嘘のない言葉、それ以上の意味は無く

「本当に助かったよ。ありがとう! 」


魔獣を討伐すると駆け寄ってきてそう言って感謝してくれたのは耳と足がヤギの姿をした不思議な男の子だった。印象は天真爛漫な感じだけどアクアリオの件があったので私もゼアも警戒を解かずに話しかけた。


「礼は結構だ。そんなことより早く試練を言ってくれ、時間が惜しいんだ。」


「貴方は魔石よね? こんな所で何をしていたの? 」


そう言うと彼はたじろいでしまい、口を閉じてしまった。どうしようと思っているとアクアリオが彼に話しかけた。どうやら彼はアクアリオの存在に気が付いていなかったらしい。


「アクアリオ!! ……だよね?何だか雰囲気変わった? 」


「君の知っているアクアリオは消滅した。記憶は引き継いでいるから話すことに支障はないよ。」


アクアリオの言葉を察するに彼じゃない先代のアクアリオと親しかったのかも知れない。そう思っていると彼はニコッと笑った。


「そうなんだね!僕は今の君の方が親しみやすくて良いと思うよ! 」


(それだけ? 親しかったなら何でそうなったか聞いたりしない? )


その言葉を聞いて思う所もあったけど、私が口を出すべきじゃ無いと思って黙っていた。でも、それはアクアリオも同じだったみたいで彼に対して少し怒っている様にみえた。


「……相変わらず物事に対して関心がないな。そうじゃないと、僕が何でこうなっているのか問いただしたりすると思うんだけど。」


「悲しんでみたところで前の人格が戻ってくるわけじゃないだろう? だったら君をアクアリオと受け入れた方が良いじゃないか。」


彼らの会話を聞いているとアクアリオとクリーオスの会話に似ている気がした。友人と話すように楽しそうに話しているけど彼の言葉は無機質に感じ取れた。

そう感じ取ったのはゼアも一緒で彼に向ける表情はより一層冷たさを帯びた気がした。


「どうやら私はお前の様な奴と相性がとても悪いらしい。手っ取り早く済ませるのがお互いの為だと思うが間違っているか? 」


そう言うと彼は考えるそぶりを見せてから私達を見た。


「ごめん、僕には分からないからこれからの事は先生に聞いてくれるかな。」


彼の他力本願な態度に呆れているとアクアリオはやっぱり変わらないなと言い放った。


「あいつと一緒に居るんだろ? 何であいつがお前の傍にいるのか考えた事はあるか? 」


「そこは前のアクアリオと言う事が一緒なんだね。なら知っていると思うけどもう一回言わないとダメかな。」


言葉は辟易してますと言っているようなものなのに表情は変わらずに笑っていて、そのアンバランス感にぞっとしてしまった。


「先生がいるのに僕が考える必要ってある? 」


自暴自棄や自身の否定にも取れてしまうが、クリーオスと一緒ならその言葉以上の意味はきっと無いのだろう。そう思っているとゼアが信じられないといった表情で彼を見ていた。


「他人の言葉で動いてお前は後悔しないのか? 」


「面白いことを言うんだね。僕達が後から悔やむような事なんてこの世界にあるの? 」


(クリーオスと一緒だわ。いいえ、彼はクリーオスよりも話が通じないかも……)


クリーオスには感情は無くても意思はあった。でも、目の前の彼は自我が薄く、現状を自分で話す事に意味を見つけることが出来ていない様に感じてしまう。表情が豊かな分、歪な部分が目立っていた。


「……この話はやめましょう、お互いに良い思いはしないはずよ。」


あまりこういう話をアクアリオに聞いて欲しくなくて彼にそう言うとあからさまに嬉しそうな顔をこちらに向けた。


「君は話が早くて助かるよ。」


(この人の為に言った訳じゃないからかしら……何故かモヤモヤしてしまうわ。早く話を進めよう)


「それよりも自己紹介をしてくれる? アクアリオはともかく私達は貴方を知らないからなんて呼べばいいか分からないわ。」


私の言葉に思うところがあったのか笑顔で頷いた。


「確かに君の言う通りだ。先生にも話す時は相手に自分を知ってもらう努力をしなさいって言われているからね。改めて僕の名前はエゴケロスだよ。」


彼の言葉にゼアは若干呆れておりアクアリオは面倒くさくなったのかエゴケロスに見向きもしなかった。


「本当に名前だけしか言わないんだな。」


どうやら彼は要求に応じたのにゼアからの反応が良くないことを不思議に思ったようで他に何が必要なのかと問いただした。


「君たちが名前を教えてって言ったのに? 」


間違ったことは言っていないのでエゴケロスの言葉の返答に困っているとお前が先に言ったんだろうとゼアが彼に話しかけた。


「お前の言う先生とやらに教えてもらった『知ってもらう努力』というのは名前を言うだけなのか? 自分を知ってもらおうと思えば自然と相手の事が知りたいと思わないのか? 」


ゼアの言葉にエゴケロスはあまり理解できていないように見えるし、多分理解しようとも思っていない。


「確かに名前という情報は僕達が会話をする時には必要だね。でもそれって、相互理解の話になるでしょ? それってさ僕達には必要? 」


この言葉にゼアは眉をひそめるしぐさを見せた。恐らくではあるけど彼は怒らせたいわけでも話すことが面倒くさいとかも思っていなくて、本当に嘘偽りのない答えなんだと感じてしまった。

取りあえず、このままではゼアと口論になってしまうのは目に見えていたので話題を変えようと話しかける前にアクアリオが会話に入ってきた。


「相互理解の話以前にお前はハンナ達に教える事の出来る範囲が限られている。そういう事はちゃんと分かっているの? 」


アクアリオが言っているのは自分達にかけられている制約のことだろう。確か試練が終わるまでは言えない事が多いらしいけど、その事を理解しているのか疑問に思ったのだろう。


「そういうのは先生に聞いた方が早いでしょ?」


「本当に話にならないな。それより『あいつ』は何処にいるの? さっきからお前の魔力しか感じないけど此処の近くに居たりするなら魔力を感じ取れても良いと思うんだけど。」


その言葉にゼアが疑問を口にした。


「ヒュドールでは近くにいたクリーオスに気が付かなかったのに分かるのか? この港町には魔石の反応は1つだけだった筈だ。」


「前の言ったけど僕達は理を歪めているのが誰だかわかるだけ。あんたら人間と同じように得意不得意は存在する。僕は探知魔術みたいな繊細な魔術と得意じゃないから魔石になっていたら分からなーーーーー。」


言葉を止めたと同時にエゴケロスの方を勢いよく向いた。どうやら私と考えが同じらしいけど彼が言うより先に私が口を開いた。


「ねぇ、エゴケロス。今から言う質問に『はい』か『いいえ』で答えて。5秒口を閉じてくれたら制約に引っかかると判断するから答えなくてもいいわ」


そう言うと分かったよと応じてくれた。少し思っていた事だけど会話の選択肢が少ない方が彼は話しやすいのかも知れない。


「一つ目、港町周辺の理を歪めているのは先生ではなくて貴方ね? 」


そう言うと答えは『はい』で返ってきた。アクアリオの反応を見ると特に表情は変わっていなかったので、アクアリオ達が最初に感じ取っていた歪みの原因はエゴケロスだという認識は間違っていないということだ。


「二つ目、貴方の言う先生は魔石になっているの? 」


この答えには5秒経っても答えなかった。私の憶測が現実味を帯びてきたけど、これが当たっていたとしたら私達はエゴケロスに振り回された事実を認めないといけないので随分と頭の痛い話である。


「三つ目、その姿で町で何か買ったことはある?」


この答えには『はい』で答えた。その姿で人の中に紛れることが出来ているのならそれが理の歪みと考えられる。三つ質問をして殆ど確信している質問をエゴケロスに投げかけた。


「最後に四つ目……貴方、『先生』の魔石持っているでしょう。」


質問の内容と疑問形で聞かなかったことにゼアとアクアリオは驚いていたけどエゴケロスを見るとどうやら私の憶測は正しかったようだ。



彼は『はい』と答えて躊躇いもなくポケットから取り出し、握りしめていたのは魔石と思われるラピスラズリだった。

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