Act,2 襲撃者 - 2 -

 何なんだ一体。

 まさしく現在の心境を語るとしたら、それ以外の言葉はなかった。

 あの馬鹿のおかげで罪人を縛り上げることもできず、イライラしながらアーネストはその妙なものに目をやる。


「ごめんっ この通り誤るから見逃してっ ね? ね!?」


 妙なもの――もとい、間抜けな事に木の根につまずいてすっ転んだ先刻の女盗賊は、座り込んだ姿勢で両手を合わせて懇願している。

 明るい、黄色がかった茶色の髪が被った帽子からはみ出しており、くりくりとした大きめの緑の瞳をした小柄な少女だった。


「却下」


 しかしアーネストが取り返すことのできた高価そうなフィーの首飾りを持ち主に返しながらそっけなく答えると。


「ええぇっ そんな御無体なーッ こぉんな可愛い女の子の願いもきけないのぉ!? せっかくお宝返したのにそれって……」

「やかましい」


 良く喋る女の口を塞ぐためにぼかんと拳を見舞う。


「痛――ッ」

「おいアーネスト! 女の子になんて事するんだよ!」


 こちらのそういった行為に対してルアードが反射的に言い返してくる。


「可愛らしいお譲さん……私の連れが失礼をいたしました、お詫びに今夜一緒にディナーでもいかがですか?」

「あら……優しいのね」


 すかさず女の肩を抱き甘ったるいセリフを吐いているのはどういうわけかこちらの旅にくっついてきているルアード……やはりコイツと旅なんかするもんじゃないと新たな決意を固めながら、とりあえずアーネストは未だ鞘に戻していない剣の柄で茶髪の男の頭頂を込められるだけの力で突いた。


「~~っ」

「とにかく先を急ぐ。おい女、逃げるなよ」


 ごつっという嫌な音をさせ悶絶しているルアードの事など放っておいて、フィーを促す。


「ちょっ……女ですってー!?」


 しかしこれに反発したのは女の方だった。


「アタシにはクレリアっつーれっきとした名前があるんだけどッ 女だとかそういう風に呼ばないでよね!」

「罪人が何を言う」

「なにおー!?」


 ああもううるさい。

 どうして俺の周りにはこう、騒々しい奴らしかいないのか……などとぶつくさ胸中で文句を言いながら、さっさとその場を離れる。


「あーもうッ 結構カッコイイとか思ってたのにいいのは顔だけかよ毒舌ヤローッ なんであんたあんな奴と旅なんかしてんのよッ」

「え、えぇっ」


 クレリアとかいう盗賊の叫び声に続くのは、フィーの明らかに戸惑った声であった。


「そうでしょうそうでしょう、解ってくれるー? あいつ口悪いし手も早いしすぐ刃物に訴えるし? そんなわけでこの俺と……」

「やかましいわッ あんたはお呼びじゃないのッ てーかアタシの好みじゃないッ!」


 復活したらしいルアードの声に続きクレリアの声――そしてその後に続くのは何かを激しく蹴り上げたかのような鈍い音。


「ってコラ待ちなさいよッ さっきの発言撤回しろってのッ!」


 ぎゃあぎゃあ喚きながら、彼女はその突出した運動能力で一瞬にしてこちらとの間を詰める――音として表現するのであれば、ポーンと言ったところであろうか、言葉通りクレリアは踏み込み一歩で宙を舞いこちらの目の前まで飛ぶ。

 そんな彼女と目が合い。


「――おい」

「なによッ」


 着地までの数瞬の間声をかけたが。


「その先、川だぞ」

「へ……っ」


 どうやら遅かったらしい、お約束通りクレリアは川の中へと頭から突っ込み、派手な水しぶきと共に悲鳴を上げた。


「にゃぁぁぁぁッ!」

「ちょっとクレリアちゃん!?」


 なにやら足蹴りでも食らったかのような格好でいるルアードと、真っ青な顔で駆け寄るフィーが目の前の通り過ぎ川縁まで駆け寄る。

 川は――そこまで浅くはなかったらしい。見ると流れも緩やかでこの地形からは考えられぬ程岩が少なかった。


「うにぃ……ヒドイ目にあったぁ……」


 そういうわけで無事であったらしい、クレリアがげほげほ言いながら這い上がってくる。

 そして彼女の姿を見てしまった我ら一同、ぴたりと動きを止めた。


「にゃ……?」


 きょとんと見つめてくるクレリア。我が身に何が起こったのか解っていないらしい。そうしてはっと我に返ったかのように帽子を被っていた頭に手をやって、ようやっと何故こちらが唖然としているのかという意味を知り、さぁっと顔色をなくす。


「え、えぇっとこれは……」


 しどろもどろしながら流されてしまった帽子で隠していたものを手で被っているが、隠し切れていないそれ――

 ぴこぴこと動いている、茶色い、どこをどう見ても猫の耳としか言えないものが、彼女の頭から生えていたのである……


 ※


 魔法と呼ばれるものがある。

 現在ではエルフとピクシーのみが、その昔は竜人までもが扱えたと言う人には使えぬ力。

 大きく分けてその種類は三つに分類される。


 一つは攻撃系。

 自然界にはエルフやピクシーとは違う、肉体を持たない精霊が全ての物に宿っており、それらの力を使って魔法を具現化させるのだ。炎の精霊から力を借りて炎を操る火術という魔法をはじめ、風の精霊からは風術、水の精霊からは水術、土の精霊からは地術。植物から借りればその使う者の魔力によるだけの植物を操れるといった、全てのものから魔法を発動させることができる。


 もう一つは回復系。

 これは攻撃系とは違い、対象者の治癒力を術者の魔力によって一時的に高め自己修復させるのが一般的である。だが、まれに攻撃形に分類される魔法の中にも回復形に似た魔法が使える場合がある。例えば地術などがそれだ。地術を使う者は――大抵の場合その者が使えるのは自分と最も相性のいい術一つだけである――母なる大地から回復系の力を分け与えることができる。


 最後に、補助魔法。

 自然界に存在する元素を集めて凝結させたものを補助魔法と言う。補助魔法とは雖もこれはかなり高度な魔法で、精霊の力を借りる事をせず己の魔力だけで力を練り上げるというものだ。精霊に力を借りればその精霊の属性のものしか魔法は発動しない。だが補助魔法は術者の思い通りの属性、そして精霊に力を借りた場合とは違う、攻撃でも、ましてや回復でもない効果を出せるのだ。


「……つまり、君は人間の家に忍び込んだと思ったら実はそれはエルフの家で、しかも補助魔法まで使えるエルフの住む家に忍び込んじゃって、防犯用にセットされていた対侵入者用の魔法にかかってそんな事になった、と」


 やや沈痛な面持ちでルアードがクレリアに確認を取る。


「まあ、要約するとそー……ふえっくしゅっ」


 答えようとして、彼女は何度目かの大きなくしゃみをする。

 ずぶ濡れになった彼女のために、一向は足止めを食らい――置いていけとアーネストは言うには言ったがルアードはそれを許さなかった――川縁で火を熾していた。クレリアは大きめのタオルに包まっている。


「つーか……なんでまた秘境とまで言われるエルフの里になんか……『間違えた』って、そんな狙ってもできねーよ普通」


 頭を抱えながらルアードは呻く。

 エルフは他の種族とは完全に関わりを断っており、人里離れた森の奥でひっそりと暮らしているのだ。人間は彼らの存在は知っているものの、まず出会う事はない。ましてやその集落に入る事など。


「ア、アタシすんごい方向音痴で……っくし」

「いや……もうすでに方向音痴だとか言う次元の問題じゃないからね?」


 突込みを入れる彼の顔は心なしか悪い。


「だがなんでまたそんな中途半端な格好になってるんだ?」


 ぴょこんと生えた耳を見ながら、アーネストは正直な感想を述べる。話によるとどうやら尻尾まで生えてしまったらしい。


「大体対侵入者用にこんな半端な術では逃げられるんじゃ……」

「あぁ、たぶん失敗したんだろ。補助魔法ってのは結構ムズイからなーきっと猫になる魔法でも仕掛けてたんだろうがうまく発動しなかったんだろ。んで、こんな半端な状態になっちまった、と」


 しばらくクレリアの発言に頭を抱えていたルアードが、しかしきっちりと説明に入る。


「……詳しいんですね」


 クレリアには害がないとでも判断したのか、それともびしょ濡れの彼女を気の毒に思ったのか、クレリアの傍にいるフィーがルアードの発言に感心したような響きを含ませて感想を述べた。


「おうよっ 博識なこの俺に何でも聞いてちょーだいってか?」

「お前が博識? 持っているのは無駄知識だけだろうが」

「ンなッ」


 得意げに言うルアードに、アーネストは辛辣な言葉を投げかける。きーきーと何か言い続けている彼の事など放って置き、ああもうさっさと次の町に行きたいとか何とか考えながらふと、気付く。


「……ちょっと待て。じゃああの運動能力は元来お前が持っていたのか?」


 どう考えても人間業ではないあの動きに疑問を覚え問う。魔法が失敗して中途半端な変化しかしなかったのであればあの動きは……


「あ、きっとあれ魔法の副作用? だと思う。まあもともと盗賊って事でそれなりにすばしっこかったんだけどね、なんかこんな格好になってから運動能力上がっちゃってさー」


 さらっと言う彼女に、その場に居合わせた一同なんだそれはと言わんばかりに脱力感に支配される。


「……それって完全な失敗じゃないか」


 間抜けなエルフもいたもんだと呻きながらルアード。

 と、その時だった。

 ぼたり、と頭上から何かが落ちてきた。

 その気配にはっとし、まず反応したのはアーネスト。一瞬にして空気と彼のまとう雰囲気が研ぎ澄まされた物へと変わる。


「ちっ」


 彼の短い舌打ちに続きルアードもとっさに弓矢を構えた。


「えっ ええぇっ!?」


 慌てたのは少女二人。内クレリアは意味不明な言葉を発し、フィーはと言うとクレリアの後ろに隠れがちになっている。

 ――それはぶよぶよとした、丁度大人が丸まったぐらいの大きさで全身にたくさんの目玉が付いていた。一見透明な様にも見えるが、濁った灰色をしており複数の目玉だけが金色に輝く化け物――『魔』。それらが四体ほど、木の幹からぼたぼたと続けて落ちてきた。

 ――『魔』と、呼ばれるもの。

 竜人によって支配されていた『魔』は、彼らの滅んだ今では統率を持って確実に人間を攻撃するという事はなくなった。だが危害を加えるという点では今も昔もそう変わってはいないのかもしれない。


「くそっ ラクシャーサかよっ」


 叫びながらルアードが弓矢を放つと、四体のラクシャーサの目玉を正確に全部で十ばかり潰していた。

 いくらたくさんの目玉があるとは雖も、『魔』と雖も痛覚は存在する。嫌な悲鳴を上げ動きの鈍ったそれらをアーネストは有無を言わせずに切り倒していった。

 ――ほんの一分足らず。

 あっという間に『魔』は全て動かなくなり、刻まれたまるでゼリーのようにすら見えるその身をさらしていた。


「すっごぉい……」


 こちらが息をつく前に、クレリアの感嘆が耳に届き振り返ると。


「ラクシャーサって言ったら動物や人間の肉を喰う結構凶暴な奴なのに……」


 ……強いて今の彼女の表情を表現するのであればそれこそ大輪の花がバックに咲き乱れている、と言うのが一番しっくり来るだろう。


「カッコイー! 『魔』をあんなに簡単に片付けちゃうなんて!」


 それこそ目を輝かせてクレリアはどういうわけかこちらに抱きついてきた。


「ちょっとークレリアちゃんってば、とどめを刺したのは確かにアーネストだけどそれは俺の天才的な弓術のおかげで……」


 何気なくポーズを決めているルアードの事など見向きもせず、クレリアはまだ雫の滴り落ちる頭をタオルで覆ったまま。先刻毒舌野郎だなんだと散々言ってくれたくせに手の平を返したかのような反応であった。

 離せと言わんばかりにクレリアを引き離そうとするが、あまりそれは意味を成してない。


「うん! 男はやっぱり強くなくちゃ! あんたもそう思うでしょ?」

「え、えっと……」


 それどころかこちらの言い分すら聞いていなさそうである。突然話題を振られたフィーは案の定どう反応を返したらいいのかわからない様子であった。


「女の子はやっぱり強い男に守ってもらいたいものなのよねー? あ、そういえば何であんたそんな格好で旅してんのよ。旅にはそれなりの格好ってものがある……」

「やかましい」


 その一言の元。

 鈍い音が二つばかり、森の中に響き渡った。


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