Act,1 同伴者- 3 -
「な、何を根拠にそんな事……」
明らかに裏返った声で自分は言葉を紡いでいた。そんなこちらの様子を見ながら、ピクシーの少女はムッとしたように、
《上手く誤魔化してるケド同族だモノ。間違えるハズ、ナイじゃナイノ》
ぴしりと言い切られ、いよいよ逃げ場がなくなりあうあうと意味不明な事を口走る。
「ルアードさん……本当なんですか……?」
さっきまで笑っていたフィーの可愛らしい顔立ちがどこか不安げな表情となる。
アーネストは――相変わらず何を考えているのかよくわからない。先刻彼が投げた小太刀を回収しながら無言を通している。
ちらりと視線をやると、『黄の神』の血を引く青年はにこにこ笑っていた。しかし彼からはなにかこう……底知れないものがある。それが竜人の血を引くせいなのか長旅の中で培われたものなのか解りはしなかったが……言い逃れは出来ないらしい事だけよく解った。
解ったから。
「そうだよ、エルフだよ文句あっか!」
逃げられない、と情けない事に本気でそう感じだルアードは半ばヤケで答える。――開き直るとも、言うのだが。
「ルアードさんがエルフ……? え、でもアーネストさんは……」
「アーネストは人間だよ。……ああもう隠してもしかたない、イアン、傷口見せろ」
「傷口?」
怪訝そうにこちらを見返していた彼の右腕を取ると、腰にくくりつけていた皮袋から一つ、石を取り出す。包帯の上から、それを押し付けて。
「「……テトラグラマトンの名の下に、我恩寵と徳において祈り願う」」
意識を研ぎ澄ませて詠唱する。
ぽう、とその言葉に反応するかのように石が熱を持ち、光を放ち始める。己の髪が本来の色彩――金色に戻る。
「「来たれ、柘榴の祝福」」
言葉と共に石を中心に柔らかな風が起こる。
石の中から温かな力が外に溢れ出しイアンの腕を包み込む。
……やがて光は止んだ。
不思議そうにこちらを見ていたイアンの前で、ぱらりと彼が巻いていた包帯をほどいてやると腕には傷跡一つ残っていなかった。
「傷が……治った?」
驚いたようにイアンは傷のあった腕を指でなぞる。
「石術ってやつだよ。石に宿る精霊に力を借りて、石の中から力を引き出すやつ」
魔法を使い終わると同時にまた枯葉色の髪に戻った彼はそう言って先刻取りだし、イアンの腕を治した石――まるで血を固めたかのような透明な深紅の石をほいとフィーの方に手渡した。
「綺麗……」
しばらくその石に見とれていたらしいが彼女はその親指の先ほどもない小さな石をその白く華奢な指先でつまみ上げ、光にかざした。きらきらと、僅かな光源によって彼女の頬にまばらな赤い光が落ちる。
「ガーネットって言う宝石だよ。血液関係なんかの、まあ外傷専門に使う」
キレイー、とロゼが彼女の肩に止まり、同じように目を輝かせていた。やはり宝石というものは女性を無関心にさせないらしい。
「……なんか高くつきそうな魔法だねぇ」
ふわりと漂うような笑みを浮かべるフィーにやっぱり可愛いなぁとか考えていたら、いきなりこの魔法を使う上での難点をイアンは突いてきた。
「いやまぁ……そうなんだけど……」
痛い所を突かれ、曖昧に返す。
ほえほえと、悪意があるのかないのかよくわからない彼の微笑みは何か怖いものがある。
確かに石術は攻撃系から回復系まで幅広く使える。が、その媒体となる石――宝石をそろえるにはかなりの金額が必要となる。
「……おい、いつまでここで時間を無駄にすごすつもりだ」
今まで殆ど口を開かないでいたアーネストが痺れを切らしたかのように言う。
「大体お前が無駄金を使い過ぎるからいつも食糧難に陥るんだろうが」
「無駄が……ってそれはないだろ!? 大体俺が魔法を使うから戦闘が楽になるわけであって俺はお前を助け……!」
「助けてくれとは俺は一言も言ってない」
しれっと、人の苦労も知らず彼は好き勝手言ってくれるものである。
確かに彼は助けてくれなんて絶対、口が裂けても言わないだろうし、他人の力を借りるくらいならそのまま突撃玉砕平気でやるし、そもそも頼るという事が嫌いで全部一人でやろうとするし。その度に俺がどれだけ走り回る羽目になるかコイツはちっともわかっちゃないし、手助けをするにも彼に気付かれない様な手を使わなきゃ半殺しの目にあ――
ばがんっ
「……何すんだよ」
いきなり鞘に包まれた長剣でこれでもかといわんばかりに頭を殴られ、非難ごうごうで睨み付けてやるがしかし彼の返答は
「なんとなくムカついた」
といういたってシンプルかつ勘の良いものであった。
《なんてイウカ……面白いコンビネ。見てて飽きないワ》
「あははー確かにそれは言えるねぇ」
どこまでも他人事の彼らは、自分の心情など知るはずもなく笑い話として楽しんでいる。
何かもう泣いちゃいたいなー…
顔は笑って、心で泣いて。しかしそうも言ってられないので、とりあえずさっき渡したガーネットを手の中で玩んでいたフィーから石を受け取り、そのままその手を取った。
「……とりあえず次の街を目指そうか。食糧も補充しなけりゃそろそろマズイし、あったかいベッドで寝たいしね」
そう促した自分の言葉は本心。が、これ以上足止めを食ったらそれこそ自分は相方に殺されるだろうと危惧したのもまた事実である。
先に進み始めたアーネストの後を追うように荷物を纏めて、目の前にいるこの妙な二人組み――と称していいものかもよく解らない旅人にじゃあそういうわけで、と手を振りかけたところ。
「ああ、待ってねー今荷物纏めるからー」
「――はイ?」
思わず、声が裏返る。
いそいそとそんなに多くない手荷物を手早く纏める姿はいかにも待ってくれといわんばかりで――つまり。
「……ついて来るの?」
首を傾げて問うと。
「そうー、俺達地図なくしちゃってねぇ」
《『魔』を倒しナガラ地図なんか見るカラよ、破れて飛んでイッチャウノは当たり前じゃナイノ!》
そりゃそうだと妙に納得したものの、現在ツッコむべき所はそこじゃないだろうと自分自身に再度ツッコミを入れた。
「そういうわけでしばらくよろしくねー」
何がそういう訳でどれがこういう訳なのかさっぱりわからないが、彼らは完全にこちらと次の街まで行くつもりらしい。
「……ッ 誰が……」
薄くだとはいえ竜人の血を引く者と同行する気はやはりなかったのだろう、アーネストが血相を変える。――が、彼が相手にしているのはそれに堪えるような者でもなかった。
《いいじゃナイノ減る物じゃナイシ》
「そうそう旅は大勢の方が楽しいってねー」
そう言ってほぼ強引に共に旅する事になり――これから先の苦労など、目に見えていた。
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