Act,3 依頼者 - 1 -

 それは森の中で一際目立っていた。

 大きな木製の小屋。いや、既に小屋ではなく立派な家と言えるだろう。玄関にはちょっとしたバルコニーがあり、そこには丸いテーブルが一つと椅子が二つあった。しっかりとした造りの二階建てで正面右には柵をした庭。薪でも切るのか少し大きめの斧と切り株にばらばらになった枝や木材が転がっている。


「ここか?」


 いくら頭上を青天白日が照らしていたとしても水に体温を奪われかなり肌寒い。

 先頭に立って案内している、今現在の状態にしてくれた張本人を睨み付けながらアーネストは問うた。


「そうそう、そこの切り株に座っててさー遠目だったけどこれまた美人サンで……」

「お前の感想はどうでもいい」


 すぱっと言い切って。


「お風呂、借りられるといいですね」


 やはり傍にいるフィーが、柔らかく微笑みながらこちらに言った。その肩にとまっているロゼが、ソウソウ、と頷く。人に無い色彩を持つ青年は、民家が近いと言う事でその短髪を無理矢理縛ってからさらに頭から布を被ると言う少し怪しい姿で最後尾を歩いていた。

 何でもこちらを助けてくれた時は急いでいたから特に何もしないままこちらに飛び出して来たらしいが――あののんびりまったりとした空気を纏わせての登場が、彼にとっては「急いでいた」というわけらしい。


《アンタのその姿、見てる方も寒いのヨ》


 結構口の悪い、小さな少女はここぞとばかりに言ってくれる。が、あえて無視する。


「まあ、早いトコ美人さんとご対面したいわけなんでそこの金色の人」


 あくまで「美人」にこだわるらしいルアードが、いつの間にやら玄関前まで移動してこちらに振り返った。


《ちょ……ッ 金色の人って何ヨ!》

「はいはいわかってるよーロゼ、この中入っててねー」


 そう言いながらイアンはばたばたと暴れようとするロゼを自分の服の中に入れる。

 しばらくイアンの服の中でも暴れていた彼女であるが、ようやく観念したのかやがてイアンの瞳の色が金色から黒へと変わる。

 それを確認してから。


「とまあそんなわけで美人さんとご対面~」


 切り替えの早い彼は早速扉についていた呼び鈴を鳴らした。まるで「さて厄介事が済んだ」と言わんばかりに嬉々とする彼の事は……とりあえず、放っておく事にする。

 カランカランと、扉に括り付けてあった大小三つの鐘が、ルアードが引っ張った紐で揺れて乾いた音を立てた。


「……」


 うきうきしながらルアードは扉が開くのを待つ。とりあえずアーネストはバルコニーにあったテーブルに腰掛け、濡れて張り付く衣服を引っ張る。フィーはと言うとロゼと会話。イアンはほえほえと周りを見回している。


「……開かないな」


 ぼそりと、誰に言うでもなく呟くとルアードはもう一度呼び鈴の紐を引いた。

 がらんがらんと、先刻よりも強く引っ張ったのか音に変化が生まれる。

 バルコニーは日当たりがいい。かなりテーブルもあたたかくなっている。泉の水が綺麗なのは助かったな、とか考えている間もフィーはロゼと笑っている。

 遠くで鳥の鳴き声。何の鳥かなーと、イアンがこちらに問うてくるがそれを無視。


「……おい、本当にここで人を見たのか?」


 相変わらず沈黙を守ったままの扉にどうしたものかと思案でもしているのか、扉を前に突っ立ったままのルアードに問うてみた。


「見たよ! 俺が美人さんを見落とすわけないだろ!?」


 いまいち説得力のあるのかないのか解らない言い方に疑問を持つが、確かに家は別に廃屋と言うわけでもなさそうであるし蔦が蔓延っているわけでもない。誰かが住んでいるのは間違いなさそうだ。

 しかし何の反応も返ってこない事にルアード自身焦りを感じたのだろう、今度は扉を右手でどんどんと叩き始めた。


「すんませーん、旅の者ですが――」


 そう、言い切らないうちに。

 ばんっと、それこそ扉が壊れるんじゃないかと思うほど勢いよくそれが開いた。

 扉は外から開ける場合手前に引くタイプであった。つまり物凄い勢いで内側から扉が外に飛び出してきたと言うわけであって――


「ルアードさん!?」


 見事なまでに扉の体当たりを食らった彼にさすがに血相を変えてフィーは駆け寄る。

 何事かと咄嗟にアーネストは剣を抜き構えるが、扉から覗いてきたのは一人の女。


「おおぅ……美人さんにやられるのなら本望さべいべー……」


 ……頭でも酷く打ったのか、ルアードはわけの解らないうわ言をフィーに抱きかかえられながら口走る。

 女――ぼさぼさの茶色がかった長い黒髪を無造作に纏めた、それなりに見目良い部類に入るであろう彼女はどこか眠そうな半眼でこちらをじっと見つめ。


「うぇるかむ旅人さん。ようこそ我が宿へ」


 抑揚のない、やはり眠たそうな感じを受ける声で彼女は無表情のままそう言い放った。


 ※


「へぇ、彫刻家さんでしたか」


 とりあえず復活したらしいルアードが木の筒で火を熾しながら、アルトと名乗った眠たそうな感じを受ける女彫刻家に言った。


「丁度納品日が近いのだ。取り立て屋かと思って開けなかった」


 少し喋り方に癖のある彼女と会話が出来るのが嬉しいのか、ルアードの火を熾す作業が止まる。いや、またいつものように下らないポーズをつけているのだが。


「さぼるな」

「どわッ!?」


 そう言ってアーネストは窓から外で火を焚いているルアードに向けて水をかけてやった。


「あ、あのアーネストさん……」

 外からの声はよく聞こえる。外にはフィーもいたのだろう、彼女の少し小さめの声もこちらに届く。


「んの……俺はともかくレディにかかったらどうするんだよ! そりゃ嬉しいかと言われれば嬉しいがそれとこれとは違……」

「やかましい」


 その一言の元、今度は彼の脳天目掛けて桶を投げつけてやった。カーンと、小気味よい音が響いてこちらに届く。


「さっさと責任取って湯を沸かせ」

「何だとー!?」


 反論してくる彼の声など聞きたくない、と言わんばかりに開いていた窓をぴしゃんと閉めてやった。

そう、現在アーネストは入浴中である。アルトの経営する宿の風呂を借りているのだ。

 街でとる宿に比べて破格の値段だったのでルアードが泊ると言い出したのだがしかし何の事はない。アルトが経営するとは名ばかり、単にこの大きな家にある部屋を貸し出すというものだったのだ。

 どうやら一人でここに住んでいるらしい彼女にとって、さらに言うなら彫刻家としても活躍している彼女にとって宿の経営としてあれやこれやするのは大変なのだろう。だから色々と求めるには無理があるのは仕方がない事だとは解る。解るがしかし。


「風呂は水汲み湯沸しから自己負担……食事も材料はあるから作って食べてくれ、か」


 ようやく濡れた衣服を脱ぎ捨て温かな湯に浸る事の出来たアーネストは、顔の半分までそのあまり大きいとは言えない湯船につかりぶくぶくと息を吐き出す。


 ……ここは、宿と言っていいものなのか?


 そうは思うものの、別に温かな布団で眠れて携帯食でない食べ物が食べれるならそれでいいか、と考え直す事にして、久しぶりの熱い湯の中でアーネストは大きく伸びをした。

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