セカンドアース

第1話 おお、哀れな子羊よ。生まれ変わるが良い

12/07 23:45 『メタルヘブンユニバース』サービス終了時間まで残り14分32秒。


「最後に来たのはメメさん。オルチンさん。ワンゴロニャンさん。田中さん。ケケケさん。シャルルさんだけですか」


ゲームのサービス終了前に集まろうと告知したとあるクラン。入れ替わりのように来るみんなと最後の挨拶を交わしながら残った二人で話を交わす。


「ええ、平日ですからね。みんな忙しいんでしょう。でも、120人も居るのに最後に来たのがたった7人とは……」


「悲しいと思いますか?」


「いえ、最初期組だけでも揃ったならもうここに用はありません。向こうでケーキを食べる準備をしてますので、私はこれで」


「わかりました。シャルルさん。またいつかどこかで」


「ええ。カルマさんも。それでは」


そう言い残しログアウトしたシャルルさんを見送り、ここにはたった一人となった。


「……………」


無言で歩き出す。最後にみんなと一緒にあそこに行こうと思ったのだが、残念ながらそれは叶わなかった。


「みんなが………8年かけて作ったこの船を一度も漕ぐ事無く終わらせるのは悲しいからな………約目を果たす。俺だけでも」


ここにもう用は無い。最後に行くべき場所に歩き始めた。


最後に行くべき場所………それは司令室。ここはとあるクランが作った史上最大の異星間航宙国家船『セカンドアース』と呼ばれる船の中。


宇宙の果てを目指すこの船は最後まで宇宙に上がる事無く地上でその役目を終える。しかし、そうはさせない。


「『システム:全セカンドアース内NPCをXに集結。並びに司令室へ代わりとなるNPCを配置』これで、大気圏外へ行く準備は出来た。あとは、俺が司令室にて指示を出すだけ」


扉の前に来た。ここがその司令室の扉。入るには権限が必要になる。


≪権限を認証しました。カルマ様、お入りください≫


司令室の扉がゆっくりと開く。


薄暗い広い室内に30名のNPCがこちらを見て待機していた。


ここはセカンドアースの全てを監視し、管理する所。私は司令室の中央にある少し豪華な椅子に座る。


「すぅ〜……はぁ〜………『オペレーション:オルタナティブ発動』『パスワード:セカンドアースを黄泉の国へ誘え』」


深呼吸し、システムコマンドを言う。それを聞いたNPC達は即座に目の前のコンピューターへ目を向け仕事を始めた。


≪オペレーション:オルタナティブが発動しました≫

≪プログラム:大気圏離脱を行います≫

≪警告:全プレイヤーは加速にご注意ください≫


司令室に赤いランプが灯る。


それと同時にどんどん角度が上がっていく椅子。いや、セカンドアースの機首が上がっているのだ。


≪加速まで5…4…3…≫


サービス終了まであと残り5分。サービスが終了したら私は現実世界へ強制的に戻されるはずだ。


≪2…1…イグニッション≫


そのはずだった。


突如として消えた画面。いや、これは気絶したのだろうか?妙な冷たさが肌に染みる。


「………さ―――ルマ様!!カルマ様!!起きてください!!」


目を覚まし、立ち上がる。


NPCに起こされたようだ。確か今さっき私は大気圏離脱の為に船にオペレーションメテオを発動したはず………しかしその後の記憶が無い。


「何が起きたんだ……」


私の問いに近くの女NPCが答える。


「ハッ。ご説明致します。先程マスターが発動しましたオペレーション:オルタナティブを実行しようと大気圏離脱を開始しました。しかし、点火装置を作動させた瞬間突如としてセカンドアースが機能停止しました。復旧作業を開始しております」


「そうか………クソ。最終的にこの船を宇宙に上げられず終わるというのかよ」


「申し訳ございません。直ぐ様状況を確認し、宇宙へ打ち上げます」


そう悪態つきながら椅子に座り直した私に頭を下げて謝るNPC。しかし、ここまで流暢に喋っていただろうか?


いや、その前に時間を……


「今は……もう12/08だったか………?」


「はい。今は12/08 00:02です」


………どういうことだ?サービス終了は0時のはずだ。遅れた?いや、そんな事は無い。2分も遅れるなんて事はあるわけない。


なんだ……なにかが引っ掛かる。何か重要な事を見逃している気がする………。


いや、先にメッセージを確認しなければ。


「『システム:メッセージ』」


メッセージには一通新着があった。宛名は無し。開いてみるか。


『新世界へようこそ。ここは本物の新世界だ。理解してもらう為にちょっとした催眠をしたが気にしないでほしい。ここで君は自由に生きるんだ。ああ、それと。君以外のプレイヤーも続々と来るはずだから期待してほしい。それまでに、プレイヤーを受け入れられる国家を作りたまえ最後の最後まで残った変なプレイヤー君』


「………なんだこれは?サービス終了した瞬間に新しいサーバーにプレイヤーを移動させた?そんな事を強制的にやったら何が起きると思ってるんだ……。しかも新世界?国家?ていうかプレイヤーを受け入れるって………プレイヤーを………受け入れる?」


多分だが、プレイヤーを受け入れるってことはクランに加入するという事のはずだ。


しかし、うちのクランは限界の120名まで埋まっている。新規プレイヤーが入る隙間は無いはずだ。


とすると………


「『システム:クラン』『加入人数』」


≪現在:001/120≫


は?


どういうことだよ………メメさんは?オルチンさんも無い。ワンゴロニャンさんの名前も……田中さんの名前も……ケケケさんも?クランリーダーのシャルルさんまで………


「なんてことだ……」


「ど、どうかなさいましたか?」


私の動揺にNPCが反応したのか近付いてくる。


「うるさい!!黙れ!!」


しかし私は限界だった。無茶苦茶に全て破壊されたこの怒りの矛先が無い状態の人を下手に刺激してしまったNPCは怒鳴られた事に余程ショックだったのか地面にへたり込んでしまった。


「ッ!?………すまない。大丈夫か?」


そんな反応をされたら流石に激怒していた人間と言えど良心に1度冷静にさせられる。NPCに手を差し伸ばし、立ち上がらせる。


「だ、大丈夫です。お見苦しい姿を……申し訳ございません」


何をしている自分。この副官NPCはワンゴロニャンさんが一番可愛がっていた子だろう。八つ当たりをするな……


「いや、今のは私に非がある。申し訳なかった」


「あ、頭をお上げください!!マスターが顔を下げるような事はありません!!それに私は大丈夫ですので!!」


頭を下げた私に焦る副官NPC。


(なんだ………なにかがおかしい。いや、おかしくて間違いない。こんなに流暢で感情を持ったようなNPCは居ない……いや、法律で禁止されてる思考レートレベルのAIだ。まるで本物の人のように感じる)


その姿に私の引っ掛かりは疑問から確信に変わる。


そう、本物の人。だとしたら、あのメッセージに含まれていた『本物の』という単語。新世界……つまりは異世界のような場所だとも書いていた。つまり、俺は………いや、流石にライトノベルの見すぎなんじゃ……


いや、まさか………まさかな……………だが確かめなければならない。


本物だという証拠。それは血が流れているかどうかだろう。


「………すこし、洗面所へ行く。ここは頼んだ」


「はい、お任せくださいマスター」


やはりだ。普通のNPCなら返答も無いはずだ。ていうかメタルヘブンユニバースでは無かった。


ならばやはり本物か………早く確かめなければ。


洗面所へ辿り着いた。私は持っていたナイフを引き抜き、刃を肌に触れされる。


「はぁ………はぁ………俺はリストカットとかそんなのガラじゃないんだけどな。クソ、クソクソ!!ッ!!」


シュパ!!


切れた肌からは血がどくどくと流れている。私の種族は人間種。赤い血が流れていくが、何故か痛くは感じなかった。


そして、すぐに流れは止まった。時間が戻っていくように肌の傷が塞がったのだ。


「………メタルヘブンユニバースとは違う。でも同じでもある。メタルヘブンユニバースでは血は流れなかった。でもこっちだと血は流れた。でも、傷がこのように塞がるのはメタルヘブンユニバースそのまま。わからず仕舞いか……」


しかし、わかった事もあるのは事実。少し冷静になった頭を使い始める。


あのメッセージ。あれは多分運営とかではないはずだ。そしてここはメタルヘブンユニバースではない。新世界だと言ったか?ならばメタルヘブンユニバースがアップデートをした?しかしサービス終了すると告知したのならばこのような船を新しい所に移す事は不可能のはずだ。というか確か5分前にこっちに来たよな?ってことはサービス終了前のはずだ。なにかがあったのかもしれない………ログアウト。そうだ!?ログアウトは!?


ログアウトを選択するが、決定ボタンが現れない。強制ログアウトパスワードも認証してくれない。完全に閉じ込められている事が新たにわかった。


「まずいな………どっかで読んだ小説だとこっちで死んだら現実世界での俺も死ぬんだっけか?そんな事不可能とは言い切れない。ならまずは現状を生き延びる為、やるべき事をしなくては………」


方針が決まった。ならば早速行動あるのみ。


やるべき事はただ1つ。メッセージに従いながらここから脱出する方法を探る事。


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