重なる偶然
ゼアを何とか落ち着かせて、ようやく話が出来る頃には私達の就寝時間はとっくに過ぎていた。暴れてしまったゼアも止めた私も疲れ切ってしまったので話し合いは明日となった。
そして翌日、私達は皆で港町から少し離れた森に来ていた。
この展開は予想していなかったアクアリオは不満げに私に話しかけてきた。
「何で話し合いじゃなくてこんなところに来てるわけ? 」
「実はアクアリオと会う前にこの辺に住む魔獣の討伐依頼を受けていたんだ。」
この回答はお気に召さなかったらしくそう言う事じゃなくてと言葉を返してきた。
「どう考えてもこれよりもこれからの話し合いや魔石の探索の方が優先順位は高いよね? 」
「確かにこれからの事を話し合うのは私達には最優先事項だけど、この討伐だってこれからの事を考えると必要な事だよ。」
魔獣討伐は話し合いを避けるために行ってきた部分が大きいけど、それでもただ闇雲に行動をしていたわけじゃない。
「砂漠越えをするためには海路を使わなくちゃいけないでしょ? この港町から出てプラネテス砂漠行くためには陛下から頂いた金額だけじゃ少し心もとなかったんだ。」
「お父様から頂いた金額では少ないの? 」
確かにこの言い方では陛下から頂いた金額が旅の資金として見合ったものじゃないという誤解を招いてしまうので、誤解のないように話さないと。
「陛下から頂いた金額が少ないわけじゃないよ。実際に港に行くだけの金額は手元にあるし、国を出ても考えて使えばしばらくは生活には困らないと思う。」
しかしそれは今までと同じように行動すればの話だ。繰り返しになってしまうけど今回は砂漠を超える為、準備がいくらあっても足りない。そう言うとゼアは気になっていたんだけどと口にした。
「砂漠を通っていくには水や植物が生えていないから遭難した際に助からない確率が高いのは分かるけど、地図やコンパスを準備しても帰ってこれないのは何故? 森で迷った時と何が違うの? 」
ゼアのその言葉にアクアリオは心底呆れたといった表情をしていた。
「冗談でしょ? 分からないであの砂漠を超えようとか言ってたの? 僕はゼアの言葉は覚悟ゆえの言葉だと思っていたけど無知ゆえの言葉だったんだね。」
そう言うとゼアがアクアリオに嚙みつく前に私に話しかけてきた。
「まぁ、この件に関してはハンナも言葉足らずだよね。ゼノビアのこの感じだと死ぬ危険があるって事しか分かってないよ。納得できる理由もなく反対されれば反抗してしまうのが人間だろう? 」
(アクアリオの俯瞰的な話し方はクリーオスの言葉よりも心に突き刺さる気がする)
きっと彼が感情の部分を俯瞰的に捉え、話すからだと思う。
事実、確かにゼアのさっきの言葉とこれまでの態度は私の言葉の足りなさが伺え、私は無意識のうちにゼアに対して意固地になっていた事を反省した。
「確かに何で危険なのか話してなかったね。」
そう言って私は砂漠越えの難しさを話始めた。
「さっきゼアが言っていた内容だけど、まず第一に目印になる物がない。一面に広がる砂漠は森とは比べ物にならないくらいに広いからどこを歩いているのか分からなくなってしまう。」
ゼアは言いたいことがありそうだけど取りあえずは私の話を最後まで聞く姿勢をとってくれた。
「第二に砂漠の砂には魔力が宿らないから魔術師である私に出来ることがあまり多くない。」
「ハンナは自分の魔力で魔術を使っているから関係ないんじゃないの? 」
砂漠での魔術行使は魔術師の本来持つ魔力に依存してしまい、負担が大きくなって魔力枯渇により命を落としてしまう可能性があるって聞いたけど今回の話はそれとは違う。
「私が使っていた探知魔術は物質や地脈を辿るから現在地点の把握をして地図の代わりに使っていたの。ヒュドールへ行く時だって何回か探知魔術を使っていたでしょう? 」
探知魔術で何処にいるのか把握することが出来ないから出発してから何処に居るのか分からなくなるのなんて目に見えていた。果ての見えない景色に魔獣との遭遇、それを考えながら魔力の節約など気を付けつける事を考えだしたらキリがない。
そう思っていると、ゼアが口を開いた。
「探知魔術が使えないのは分かったけど、コンパスを使ったり道具が使えない環境でも星を見れば方角くらいは分かるんじゃないの? 」
(まぁ、そう考えるのは至極当然よね)
今回のプラネテス砂漠の厄介な部分はそこだった。
「何故か砂漠では磁場が狂ってコンパスが使えないの。それでも磁場が狂っている場所に行った調査員はゼアの言う通り星を見て方角を確認して帰ってきていたわ。」
私の言葉に察したのかゼアは驚いた顔をしていた。
「まさか……。その砂漠から星が確認できないの? 」
ゼアが驚くのも無理はない。隔てる物が何もないと言っているのに空を見ることが出来ないと言っているのだから。
「それを調べに行った調査団もいたけど誰一人帰ってきていないから理由は分からないわ。プラネテス砂漠周辺からの空間に異常があるんじゃないかって言われているの。」
「魔石が関わっているとは考えられないの? 」
「数百年前から続いているらしいから魔石が関わっているかの判断は難しいわね。」
プラネテス砂漠周辺についての情報は殆どが憶測でしかないのでゼアの質問には曖昧にしか答えられなかった。そんな私に業を煮やしたのかアクアリオが話し出した。
「あれは自然現象だよ。まぁ、一種の事故みたいなもので発生したものだから理を捻じ曲げてできたものじゃないよ。」
「事故?そんな言葉で片付けられる事なのか?」
ゼアの言葉にアクアリオはアウルムとエーレの土地の所為だからと言った。
「どちらも魔力の高い土地だから、その真ん中にあるプラネテス砂漠に影響を与えているんだ。イオンの花が植えられてからはマシにはなったけど、それまでの空気中の魔力濃度は今では考えられないくらい濃かった。」
「空気の魔力濃度と星が見えないことに何の関係があるんだ? 」
「溶け込んだ魔力は空気より軽いから上に上がっていき、それが砂漠一面の空を覆い隠してしまう層になった。それが何百年と続けば空にある層は厚くなるんだから視界に影響を与えるに決まってる。」
アクアリオの言葉は長年にわたり討論してきた事象の答えだ。その事に感動していると彼はジト目で私を見つめていた。
「何?その表情。」
「あと数十年は解明されないと思っていたから驚いてしまったの。でも、私達にこの事を教えてしまっても良かったの? 」
「これくらいは想像が出来てたんじゃないの? こんな簡単な事をずっと考えていたなんて魔術師は暇なんだね。」
「何人かはアクアリオの言葉と同じことを言っている人はいたけど、証拠が無いと結局は机上の空論に過ぎないからね。今はそれを立証出来るだけの魔術は確立されていないから。」
その言葉に思う事があったのか彼は渋い顔をした。
「そうか、まだそこまで魔術の文明は発展してなかったか。悪いけどこの事は誰にも言わないでくれる? 」
そう言ったがアクアリオは一つ誤解している。私は彼をしっかりと見据えて言葉を返した。
「分かったわ、貴方がそういうのならそれが1番良い判断だと思うし。」
そう言うと彼は何とも言えない顔をしていた。彼の表情の意味が分からなくて戸惑っていると突然ふわりと身体が浮いたので振り向くと、ゼアがムスッとしながら私を抱き上げていた。
「えっと、ゼア? これは一体どういう状態かな? 」
「アクアリオだけ構っているように見えた。私だけ仲間外れは良くない。」
そう言って抱きしめる力が強くなったけど私はそれどころじゃない。
(何だろう……。凄くむず痒い感覚がする…)
慣れない感覚にソワソワしていると私達を見たアクアリオはげんなりしていた。
「ゼノビアからハンナを捕ったりしないよ。大体……。」
途中で話すのを止めたと思ったら勢いよくとある方向を向いた。彼の視線は依頼されていた魔獣の住処の方角だった。
「ちょうど良かった。ゼノビア、そのままハンナを抱えて走ってくれる? 」
そう言うとゼアは私を抱えなおしてアクアリオと共に走り出した。ものすごい勢いで走る二人はあっという間に目的地に着き、目の前に広がる光景にアクアリオは困惑したように笑った。
「ハンナ達は本当にツイてるね。次の魔石がこいつなんて。」
そこには魔獣に襲われている耳と足がヤギの男の子がいた。
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