Act,1 同伴者- 2 -

 喰われる。そう思った瞬間、突如として薄暗い森の中に光が落ちてきた。

 状況を理解するのに数瞬を費やす。

 光はオルクだけを狙ったものだという事。

 オルクはその光によって倒されたのだという事。

 光は自然的なものでも、偶然的なものでもないという事。

 体が自由になったところで現れたのは一人の青年であるという事。


「大丈夫だったー? 危ない所だったねぇ」


 ぽややんと、投げかけられる柔らかな声。

 どうやら先刻の光は突如現れた目の前の青年が放ったものらしい、光――否、未だ彼の周りでぱしぱしと音を立てているそれは、どうやら電気のようなものなのだろう。手には長槍。それ以外は妙にへにゃへにゃした、という印象以外は特に何の特徴もない優男。――そう、纏う色彩さえ除けば。

 目の前の青年の髪は人の宿す事のない金色。

 そして何よりも目を引くのはその瞳――人も、エルフでさえ待つ事のない黄金に輝く瞳。


「きゃ……ッ」

「ちょ……ッおいアーネスト!」


 二人の声が上がる。

 抱えていたフィーを乱暴に下ろし、剣を構え直して現れた青年に向かって鋭く踏み込む。

 金の瞳と金の髪を持つ、雷を自在に操る者。

 その者の、名は。


「『黄の神』……ッ!」


 一瞬にして間合いを詰め斬りつけた。


「わっ」


 相手がぎりぎりの所でかわす。青年の硬質な短髪が何本か宙に舞う。

 さらに一歩踏み込み相手を追い詰め、振り下ろしたところから逆袈裟に斬り上げた。とっさに槍を前にして身を庇ったらしいが防ぎきれず、相手は右腕に深い傷を負う。

 そうして、舞い散る、赤。

 赤い――血。

 遠い記憶を呼び起こすもの。


「ぐ……ッ」

《イアン!》

 自分が吐き気を起こし口元を覆ったのと、別の声が上がったのは同時であった。

 青年を、深紅に濡れるそれを直視出来ず倒れるようにしてアーネストは地に手をつく。


「アーネスト!」


 剣を握っていた腕を下ろしそのまま膝をついた自分に駆け寄ってくるのは、茶髪のおせっかい――それだけが確認できた。


「あの……アーネストさんは……っ」

「あー平気平気、こいつ血がダメなんだよ。いつもの事だから気にしなくていい」


 そう言って、しばらくこちらの背中をさすっていた彼がふいに立ち上がる。


《イアン、イアン、大丈夫!?》

「大丈夫だよーそんなに心配しなくていいよ、ロゼ」


 聞こえるのは目の前の青年の声と――何か、人ではない声。


「……助けてもらったのに連れがいきなり失礼した。――んで、こちらとしてもそちらさんがどういった者であるか説明してもらえると非常に嬉しいんだがねぇ……」


 ルアードの何とも言えない言葉。

 嘔吐感を押さえつけ顔を上げると、血まみれの腕を押さえる金髪金目の青年と――その周りを文字通り飛び回る、小さな少女の姿があった。


 ※


「それで何が聞きたいの――って大体わかってるんだけどねー」


 オルクを倒した所から少し離れた場所。自分が斬りつけた箇所に簡単な止血をし、イアンと名乗った金髪の青年は相変わらずへらへらと笑っていた。


「……お前は、竜人なのか?」


 皆が座り込んでいる中、アーネストは一人大木に背を預け問う。

 自分の中の凶悪なイメージとえらくかけ離れた、ふわふわした垂れ目の青年。彼が人を喰らう食人種? いや……竜人はその容姿で獲物を油断させるという。大体において美しい者が多いらしいが、彼のような者でも安心は出来ない。いつでも戦闘に入れるよう、手は大剣を握ったままになっている。


「竜人――『黄の神』は赤い血は流さないってやつだねー」


 しかし相手は戦う意志などないと言うつもりなのか、彼の武器であるらしい長槍はすぐには手に届かない所に転がっていた。


《イアンは竜人なんかじゃナイワ!》


 口を挟んだのはイアンにくっついていた少女だった。オレンジがかった金髪に空色の瞳を持った、それはそれは小さな少女――その背には淡く透明な緑の二対の羽が。


「私……ピクシーって初めて見ました」


 フィーが少し驚いたような、それでいて嬉しそうにそのピクシーを手に乗せる。


「そうだねーロゼが言うように俺は竜人じゃないねぇ。ただ俺のひいひいひい婆さんが竜人だったんだってー」


 ロゼというらしい彼の連れ――ピクシーである彼女のその様子を眺めながら、イアンという青年はへにゃーっと言う。


「……そんな事有り得るのか?」


 そんな彼に自分は思わず尋ねていた。

 現在の暦は二百四十六年。聖戦から数え始めたといわれており――つまり、竜人を滅し人間の治める世界になってから何年経ったかを表したもの。人間の寿命など六十かそこらだ、たとえ竜人の何人かが生き残ったとしても時間的に無理なのではなかろうか。


「んーない事もないんじゃないの? 竜人は四百年近く生きるらしいし。それだけ生きてりゃ人間と恋仲になってもおかしくないだろうよ」


 そういったこちらの思いを汲み取ったらしい自称博識なルアードがその問いに答えた。そうしてロゼを手の上に来ないかと誘っているらしいが、鋭く睨まれてそのまま硬直する。


《イアンが受け継いだノハ色と能力ダケ。人間ナンカ喰べナイワ》


 フィーの手の平に座っていたロゼが、すい、とイアンの肩先にまで飛ぶ。彼女と顔をあわせながら、イアンはふっと笑った。


「血が薄いらしいからねぇ」


 だから血が赤いのだと。

 竜人は人と姿こそ同じであるがそれと異なるもの。彼らの持つ色は髪の色から体内を流れる血液さえも独特なものであった。

 『銀の神』なら銀の血が、『赤の神』なら赤――それこそ人には無い、深紅ではなく朱色の血。それぞれがそれぞれの種族を象徴する色を持つのだ。しかしイアンの血は金色ではない。人と同じ――深紅。


「でも……その色じゃ定住なんて出来なかったんじゃないんですか……?」


 胸の上でしゃらしゃらと音を立てていた首飾りを握り締めながら、フィーは尋ねた。


「そうだねぇ、髪も瞳も色を変えたままにしておく事は出来るけど、それって結構疲れるんだよねー」

《……コンナノだカラ、街に入るトキは大変なのヨ。頭カラ布を被って頭を隠しツツ、ワタシに瞳の色を変えサセルんだカラ》


 ヤレヤレ、と呆れたようにピクシーの少女はため息をついた。

 確かに、元来の色彩を変え続けるのは相当な根気が必要なのだと聞いた事がある。しかし自分が見たのは人間を喰い荒らし、紙のように燃やしていく『赤の神』の姿――絶大な力の具現。目の前の青年のような人間くささは微塵もなかった。

 コイツは……無害、なのか……?


「でも長い事旅してきたけどいきなり斬りつけられたのは初めてかなー」


 ぼんやりと考えていると金髪の青年はいきなりこちらの話題を振ってきた。むっとして見やると、ここぞとばかりにこれに便乗したのが……いた。


「そりゃそうだろーいきなり旅人斬り付けるなんてそんなの山賊のする事じゃんねぇ。勝手に突っ込むし、もーしつけ方が悪か――」


 言い終わらないうちに。

 彼の頭めがけて小太刀を投げつけてやった。


「……俺は犬か?」

「冗談でぇっす☆」


 すれすれのところを掠めていったそれを見送りながら、彼はやはり少女がしたのであれば可愛いで済まされるような姿で「てへ」とか言っている。


「あははー君強いねー」


 フィーが青ざめているなかイアンはほえほえと笑う。


「ほんと……妙な旅人だねぇ。竜人に私怨のある剣士に完全に戦えない女の子。それからエルフのおにーさんかー」


 なんでもない事のように、さらりと。


「え……?」


 フィーの呟きが宙に浮き。

 ルアードが、完全に表情を凍りつかせた瞬間であった。

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