消える過去、消したくない思い

クロノスにはいろいろ言ったものの、私だってあの会話でどこに行くかくらい予想は出来ていた。


しかし、今この目の前の風景は全くの予想外だった。


ゼアに至ってはここがあの町なのかどうか来た道を振り返って、また町を見てと同じ行動を繰り返していた。


「本当にここは私達がいたヒュドールなのか……!? 」



ゼアが驚くのは無理もない。何故なら3年前に私が訪れた時と同じヒュドールの栄えた風景と全く同じだったのだから。




町に入ると、私たちは魔力を通して会話をすることに決めた。

こんな事は町中で堂々と話せないし、この会話を聞き取れるくらい魔力を持っている人が居るなら恐らくはあんな事にはなっていなかったのでは、と言うのが私の意見である。


私はゼアと手をつないで魔力を共有して離れて歩くクロノスと会話をしていた。


【信じられないな。本当に私達がいたヒュドールとは思えない】


【本来ならこれが今なお広がっていた筈だ。だが、アクアリオという世界の理すら変える存在によってあの廃れた町になっていた。】


その言葉を聞いて素直に聞き入れることは出来なかった。


だって、間違いなく彼を歪めてしまったのはこの町に変わりないのだから。

この話を長引かせたくなくて話題を変えることにした。



【つまりは、理を変えていた魔石の存在が消えてしまったから元に戻ったって事? 】


【魔石が関わっている空間は因果律が正しく働かない。そして、魔石が消えれば因果律も元に戻って、魔石が起こした事柄は無かったものとして書き換えられる】


【だから記憶が改ざんされる前にヒュドールを離れたのね。あのままヒュドールに居たら少なからず影響は受けていたって事でしょう? 】


これからの旅も改ざんされる前に移動系の魔術を町に入る前にかけた方か良さそうだと思っているとふと疑問に思った事を聞いてみた。


【瞬間移動系は結構使っているから今回みたいに酔う様な事なんてめったにないんだけどあれはどんな魔術なの? 】


【話すと長くなる】


【それはそれとしてぜひ聞いてみたいけれど、ざっくりと説明って出来たりする? 】



すると、声が聞こえなくなってクロノスの方を見ていると考えこんでいた。どうやら真剣に答えてくれるみたいで嬉しくなった……嬉しくなった?



【いや、嬉しくなんてないから!!】


【何を喜んでいるのか知らないが、簡単に言うと、0,001秒先の未来へのタイムトラベルをしたという感じだな。恐らくは、時間酔いしたんだろう。0,001秒で酔っているなら長時間の時間旅行はお前には無理だろうな】


クロノスの憎まれ口に言い返そうとすると、私の前に屈んでお菓子を渡そうとしている男性を見て身体を硬直させてしまった。


それに気づいたゼアが声をかけてきた。


【こいつが領主様か? 】


【……うん】



その言葉にクロノスもピクリと反応していた。そんな事に気づかない領主様は温厚そうな表情を浮かべて私に話しかけてきた。



「見ない顔だね、旅行者かな? ヒュドールへようこそ。お菓子は好きかい? 私の屋敷にはヒュドールのお菓子が沢山あるから良かったら来ないかい? 友達への良いお土産になると思うよ。」


うーん。と悩むふりをしてゼアに話しかけた。


【確認したいことがあるの。ゼア、協力して】


【アクアリオの事か。確証はあるのか? 】


【それを確かめに行きたいの。杞憂ならそれで構わないけど、人は簡単になんて変わらないから】



私の返答を返す前にゼアが微笑みながら領主様に話しかけた。


「こんな高価なお菓子をもらえる機会なんてないですから大変うれしいお話ですわ。けれど、私の妹はとても恥ずかしがり屋で……。私もついて行ってもよろしいかしら? 」


すると、あからさまに顔を引きつらしていた。


「いや、お菓子をお渡しするだけなのですぐ済みますので……。30分くらいで妹さんはお返しさせていただきますよ。」


【へぇ、30分ね……】


クロノスの言葉もそうだけど、私たちはこの領主がもう黒だと確信していた。


【こうやって、人を騙しているのね。行くなら別れた後、警備兵たちを連れて屋敷に向かう】



ゼアとの話が纏まりそうな時にクロノスが会話に入ってきた。


【おい、此処の領主はこの町の人に随分と信頼されているそうだが、うまく出来るのか? 】


【ゼアと決めた事だから口を挟まないで。私……。こいつだけはどうしても許せない】


会話からして初犯ではないだろう。


きっとアクアリオ以外にも被害に遭ってしまった子はいるはず。ならここで終わらせるべきだ。


【全てが消えてしまっても、アクアリオの悲しみをなかったことになんてさせたくないから】


話を終わらせると出来るだけ恥ずかしがり屋な子供らしく振舞い領主に声をかけた。


「えっと、じゃあ……行きます。おねえちゃん、お菓子をたくさん持って帰ってくるからね。」


そう言って私は領主と一緒に屋敷行の馬車に乗り込んだのだった。




領主の屋敷に着くと奥の部屋に案内されて部屋に入るとソファに座るように促された。

少し待っていると沢山のお菓子が運ばれてきて使用人は直ぐに出て行ってしまった。


「わぁ、美味しそう!食べてもいいですか? 」


「あぁ、勿論。その前にーーー。」


そう言って私はその男に押し倒された。


「領主様……。一体何を?」


「今から私と秘密の遊びをしよう。遊びが終わったらお菓子を好きなだけ食べていいし君のお姉さんの分も沢山包んであげよう。もう一度言うが、これは秘密の遊びなんだ。君のお姉さんにも言ってはいけないよ。」


そう言って私の足を撫でてきた。怖くないかと聞かれると怖いとは思う。だけどーーー


「貴方の事を信じてついて行った子たちはもっと怖かったはずだわ。」


そう言うと、ピタっと動きが止まった。


「おや、意外と賢い子なんだね。残念だけど、分かっていてももう遅いよ。だーれも君を助ける人なんてこの屋敷にはいないんだから。」


そう言って私の体をなでる事を再開した男に怒りが爆発した。


「観光に来た子供を狙うなんて姑息な真似してんじゃないわよ!あと、行動全部が紳士の風上にもおけないわ!!くたばってしまえ、このペドフィリアくず男!!!」



私の言葉にカッとなったのか頬を殴ってきた。



「このガキ……!痛い目に合わないと分からないみたいだな。泣いたって止めてやらねぇからな!!」


もう一度こぶしが振り落とされることに目をつむって備えたが聞こえてきたのは男のうめき声だった。


目を開けるとゼアが男を押さえつけていた。


「私の大事な人に手を挙げたからには無事で済むと思うなよ。」


しかし、押さえつけられた男の目は私たちをあざ笑うかのように見ていた。


「馬鹿が! 俺はこの町の領主だぞ? お前たちとはこの町における信頼の差が違う! 言ったって信じてなんてもらえないだろうよ!! 」


何処までも最低な発言をする男にゼアは冷ややかな目で見つめていた。


「そうか。だが、その信頼は私の方が上みたいだぞ。ちゃんと周りを見てみろ。」

う言われて、男が前を向くと男の周りを警備兵が囲んでいた。


「そんな……。これだけの兵を動かせるなんてお前は一体何者なんだ……? 」


「名乗るほどの者ではないが、これを見たら理解できるか?」


そう言ってゼアが取り出したものは王家の紋章が入ったブローチだった。ようやく状況を理解した男は顔を白くさせて口をパクパクと開けていた。



「私は国王陛下とは懇意の関係だ。書類にきちんとお前の外道極まりない行いを書いておいてやる。朝日が拝める処遇になるといいな? さぁ、こいつを連れていってくれ。」


そうゼアが言うと、警備兵は侮蔑の表情を男に向けながら連れていってしまった。




あれから私達は国王陛下に出す書類を書くためにヒュドールの宿に止まっていた。


そして、クロノスの姿を探したけどこの町には居なかった。


(まぁ、予想はしていたけど。)



此処の宿の女将さんは最初、信じられないといった表情を浮かべていたけど、私の頬の痣を見てからは私に親身になってくれた。

頬の手当てをしてくれたのもこの宿の女将さんだ。


ゼアは国王陛下に出す書類の最終チェックをしており、わたしはベッドに腰かけながらそんな彼女を見ていた。


「宿は情報が回りやすい。あの男の行いの噂が回るのはそう時間もかからないでしょう。」


そう言うと、ゼアはじっと私の方を見た。


「どうしたの? もう書類は書き終わった? 」


「もう終わった。でも、殴らせたのは証拠を残すためだったのね。あんな魔力も持っていない男に後れを取るのはおかしいと思ったの。」


「うん。ああいう人たちは言い逃げだけは得意だから。もし、私が手を上げていたら親切にしたのに暴行された!って、言い張るでしょうね。その光景が目に浮かびます。」


そう、と相槌を打つゼアに言っていなかった言葉を思い出した。


「ゼア。私の我儘を聞いてくれてありがとう!」


そう言うと、ふ、と笑ってこちらを見た。


「ハンナの我儘はいつだって人の為だろう? それにこれで少しはアクアリオの気も晴れるといいが……。」



きっと、彼の傷は直ぐには癒えたりはしないだろう。それは体験したからこそ分かるものだ。


「でも、これも結局は私のエゴだから。だからこそ、この我儘に付き合ってくれて嬉しかったよ。」



そう言うと、ゼアは私の座っているベッドに腰かけてきた。


「言ったでしょう、私はハンナと信頼しあえる関係になりたいと。お互いに我儘を言い合える関係もまた信頼の形ではないかと私は思うけど、ハンナはどう思う?」


「うん。私も……。私もそんな関係を作っていきたいと思うよ。これからも困難な事が多く待っていると思うけど、二人で乗り越えていこうね。」


そう言って微笑むとゼアもまた笑って頷いてくれた。


残りの魔石はあと10個。これからどんな旅になっていくのかと二人で思いを馳せつつ、一つの夜を超えていくのだった。

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