絶望さえも分かち合って
わんわんと泣くゼアを持て余していたけど暫くするとゼアの方は落ち着いてきたのか私に話しかけた。
「さっきはごめん、なさい。」
そんな事を言って欲しかったわけではないのに言わせてしまった事が辛かった。
返す言葉が見つからず黙っているとゼアは話を続けた。
「私は死ぬ覚悟は出来ていても殺す覚悟は出来ていなかった。あの言葉を聞いて自覚した……。どうしよう、私……っ!」
そう言って泣く姿を見て覚悟を決めた。-----ゼアの分まで手を汚す覚悟を。
未だに泣き続けるゼアを抱きしめた。どれだけ彼女が泣いても動かなかった私が背中をさすった時に驚いたのかビクッと体をこわばらせた。
「そう……無理なら仕方ないね。私が一人でやるから心配しないで大丈夫だよ。」
まだ幼いゼアの心に傷を残したくはない。そう思って言った言葉だったけどゼアの欲しかった言葉ではなかったようだった。
「ハンナも……人を殺して欲しくない。」
「それは約束出来ないね。此処から先の旅はきっと殺さなくちゃ殺されるから。」
「それでも……嫌なものは嫌なの。」
初めてと言っていいほどの駄々こねにふと疑問に思った事を口にした。
「ゼアが殺すわけじゃないよ。……人の血で汚れた私とは居たくないからそんな事を言うの? 」
確かに人殺しとは一緒に居たくないかもしれないねと自嘲気味に笑えばゼアは私を抱きしめる腕の力を強くした。
「ハンナは人を刺したことはある? 」
突然の質問に驚いていると答えを期待していなかったのかゼアはそのまま話を進めた。
「私はあるよ。……最初は初めて真剣を使った稽古の時だった。騎士団の隊長が相手をしてくれたけどその表情は明らかに私を下に見てて腹が立ったのを覚えているわ。」
真剣って……まだ持てるような歳ではない筈なのにゼアの話し方から察するに何度か経験のある様な話し方だった。
「剣が肉を割く感覚、血の匂い……それは私にとっては獣を殺す事と大差はなかったけど、人の呻き声と表情は私の頭にこびりついて離れなかった。」
「自分の剣で苦しむ顔を貴方はもう知っているなら……辛いよね。」
そう言うとゼアは静かに首を横に振った。
「違う、私の頭から離れないのは私を人として見ない目だ。子供だと油断してたのは相手なのに刺されると途端に私が悪いというような表情で見つめてくる。」
「そんな……ゼアは悪くないじゃない!!」
思わず大きな声でそう答えるとゼアは自嘲気味に笑った。
「初めて人を刺した時は夢を見ている様だった。地面が揺れているような感覚で大騒ぎになっているのに音が遠くに聞こえて取り残された気持ちになった。……でも、それだけだった。」
「どういう意味? 」
「城の皆は私に気を使ってくれたり、恐れたりした。あの日、確かに皆が私に向けるものが変わったのに私だけが変わらなかった。……次の日にはもう人を刺した時の感覚に慣れてしまっていた。」
ゼアは剣で刺す感覚を『忘れた』ではなく『慣れた』と言ったのは、その感覚に抵抗感を感じなくなったと言っているようなものだった。
「皆は変わらずに真剣を握って稽古する様子を見て『剣に取りつかれた』と言っていた。……クロノスは私を『この世界から消す』と言ったけどその言葉にどこか納得している自分が居たんだ。」
その言葉に思わず反応して声を荒げてしまった。
「ゼアはそんな事しない!! クロノスの言葉なんて当てにならない!! 」
「信じられない!!! 」
声を荒げた私よりもゼアは大きな声を出して否定した。
「私の事は私がよく知ってる! 人を刺して怖いとかそう言う感覚が無くなった私が人を殺してしまったら、次の日には殺す事に慣れるって!!……それは本当に人間って言えるの? 」
「なに……それ……。」
さっきからゼアからは否定の言葉しか聞こえない。私に自信をくれたゼアは何処にもいなかった。
「こんなことなら……化物になってしまうなら私は……クロノスの言う通り消えた方が良いのかもしれない。」
その言葉を聞い全身の血が煮えたぎるような感覚になった。私は勢いのままゼアに向かって手を振る被った。
しかし、その手はゼアに届くことは無く誰かが私の腕を掴んでいた。
「エゴケロス……。」
「それはしちゃいけない。戻れなくなってしまうよ。」
戻れないと聞いて鼻で嗤ってしまった。
ーーーー戻る? もう引き返せもしないのに?
そんな事を考えているとゼアの泣き声が聞こえてきた。
「怖いよ……。ハンナを殺してしまうかもしれない。殺すことに何も感じないってそう言う事でしょ? その未来を否定できない自分が凄く嫌だ……。」
(この旅は最初からーーーー無理だったのかもしれない)
泣きじゃくるゼアを見て思ってしまった。
此処までの旅は死ぬことは覚悟してたけどゼアの言う通り誰かを手にかけることは考えてなかったと思う。結局、クロノスを殺すと言っていながら私達はその時が来たって彼を殺せなかっただろう。
私だって怖い。だって明日生きるはずだった人を殺すんだよ。私達の命を守る為に他人の命を奪う。そんな事を平然とできるわけがない。
(ゼアはそれが出来る自分への可能性を怖がっている。私を容赦なく切り捨てる未来があると本気で信じているんだ)
そんな可能性を無くしてあげると言ってその言葉はゼアに届くのだろうか? そんな事を考えているとクリーオスが話しかけてきた。
『君たちの旅は此処で終わるのかい? 港町に戻って何も見なかったことにしてずっとそこで暮らすの?』
「それも……いいかもしれないわね……。」
戻らないと決めていたのにクリーオスの言葉で簡単に揺らいでしまっている。
昨日までの生活を送り、ゼアを見送ってから私も天に召される。何もかも捨ててしまえば、此処から先は悲惨になるであろう旅を始めるよりも心穏やかに生きられるかもしれない。
『僕は止めないよ。旅も楽しみにしてたけどあの町での生活も悪くなかったからね。でも、良いの? これから先、僕らの同胞が人間を沢山殺すのも時間の問題だよ。』
「どういう意味?」
『これから僕達以外の魔石はどんどんと変異していき感情を得るだけじゃなくて欲を満たすように動き出すよ。ハンナは何も知らないと目を逸らし続けることは出来ないと僕は思うけどな。』
その言葉を聞いてハッとした。そうだ私達が動かないと沢山人が意味もなく死んでしまう。-----クロノスはその覚悟で動いているのに。
両頬を思い切り叩き気合を入れてゼアの方を向き直った。ゼアの目は光がともっていなくて見ていて痛々しかった。
「ゼア、行こう。私達が止めないと無意味な死が沢山起きてしまうわ。」
ゼアは下を向いてこちらを見ないけど私の言葉一つで立ち直るなんて思っていない。
「私が無意味な死を引き起こしてしまうかもしれないのに? 」
「そうなったら私が全力で止める。」
そう言うとゼアは私に近づき私の腕を力強く持ち上げた。余りの痛さに顔を歪めてしまったけど視線は未だに瞳に光が無いゼアから逸らさなかった。
「この細い腕で? 今のハンナは子供で私は大人の体を手に入れている。私を殺すことでしか止まらなくなったらどうするの? 」
「もし、そうなったら……一緒に地獄に堕ちようよ。」
その言葉を聞いてゼアの瞳に光が戻った。でも今度は動揺しているのか私から離れるように後ずさった。
「それは……私を殺して後を追うと言っているの? 正気じゃないよ、そんな事。あっていいわけない!!!」
その言葉を聞いて困ったように笑って見せた。
「可笑しなゼア。貴方が先に言ったんでしょ? 死ぬときも生きるときも一緒だって。だったら楽しい事だけじゃなくて悲しいことも分け合っていかないとフェアじゃないよ。……これも貴方が言っていた言葉だけどその気持ちは無くなってしまったの? 」
私の言葉を聞いたゼアは私に駆け寄って抱きしめてまた泣き出してしまった。
「ごめん……一緒に地獄に落ちてほしい。」
「最初からそのつもりだったのに……。ゼアは意外と泣き虫なのね。」
そう言ってまだ泣き止まない大きな子供を背中をさすって泣き止むのを待つのだった。
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