求める者与える者

Act,1 敵対者 - 1 -

『神々天地の開け始まりける時よりこの地にあり

 その力絶大にして異形のもの使役し

 生きとし生ける者全て神々に屈するのみ

 神々生けるために人を欲し

 人其から逃れることあたわず

 神々この地に舞い降りし時より幾千年

 ついに神々との戦始まりぬ

 人拠り所無く

 神々制する事あたわず

 されど闇の帳引き裂く者あり

 若きその男

 ただ一人で神々の王滅す

 神々忽然として失せ

 この時より人の世始まりぬ』


  ※


「とまあ、そんなわけで到着いたしました銀嶺都市セル! 世界で最も栄えある都!」


 面倒だ、とぶつぶつ文句を言っていた黒髪の青年の後に続き、フィーにとって生まれて初めての入国審査を終えるとエルフの青年は活気溢れる街の様子を見ながら声高らかに言い放った。頼まれた彫刻の多さでかなりの時間をくってしまった事も、酷く体力を消費したという事もまるで気にしていないらしい。


「すごい……人がたくさん……!」


 フィーは街の様子を見て思わず感嘆の声を上げた。

 予定よりも早く街に辿り着き、日が暮れるまでにはまだかなりある。太陽の燦然と輝く光に照らし出されるのは美しい街並みだった。目に差し込んでくるのは何の虹彩であるのか、色沢であるのか、それすらわからない。今まで見た事がないほどに多い人々の往来。舗装された道を歩き、知らないものばかりが視界を覆う。生まれてこのかた入国審査をしなければ入る事の出来ないような大きな街に来た事はなく、目に入るもの全てが新鮮だった。


「ん、フィーちゃんこういう街は初めて?」


 少なからず興奮していた自分に気が付いたのだろう、エルフの青年はにっこりと笑ってこちらに問うてきた。


「はい……! 私、ずっと森の中で暮らしていて……こんな大きな街は初めてです」


 そう言うと、青年はそれはよかった、とやはり笑ってこちらの頭をぽんぽんと叩いた。


「ここは『銀の大陸』の中心に位置する王都セル。世界は五つの大陸から成っているのは知ってるよね?」


 エルフの青年に問われ、こくりと頷く。

 世界を構成するのは五つの大陸。

 その昔神々がそれぞれ支配していたと言われる大陸の名は、今でもそのまま神々の色で呼ばれている。

 最も巨大な土地を持つ『銀の大陸』を中心に、北西に『赤の大陸』、北東に『青の大陸』、南西に『黄の大陸』、南東に『緑の大陸』。それぞれ神々が居城を構え人を支配していたと言われる城跡は、現在人間の王がそのまま使い大陸をそれぞれ統治している。


「「セル」って言うのは「高みの存在」って意味でね、それぞれの大陸の王都には異名が付いてるんだ。セル城の城壁は白くて月の光を浴びて銀色に輝き雪が降り積もった峰の様に見える事から「銀嶺都市」って呼ばれてる」


 同じように『赤の大陸』の王都は紅蓮都市燃やす者ゴラブ、『青の大陸』は青藍都市癒やす者ラファ、『黄の大陸』は琥珀都市輝く者ハシュマリム、『緑の大陸』は翡翠都市強き者アラリムと呼ばれているのだと、彼は教えてくれた。


「へー、詳しいねー」


 そう言ったのは金色の青年。ピクシーの少女は――可哀想だが、やはり姿を隠している。もちろん瞳の色を変え、金の青年は相変わらず布で頭を覆っていた。


「へっへー、歴史は俺の得意分野なんだよ」

「……それだけだろう?」


 今まで黙っていた黒髪の青年がぼそりと言った。エルフの青年のせいでずいぶんと待たされ、かなり機嫌が悪いらしい。


「それに、お前もいつまでくっついてくるつもりだ? 街には辿り着いただろう」

 金の青年に視線を向けると、彼は酷く突っぱねた物言いで相手を睨み付けた。

 そう……彼の機嫌が悪いのは何もエルフの青年のせいだけではない。少なくとも自分にはそう思えた。


 セルに辿り着く前の事。


 『喰われて』しまった旅人の亡骸を埋葬してから、明らかに黒髪の青年の態度はおかしかった。エルフの青年もどうやら金の青年の事を疑っているらしいが、それなりに取り繕ってはいる。


「んーそだねー、ここなら丈夫な地図も売ってそーだしー? 名残惜しいけどここまでかなー?」


 ……返ってきた声は相変わらず間の抜けたものであった。へにゃへにゃした表情をすら、微塵も変わらない。

 けれど黒髪の青年にそう問われた彼はしばらくピクシーである少女の指定席であるらしい彼の懐に向かって何やら急に話しこみ、やがて手にしていた彼の荷物を持ち替えた。話はまとまったのか、ぴっ、と右手を敬礼するかのように額の前で止めて。


「じゃ、そういう事でー。道中楽しかったよ、元気でねー」


 そうして、くるりといきなりこちらに背を向けた彼の姿は瞬く間に喧噪の中に掻き消えて行った。

 ……あまりにもあっさりとした別れ。あっさりしすぎて一同何の反応も返せなかった。


「……なんか、最後までよくわからんキャラだったな」

「とりあえず身の危険は去ったという事だ」


 やれやれとこぼす二人の言葉に、それはあんまりじゃないか、とフィーは思わずにはいられなかった。

 確かにあの金の青年はどこか得体の知れない所があった。常人には持ち得ない気配とでもいうのか――けれど、恐ろしいとは思わなかった。邪悪なものなど全くなかったのだ。

 ……そう感じる自分はやはり異常なのだろうか。人にとって竜人など脅威以外の何者でもないはずなのに。


 彼ハ竜人ノ血ヲ引イテイルカラ――


 脳裏に浮かんだ言葉。

 好きでそんな物を受け継いだわけではないのに。それだけの事でこんなにも疎まれるのだろうか。


「フィーちゃん?」


 呼ばれて始めて、自分が俯いている事に気が付いた。


「気分でも悪いの?」


 覗き込むのは綺麗な緑の瞳。


「あ、いえ……なんでもないです」


 慌てて微笑むが、エルフの青年はむーっとこちらを見つめたままだった。そうしてしばらくこちらをじっと見つめ――今度は、いきなり手を握られた。


「え……っ」


 握られたのは右の手の平。そのまま彼はずんずんと街の中央へ向かって歩き始める。


「よぉし! こんな大きな街は初めてなんだろ? 元気付けに俺が案内してあげ――」

「その大荷物を持ってか?」


 やけに陽気になってしまった彼を止めたのは、少し低い声。半分忘れかけられていたが、エルフの青年の後ろには未だ山と積まれた彫刻の山――あの宿屋の主人に頼まれた品物があるわけで。

 笑顔のまま振り返りそれを確認したエルフの青年は、そのまま見て見ぬ振りをしようとしたが、黒髪の青年はそれを許さなかった。


「俺は竜人やつらについての情報を集める。お前はさっさとその荷物を何とかしろ」


 一時解散といこう。

 そう言い残し、金の青年が行ってしまった人込みとは反対の人波の中へと彼が足を進め始めた途端。


「この大馬鹿者ぉ!」


 エルフの青年は、言葉と共に依頼品であるはずの木彫りの置物を黒髪の青年に向かって投げつけた。ごん、とそれは青年に命中する。


「こぉんな可愛いフィーちゃんをこんな人の往来が激しい街で一人にさせようってのか!? 鬼! 悪魔! もし襲われたりしたらどう責任取――」


 ごしゃっ


 ……たぶん擬音語にするならそんな感じであろう音を立てたのは、エルフの頭であった。


「誰が一人にさせると言った」


 彼の機嫌はやはりあまり良くないらしく、エルフの青年を地面にめり込ませるような形で叩き伏せたその力は半端な物ではなかった。


「来い、街を案内してやる」

「え、あ……」


 ぶっきらぼうに言われた言葉。けれど、自分に向けられる表情はどこか優しくて。


「こういう街は初めてなんだろう? ここの住人ほどじゃないが、情報を集めるついでだ」

「あ、は……い」


 黒髪の青年に促されるまま、自分は彼のその差し伸べられた手を取っていた。そのまま彼はエルフの青年に見向きもせず、人波の中へと進んで行き。

 ぽつん、と大量の荷物と共に一人残された青年はその二人の後ろ姿を見送る事しかできずにいた。


「……何かもーらっぶらぶーってか?」


 間に入る事も出来やしねぇ。

 がりがりとその茶色の頭をかきむしりため息を一つ吐き出して。

 とりあえずこの依頼品をどうにかしようと、背を向けていた荷物に再び向き直った。


 ※


《良かったノ? あんなにアッサリト別れちゃっテ》


 懐から話しかけてくる小さな声。

 少女特有の高い声に、周りに気取られない程度に笑ってからいいんだよ、と彼は返した。


「いいんだ……どうせいずれまた会う事になるんだから」

《どういうコト?》

「一波乱あるよ、これからきっと。血が――ざわめいてる」


 胸元を握り締め。

 言わなくてもわかるだろう相手だからこそ、暗にほのめかす。それに気が付いたらしい少女はふう、と小さく息を洩らした。


《役に立ってるノカいないノカ……》

「言ったでしょ? 使えるものは使うって」


 どうやら頭を抱え込んだらしい彼女に先日の言葉と同じ事を口にして、並ぶ街並みをふっと見上げた。

 空は蒼く、この街は平和だ。


「……どうせ探し物は簡単に見つからないんだから、それなら楽しむだけだよ」

《悪シュミ。やっぱ性格悪いワ、アンタ》


 毒づく少女にやはり周りが気にしない程度にありがとう、と笑って。


「血のせいさ。長寿な彼らは退屈なのが嫌いらしい」


 そうして彼は、せっかく来たんだしセル城でも見に行こうか、と街の中心街へと進路を決めた。

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