魔石の変質
彼の変りように驚いていたけど私よりもアクアリオ達の方が驚いているようにみえた。まぁ、長年自分の意思が無いと思っていた仲間が感情を露わにして泣いているのだから当然かもしれない。
「何故隠していたんだ? アクアリオ達の反応を見ている限りだと初めて知ったように見えるが。」
「ゼノビアは僕達がどんな存在か知っている? 」
質問を質問で返した彼はゼアの答えを待っていた。ゼアは不満げではあったけど少し考えてから彼女の答えを口にした。
「人間ではない存在。……それ以外に何があるっていうんだ? 」
そう彼女が答えるとエゴケロスは少し残念そうな表情をして今度は私の方を見た。
「ハンナはどう? ゼノビアと同じ答えかな。」
(自分の事を分かってくれなくて失望したのかも知れないけど8歳の女の子に何を期待しているんだろう)
エゴケロスのゼアへ向ける表情に何とも言えない気持ちになりながらも彼が欲していると思われる言葉を口にした。
「クリーオスと話した時は人形が話しているのかと思ったわ。……どこまでも無機質で意思はあっても感情がないと。」
アクアリオを見てから感情は生まれるんだと分かったけどねと言うと、大体は合ってるよとエゴケロスは答えた。
「僕達は感情を持たない。持つ必要が無かったからね。-----でも、僕は最初から感情を持って生まれたんだ。」
その言葉に反応を示したのはクリーオスだった。
『無からは何も生まれない。僕達には感情という概念が無いのにどうやってそれが感情だと理解したんだい? 』
「大地に眠る記憶達が教えてくれたんだ。僕の感じたものに名前を付けるのはそこまで難しい話じゃなかった。」
『君の性質も関係しているんだね。君が感情を持っている事は昔から知らなかった訳だけどそれはソクトティスが関わっているのかい? 』
クリーオスがそう告げるとエゴケロスは最初に先生に言いに行ったんだと答えた。
「美しい景色を先生に見せたいと話せば僕が異質な存在であることに気が付いた。それからは先生の指示に従って君たちの知っている僕を演じて先生の後ろに隠れていた。」
彼の言い方ではまるで感情を持っている事が悪い事のように聞こえた。
それを問いただそうとすればその前にゼアが行動に出ていた。
「感情を持つことの何が悪いって言うんだ。隠す意味が理解できない。」
「感情が欲望に変わるからだよ。理を歪めるほどの力を持った僕達が欲を持てば大体は叶ってしまう。最悪の場合、人の文明は僕達の玩具に成り下がってしまう。」
先生の受け売りだけどねというエゴケロスの言葉に思う事があったのかゼアは黙り込んでしまった。ゼアの表情を伺いながらも彼は言葉を続けた。
「僕はなるべく人に近づかない様に心を殺すように存在してた。人と接触すればどうしたって感情は生まれてしまうから。……やっと眠れたのに目が覚めてしまった時はどうしようと思ったよ。」
ーーーーーどうして彼がそんな思いをしなければいけないのだろう。
アクアリオの言葉を聞いた時と同じような感情になった。何故、彼らは感情を持つことで不幸になってしまっているのだろうとそう思わずにはいられなかった。エゴケロスは私を見て困ったように笑っていた。
「そんな顔をしないで、ハンナ。僕は君たちを待っていたんだよ。」
私に何かあったのかとすぐに駆け付けたゼアはエゴケロスを見定めるように見つめていた。
「スコルピオスを倒すという目的だけじゃないな? 待っていたとはどういう意味だ。」
「僕達は目が覚めてから何かしらの魔石に対する変異が起こっている。その変異を止めるには魔石に戻るしかない。」
エゴケロスの言葉にちょっと待ってと声をかけたのはアクアリオだった。その表情は心なしか悪いようにも見える。
「ハンナ達が来なかったら僕は……あれ以上の事をやったって事? 」
僕のしたことはアンタは知ってるでしょ? エゴケロスにアクアリオが聞くと苦悶の表情を浮かべていた。黙ってはいたけどその表情がその通りだと言っているようなものだった。
「……時間の問題だっただろうね。もう少し遅ければ人間を殺すことに楽しみを覚えていた筈だよ。二人は目が覚めてから魔石に戻るのが比較的に早かったから人格形成で止まっているけど。」
現にスコルピオスはその域に達しているとエゴケロスは話して私達を見た。
「プラネテス砂漠に居たスコルピオスは最初は魔獣を殺した。でも、彼は魔獣では満足出来ずに砂漠を超えてここまで来た。そして町の皆を次々と殺し始めたんだ。」
これに待ったをかけたのはゼアだった。
「そいつは一人で砂漠と海を越えてここまで来たのか? こんな事を言いたくはないが人間を殺すのが目的ならアウルムかエーレに行くと思うんだが。」
エゴケロスは僕もそれは気になっていたとゼアに向かって話し出した。
「恐らくここへ来るように手引きしている者がいる。理由も誰がやったかも分からないけどね。」
その言葉に考えるよりも先に口が動いていた。
「-----クロノスが時の魔術を使ってここへ運んだのだとしたら? 」
その言葉にアクアリオは少し困った様子で私を見ていた。
「クロノスにやられたことを思えば犯人にしたくなる気持ちも分からない訳じゃないけど流石に理由もなくそんな事をする? 」
そうする理由----理由ならあるわ。
「クリーオスは言ったわ、彼は人の死を嫌うって。ねぇ、ゼア。例えば人が死ぬ未来を見たとしたら貴方ならどうする? 」
酷な事を聞いているのは百も承知だ。現に困惑の表情を浮かべて言葉が出てくる様子はない。
「未来視であれば多少の事は変わっても『人が死ぬ』という事実だけは変えられない。私だったらその事実が変えられないならできる限り死者を最小限にすると思う。エゴケロス達が居るって知っていれば私が彼の立場だったら行動を起こす。」
上手くいけば未来で起こる死を無かったことに出来る。彼がもし未来視でアウルムやエーレで沢山の死者を見たのなら納得が出来る。
あくまでも仮定の話だといえばゼアは今にも泣きだしそうな表情をしていた。
「その話が本当であったとして上手くいったとしても、それでも……人が死ぬという事実は変わらない……。無くなるからといってもその時に痛みを受けて苦しむ人が確かにいるんでしょう? 」
(エゴケロスの言葉で確信してしまった)
「ゼア、私達に引き返す道は無い。人が死んで……これからもっと命を落とすでしょう。すべてを救えないなら持てる全てをもって救える人を救わなくちゃいけない。」
私達は手が清らかなまま国に帰ることは出来ない。この旅は残念なことに私達の問題だけじゃなくなっている。-----それでも、私はゼアの幸せを願ってしまうから。
(手を汚すのは私だけでいい)
冷たく残忍な様に振舞おう。ゼアは巻き込まれてしまった可哀想な子供という認識を持ってもらおうと考えていると、ふとエゴケロス達の事を思い出した。
(あぁ、ソクトティス。貴方もこんな気持ちだった? )
感情が分からなくても綺麗なものを共有したいと思ったエゴケロスが大切だと守りたいと無意識のうちに思ったのかも知れない。それがたとえ自分がその人を苦しめたとしてもそう思ったのかも知れない。
居ない相手の事を考えても仕方がないので、これからどうしようかなぁと思っているとゼアが突然抱きしめてきた。
「ちょっと、ゼア!? 何をしてるの!? 」
力強く抱きしめているが、首に顔を埋めてすんすんと静かに泣いていた。さっき、突き放すような事を言った手前慰めの言葉をかけるのに戸惑っていると今度は大きな声で泣き出してしまった。
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