうしようもなく。

 かくして、彼女は宿の主である彫刻家にしばらくの間拘束される事となったのである。


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