Act,2 襲撃者 - 1 -
「いやーそれにしてもフィーちゃんがこんなに可愛い女の子でよかったねぇ」
朝の、まだ日の光が高く上がっていない時間帯。木漏れ日が儚く足元に陰を落としているそんな中を歩きながら、茶髪の青年はそう漏らす。
「あんな村の外れに家があるもんだから、どんな偏屈親父が住んでんのかとちょっと覚悟して入ったんだよ」
にこやかに、語尾すら弾んでいるような口調の男――ルアードはせっせと昨日訪れた村で拾った少女に話しかけていた。先刻のこちらの行動など、まったくもって意に介していないらしい。
「アーネストなんてフィーちゃん見つけた時『それが何か判ったものじゃない』とか何とか言っちゃってさー。『それ』だよ? 『それ』扱い。どうよこの冷徹人間」
「……よく喋る奴だな」
どういうわけかこちらの脇腹をつついてくるルアードに、アーネストはふうと息をついた。かといって歩みを止めるわけもなく、相変わらず自分の歩調でずんずんと進む。
そう、自分たちは現在、昨日の少女と共に地形の悪い道を三人で歩いているのだ。
理由など……
今朝のやり取りを思い出しながら、深いため息と共に胸中で呻く。
要するに、少女を安全な村、もしくは町に連れて行かなくてはならないのだ。たしかに彼女の様子を見る限りはこのまま旅に連れて行くわけにもいかない。戦えない者を傍に置いていても危険なだけだ。
殺してやった方が、幸せだと言うに……
ちらりとフィーとかいった少女に視線を向けて。
大体この娘は生きたいと言ったのか。死にたいと願っている者に生を押し付けるのはあまりにも本人の意思を無視しているのではなかろうか。
「でさ、なんでまたあんな村の外れに住んでたのさ」
こちらの思惑などまったく気付いていないらしいルアードは相変わらず喋り続けていた。
「あの……私、他所からあの村に来て……空いていた場所っていうのがあそこだけで……だから……」
塞ぎ込んでいた少女にはこちらの歩みが速いらしい、少し小走りでついてくる。ルアードがすかさず手を差し伸べているが、あえてそれを取ろうとしないのはやはり警戒を解いていないからなのか。
「へぇ、でも珍しいね。村から村へ移り住むなんてさ」
「……以前住んでいた村は凶作で……住めなくなってしまって……」
今朝よりは言葉数の増えた少女は、しかし表情を変える事もなく、声色さえ掠れていた。ぽつぽつと、呟きにさえ聞こえるその言葉。さながら、森の中に掻き消えていくような。
道があると言えばあるが、しかし起伏の激しい地面である。ごろごろと大きな岩が地表から覗き、巨大な大木の根が所狭しと己を主張している。
見上げれば、高い梢。木々は生い茂り緑の天幕が頭上を覆っている。
「……?」
そうしてふと、アーネストは異変に気がついた。
静まり返った森。あるはずの小鳥の囀りすら、ない。
「……おい」
ぴたりと歩みを止めて。
後ろを歩いていた相手を振り返らないまま呼びかける。
「解ってる」
短いやり取りの後。アーネストがそろりと剣の柄に手を伸ばした次の瞬間。
ばっと、突如黒い物体が木々の間からこちらへ向かって飛び降りてきた。
とっさに剣を抜き構える、が。
「女!?」
色素の薄い短髪をなびかせて落ちてきたそれに、一瞬動きが止まる。――無論、相手がその隙を逃すはずも無く。
相当な高さから飛び降りてきたのにもかかわらず、すたんっと綺麗に着地したそれはこちらの刃を難なく交わし、ルアードの放つ弓矢を避け、恐るべき運動能力でフィーの傍まで一瞬にして間合いを詰める。
「あ……っ」
か細い悲鳴。
見ると、フィーの胸元にあった高価そうな首飾りを、女が毟り取りそのまま駆け出して行くではないか。
「いただきっ」
高々と戦利品を掲げ、誇らしげに女は一度も立ち止まることなく走り去る。
「んにゃろッ 盗賊かよ!」
「待て」
追いかけようと駆け出しかけたルアードの腕を掴み、それを阻む。
「何すんだよッ 逃げちまうじゃねーか!」
じたばた暴れる彼を何とか押し留め。
「時間が惜しい。放って置け」
それだけを言い放つと、彼から腕を放しそのまま歩みを再開する。
その言葉に、ルアードはその深い緑の瞳を大きく見張った。そして、ぎりと唇を噛み締め、こちらを睨み付けて。
「――ッお前なぁッ!」
「おい、行くぞ」
だがそんなものなどものともせず、何か叫んでいる相手に背を向け座り込んでいる少女を促す。
「どうしよう……」
しかし少女は反応しない。おろおろとしてはいるものの、ぺたんと座り込んで動こうとしない――いや、動けないのか。
「どうしよう……あれ、お母様の形見なのに……っ 返してもらわなきゃ……!」
今までほとんど変える事のなかった少女の表情に、明らかな影が落ちる。血の気の引いた、とでも表現するのか文字通り少女は顔を青くし、慌てて逃げていく女の後を追おうとしている。
――だが、案の定うまく動けていない。地形が悪いのも手伝って走り出そうとして木の根につまずいた。
そんな様子に、ちっと舌打ちして。
「……お前は大人しくここにいろ」
それだけを言い残し、先に女を追っているルアードの方に自分も走り出した。
「……ルアード、弓を撃て」
「あぁ!?」
目の前を走る相手にそう告げる。
「あの女を仕留めるんだ」
「仕留め……って殺す気か!?」
「盗賊に人権はない」
きっぱりと言い切って。
「あほかぁぁぁっ!」
「だがそうでもしないと取り押さえられんぞ」
絶叫するルアードに、徐々にではあるが差がつきはじめてきた女との距離に舌打ちをしながら返す。
――速い。いや、すばしっこいとでも言うべきなのか。器用にも地形の悪さを逆手にとって確実に逃げている。
「……大した運動能力だ」
ぽつっと変なところで感心して。
「~~~~っあーもうっ!」
その事に苛立ってきたのか、女性に対して寛大でありまた男性陣としては腹立たしいほど甘い彼はきっと前方の女を見据えて。
「女性を傷つけるのは俺のポリシーに反するがしかしフィーちゃんを悲しませるわけにはいかないっ! つーワケで悪いが……」
「能書きはいい。さっさとやらんかっ」
立ち止まりギリギリと弓を構える彼に追いついたアーネストは、遅いとばかりにばかんと相手とすれ違いざまに頭を殴る。
「いちいち殴るなってば!」
その瞬間引き絞っていた矢が勢いを持って飛び出していった。それは孤を描くこともなく、真っ直ぐと標的に向かって空を翔る。
そうして。
「!?」
カカッと、乾いた音が辺りに木霊し女は――消えた。避けたのではなく、飛び上がって軌跡から逃れたのではなく。完全に姿が消えたのだ。
「消えた……?」
「馬鹿な!」
剣を抜き構えたまま走り続けたアーネストは姿の掻き消えた女の姿を探しながら叫んだ。
「人間にそんな事ができるものか! きっとどこかに隠れ……っ」
いつでも斬りかかれる様な体勢で女の消えた場所まで駆け寄り、邪魔な大木の根の上に立ち、そうして。
そうして、妙なものを発見した。
「…………」
「おーい? どうしたよ」
よろよろと、大人しくしてろとこちらが言ったにもかかわらず勝手についてきたフィーに手を貸しながらルアードもこちらに近付いて来て、妙なものを見、案の定――絶句。
「あ、あはは……?」
妙なものは笑って見せているが、つられて笑うほど可笑しい事などありはしない。
つまり。
「これ返すから助けて……ってワケにはいかない、よねぇ……」
引きつった笑顔の妙なものは、己が奪って逃げようとしたフィーの首飾りを懐から出しながら、ただただこちらの固まった表情を見上げていた……
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