追う者追われる者

Act,1 来訪者 - 1 -

 ばさばさと、黒い羽根を落としながら鳥達が飛び立ってゆく。

 それらが喰っていたであろう物……黒く変色した、悪臭を放つもの。足元に転がるのは引き千切られたらしい腕。少し離れた所には膝あたりから下の足。他にもばらばらになった、かつて人間だったモノが辺りに散らばっている。

 赤黒く変色しているのは、血液だろうか。干乾びてはいるものの、それはあまりにも自己を主張しすぎていた。


「酷いな……」


 その悪臭から逃れる為手の甲を鼻の辺りに押し付けながらそう言いつつも、弔うことすらせずに彼はその廃村を歩いて回る。

 年は二十歳前後であろうか。首までもきっちり覆い隠す長い詰襟に長袖長ズボン、そして手には厚手の手袋。腰には大振りの剣が一振りと小太刀が二振りほど差されていた。


 ……ようやく休めると思ったのに。


 どちらかというと、そちらの方に青年は気を取られているらしかった。時折ボロボロになった家の中を覗いてはため息を吐いているのだけを見れば、生存者を探しているように見えなくともないが。


 これだけ探しても誰もいないという事は……やはりここは全滅したのだろうな。


 ぼんやりとそんな事を考えながら開け放たれたままの、荒れた家の扉をばたんと閉めた。

 扉。きちんと閉まる。

 家の中も荒れているとはいえ、そこまで年月がたっているようには見えなかった。


「妙だな……」


 人間だけが、不自然さを湛えている。

 普通に考えて、砂漠でもないのに人間がここまでからからに干乾びるであろうか。


「アーネストもそう思う?」


 と、急に呼ばれ、振り返ると枯草色の短髪と緑色の瞳を持つ、草の蔓を編み込んだかのような弓を手にした男が立っていた。


「……ルアードか」


 逆に青年……アーネストは左の頬に深い二筋の傷跡のある、腰まで届くほどの長い黒髪の持ち主だった。さらりと結んでいないそれを風にたなびかせながら、こちらの名を口にした相手にその青い瞳を向け、呼ぶ。


「どうやら『魔』の仕業らしいな。ひでーもんだよ、どのホトケさんも喰い散らかってる。腕は飛んでるわ頭はないわ、干乾びてんのは血ィ吸われたんだろ」


「生存者は?」


 だがルアードは首を横に振っただけだった。


「……全滅、か」

「見た限りではね」


 ぼりぼりと頭をかきながらルアードは返す。


「これで三つ目だ」


 そんな彼にため息混じりに、目に付く限りの家を散策したアーネストは呟く。


「『魔』の皆さんももう少し食欲抑えてくんないかねー。こないだの村も結構酷かったし……ってあり?」


 周囲に視線をめぐらせていた彼が急に声を発した。


「どうかしたか」

「いや……あんなトコに家がある」


 ほら、と彼が指差した先には、なるほどひっそりと小さな小屋が建っていた。傍らに大きな大木があり、下手をしたら外からその小屋の存在は隠されてしまう。


「何であんな所に……ってアーネスト?」


 もしかしたら生存者がいるかもしれないな、とそんな事をぼんやりと思いながら、アーネストはその小屋へと向かった。


   ※


 小高い丘の上にあるその小屋は、森の入り口とでも言わんばかりの場所にぽつんと一軒だけあった。背後には奥深い森が広がっている。


「なんかボロい家だなーホントに人住んでんのか?」


 ルアードの能天気そうな声。だが確かにこの小屋は古く、小さな庭園があるがあまり裕福そうには見えなかった。


「どんな奴が住んでたんだろーな……こんな変なトコに住んでたんだからよっぽどの変わりもんだったとか?」


 などとくだらない推論を展開しているルアードの事など放っておいて、アーネストはさっさとドアを開けることにした、が。


「……」


 扉は、開かない。

 押しても引いても、沈黙を守ったまま。


「どうしたよ」


 ルアードがこちらを見、問う。


「……開かない」

「開かない?」


 どれ、と交代してみても結果は同じ。扉はぴくりとも動かない。


「ここだけ開かないってのは不自然だな。生存者がいるのか、それともよっぽど大事なもんでも隠したのか……」


 そうしてルアードはドアノブから手を離した。

 体当たりでもする気なのか、腕まくりをしている。


「開けるのか?」

「生存者がいりゃこの村を襲った『魔』の正体がわかって賞金ゲット。ホトケさんだったら金になりそうなモン頂いてトンズラだ」


 それでは単なる盗賊だろうが、とアーネストは胸のうちでツッコんだが、この三日間携帯食以外のものを口にしていないのだから彼の思いもわからないわけでもない。

 見る限りではこの村も前回同様かなり小規模の集落だ。全滅していた村もここで三つ目……いい加減携帯食以外の食料も補充したいし暖かな布団で眠りたい。


「大体お前が馬鹿みたいに食うからだろー?」


 ぼそりと、しかししっかりと盛大なため息と共にルアードはは食糧難に陥った原因を述べる。


「大食いのくせに王都から離れて魔物退治三昧をしたいと言いだしたおかげで、食料がもう怪しいんだぞ。メイン街道から離れたからこんなに村も少ないし、」

「うるさい。お前の小言は聞き飽きた」

「聞き飽きるくらい言われんなよな……」


 ぶつぶつとぼやくルアードを無視して、アーネストは腰にある剣の柄を握ると、いきなり扉に切りかかった。

 銀色の閃光が何度か煌いたかと思うと、木製のそれはあっさりと壊れ、ごとごとと重たい音を立てて地に落ちる。


「……壊せばいいんだろう?」


 突然の行動に当然どぎまぎしているルアードへ一瞥をくれてやるアーネストの声色は、どこまでも淡白だった。


「……相変わらず行動に脈絡ねーな……」


 まぁいつもの事か、とぼやく彼の事など放っておいて、アーネストはさっさと扉の奥へと入っていった。それを見て慌ててルアードもその後へと続く。

 ――その小屋の中は、存外暗かった。暗闇でよくわからないが、どうやら窓にカーテンが引かれているらしい。


「……ここ、他の家と比べて変じゃねぇか?」


 大分暗いのにも慣れたのか、辺りを見回しながらルアードは呟いた。


「そこまで荒れてないし、ホトケさんもない。生活のにおいは……微妙にするようなしないような」

「おい」


 ルアードを部屋の隅から先に入ったアーネストが呼んだ。


「何々? お宝でもあった?」

「いや……」


 うきうきしながら近付いてくるルアードを尻目に、アーネストは小さく息をついて。

 ――見渡すまでも無い小さな小屋の中。

 暗い室内の中、扉とは対極の位置。日の光も届かぬ、さらに濃い闇の凝る部屋の隅。

 そこにいたのは。

 膝を抱え顔を伏せたまま蹲る少女だった。

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