Act,1 来訪者 - 4 -

 この世を構成するもの。

 最も数の多いとされる動物達。それを少し進化させたような、醜悪な姿を持つ『魔』と呼ばれるもの達。


 動物を使役し、森を開拓し、文明を栄えさせ、己の生活を成り立たせる人間達。


 人より優れた、人と種族を違える者――人には使えぬ力を持ちながら、人前にめったに姿を現すことはなく、人を支配せず『魔』を従えず、完全に中立した者――人と同じ姿をしながらその耳はとがっており、緑の瞳と人には無い金の髪を持つ者達をエルフという。


 そして、ピクシーと呼ばれる妖精達。

 彼らは隔離された森の奥深くに存在するエルフの集落で暮らしており、エルフと同じく完全に人間に関与しない。彼らは人間やエルフの手の平に乗れるほど小さく、その背には薄く透明な羽が二対。エルフとは違い、自由奔放で気ままに生きる子供の様なものたち。


 現存するのはこの五種だけである。

 だがその昔存在していた、先の戦で人間に滅された種族があった。


 それは、この五種に比べ極端に数の少ない種族。

 人間よりも高い知能を持ち、絶大な力で他の魔族――総称して『魔』と呼ばれるものを使い人間を支配していた、人の姿でありながら竜の本性を隠した最強最悪の種族。

 『魔』は彼らに使役される事によって統率を取り、凶悪さを増し、動物程度の知能しか持たぬのにそれ以上の苦痛を人間に与える。


 竜人。


 その種族すべての総数を数えても五十程度しかいない彼ら。しかし人間を虐げ、人間を喰らう食人種。

 彼らはさらに五種族に分けられ、それぞれがその種族を代表する、人にはない色を与えられていたという。

 すなわち、銀・赤・青・黄・緑の五種。

 青や緑の瞳は人にもあるがその色の髪を人間は持たない。銀や赤、黄はその両方とも人間が宿す事はない。

 人の姿でありながらあまりにも強大に過ぎる力を持つ竜人。故に人々は姿無き創造主に変わり、実体を持つ彼らを『神』として崇めたという。


 だが、彼らには謎が多い。


 残された伝承によると彼らは人間との戦で滅され、姿を消したという。何故人より遥かに優れた彼らが、たかだか人間などに滅されたのか。最早伝説でしか彼らの事を知る術は残ってはおらず、今では本当に存在していたかどうかさえ怪しい、古い伝承の中の存在でしかない。


 伝承は語り継がれていくうちにその濃い色を失い、やがて忘れ去られてゆく。竜人の伝説については殆どの者が知っているとはいえ、今やそれは『現実にあったもの』としてではなく『語り継がれる御伽噺』としてのみ後世へと語り継がれている。


 ――御伽噺なものか。


 ルアードたちから離れた場所。朝目覚めてから、あの少女のために果物を探しにきた折、見つけた泉の淵に腰掛けてアーネストは手に触れた石をその水の中に投げ込んだ。


 現に、あの娘は銀色の光を見たと言ったではないか。

 揺れる水面みなもを眺めながら。

 脳裏に浮かび上がる光景が、いやにはっきりと見えた。

 光芒一閃に走る、赤い光。

 襲いかかる重苦。

 目の前を彩る、耐え難いほどの――紅。

 誰一人として、原形を留めていなかった。


 ――許せるものか……


 ぎりと、唇を噛み締めて。この胸にある蟠りを吹き飛ばすかのようにと、さらに石を手に取り。


「アーネスト!」


 ……投げ入れようとしたその瞬間に、名前を呼ばれ妙な体勢でその動きを止めた。


「……」


 聞き慣れた声に、思わず眉宇を顰める。

 渋面のまま振り返ると、案の定枯草色の頭が少し離れた大木の傍にあった。そして相手は笑顔のままこちらへとずんずん近付いてくる。その傍らには、先刻の少女。


「……何しに来た」

「何しに来たってそりゃないだろ? おりゃー一応お前の相棒として……」

「その相棒というのは人の気も知らず迷惑かけまくる奴の事か?」

「……俺の事そーゆー風に見てたのね……」


 きっぱりと言ってやると、強かにショック受けたらしくがっくりと肩を落とすルアードの姿が。


「事実だろうが」


 大体こいつは派手に反応しすぎるのだ。

 そんな彼の態度に軽くムカついたので、その妙な体勢のまま手にしていた小石を投げつけてやる。


「いてっ……って何すんのさ!」


 それほど大きくはない小石が綺麗にルアードの頭頂に当たり、彼はわざとらしく小石の当たった所をさすっている。


「……お前は大袈裟過ぎるんだ。大して痛くもないくせに」

「ひっでーこの繊細なガラスハートを持った俺に向かってそーゆー事言う!?」


 誰が繊細だこの性格破綻者めが、とか何とか胸中でぶつくさ言いながら、傍らに置いていた剣を掴みいい加減立つことにした。ぱんぱんと付いた土等をはたきながら、くだらない事ばかりほざく彼をじろりと睨み付けて。

 そういったこちらの態度に軽く息をつきながら、ルアードは少女の方に顔を向ける。


「ねぇフィーちゃんもこの朴念仁に何か言ってやってよー」

「フィー?」


 聴きなれぬ言葉に、思わず聞き返していた。


「フィーちゃん。この子の名前だよ。いやー可愛いよねぇ! こう……何つーか、今にも咲きそうな花の蕾っつーの?」


 だらしなく顔の筋肉を緩めている彼を前にして、言うべき言葉というものは一つぐらいしか見当たらなかった。

 すなわち。


「……変態」

「なにおう!?」


 しかしこの言葉は彼にとって不本意な事この上なかったらしい。

 筋肉痛にはならないのだろうかとふとそんなくだらない事が頭の中を掠めてゆくほど、表情を急激に変えたルアードは思いっきり反発してくる。


「その発言はいくらアーネストでも酷過ぎるぞ!? 俺のどこが変態だって!?」

「存在そのもの」


 ……それはもういっそ清々しいほどきっぱりと返す。


「可愛い可愛いって自分好みの十代半ばの娘を口説く大人のどこが変態でないと?」

「可愛いもんを可愛いと愛でて何が悪い!」

「開き直るな!」


 なんだかだんだんと腹が立ってきたのでその言葉と共に剣の柄で一発お見舞いしてやる。

 そのままぶっ倒れた自称相棒の事など全くもって無視し、こんな奴は放って置いてそろそろ旅でも再開するかとその池の傍から離れ始めて。


 少女と、目が合った。


 潤んだ、黒曜石のような瞳。

 色の薄い、桜色の肌。

 淡い飴色の髪が風になびいて揺れている。

 じっとこちらを見つめ、微動だにせず、その瞳に光は宿っておらず。

 ……まるで抜け殻だな。

 そうは思いながらもすっとフィーとかいった少女の傍を通り抜ける。


「あいたー……ってアーネスト待たんか! 俺達を置いてく気か!?」


 どうやらようやく復活したらしいルアードの声。


「俺達?」


 眉をひそめ、歩みを止めて肩越しに彼を見やると少し危なっかしい足取りながらもこちらに進み寄るルアードの険しい顔が見えた。


「まさかこの子ここに置いておく気じゃないだろうな」


 相手の非難の声にふうと息を一つついて、振り返る。


「……連れて行くとでも?」

「こんな状態でいるこの子をこのまま放っておいたら『魔』に襲われておしまいだよ。せめて次の街まで行って……」

「足手まといだ」


 一言のもとに葬り去って。

 くるりと踵を返しそのまま歩みを再開する。


「――言ったはずだ、地獄を見た女子供は殺してやる方が幸せだとな」

「じゃあアーネストはこの子にまた同じ恐怖を体験しろって言うのか?」

「……」

「……出来ないだろ? 出来ない事はやんなくっていいんだよ」


 言葉に詰まったこちらに、ルアードはふっとまるで子供に諭すかのような面持ちで言葉を紡いでいく。


「お前は昔っから優しいもんなぁ」


 ぽんぽんとこちらの肩を叩きながら、少女に視線を向け微笑みかける。

 何となく居心地の悪いものを感じその手を払いのけて。


「……別にそんなのじゃない。殺さないのはお前に邪魔されたからに過ぎん」

「はいはい、そういう事にしといてやるよ」


 どこまでもこちらを子供扱いしてくれる彼に、やはり自分は剣の柄を握り締めて、そのまま目の前にいる相手を横薙ぎにしていた。

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