あからさまな悪意

アクアリオが魔石に戻った後、直ぐにその異変は起こった。


突然地面が揺れ始めゼアも私も立っていられなくなってしまった。

すると、何故か揺れの影響を受けていなかったクロノスが私を抱き上げてからゼアを立ち上がらせた。



「待って、揺れが収まるまで動かない方がいいよ!」


「待っていたら修復に巻き込まれるぞ。」



クロノスがそう言って後、次に感じたのは大きな浮遊感だった。初めての感覚に私は意識を失ってしまった。




どれくらい気を失っていたのか分からないが、少しの眩暈を感じながら起き上がった。


「う……。頭痛い……。」


辺りを確認するとヒュドールに入る前に通った森の中だった。


私が意識を取り戻したことに気が付いたのかゼアがこちらに向かって走ってきた。

どうやら、私が起きるのを待っていたらしい。


「気がついて良かった! こめかみに切ったような傷があるから無理に身体を動かさないで。」


「あれ? こんな所を切っていたんだ。」



頭には包帯が巻かれていて、あの時は必死だったから傷が出来た事にも気付かなかった。


そんな事を思いながら魔法具の懐中時計を取り出した。

時計には2時を指し示す場所にアクアマリンが埋まっていて、それを見ていた私にアクアリオの事を説明してくれた。



「クリーオスの話では魔力を使いすぎたようだから、魔力を通しても答えてくれるのは3日ほどかかるらしい。」



「……そっか。ありがとう、ゼア。」



そうやってゼアと話しているとクロノスもこちらに来ていた。



「随分と親し気な仲になったんだな。先ほども思っていたがお前は人を懐柔するのが得意らしい。」



その言葉に反応したのはゼアで、剣を抜き切っ先をクロノスに突き付けていた。


「元を正せばお前が私達をこんな状態にしたのだろう? こんなにも早くお前に会えたのは運がいい。さっさと元に戻せ。」



「俺がそんな事をすると思っているのか? 」



「お前に決める権利はない。あるのは私たちを元に戻す事か死ぬかの選択だけだ。」



術をかけた人がいなくなればその術も解ける筈なのに、彼の表情を見ているとやけに余裕があるように見える。



「貴方の顔には戻すことも死ぬこともしないって選択肢を選んでいるように見えるのだけど違うわよね? 」



そう問いかけるとクロノスは鼻で嗤った。



「随分と俺には冷たいな。アクアリオの様に慈悲をくれたりしないのか?」


クロノスはどうやら私を怒らせたかったみたいだ。


「ゼアが手を下すまでもない。私がこの男の命を奪うわ。」



そう言って魔杖を出現させて臨戦態勢を取った。


「俺の事を殺せるのか? お節介女。」


「少なくとも前よりはうまく出来るつもりよ。痛かったらごめんなさいね? 」



お互いが肌を焼くような殺気を出しているところに、またしても場の空気を読まない声が聞こえてきた。


「ハンナ~、クロノスを殺しても君たちにかかっている魔術は解けないよ。」


その声の主はやはりクリーオスだった。しかし、今回は姿が無く声だけしか聞こえない。

緊張感が抜けて懐中時計を取り出してクリーオスに話しかける。


「姿は見せてくれないの?」


そうやって問いかけるとクリーオスは前が特別だっただけだよと言った。


「具現化はとても魔力を使うんだ。本来はこうやって会話をするのが通常だと思ってくれていいよ。」


「うん。また、こうやってお話しできるなら私は嬉しいわ。」


クリーオスとの関係が経たれたわけじゃないことに嬉しさがこみあげてきたが、そんな私をお構いなしにクリーオスは話を続けた。


「クロノスにかけられた術の事だけど、簡単に解除出来る魔術じゃないんだ。」


「アクアリオの水瓶のような感じなの? 」


魔法具の解除方法を学んだゼアは率先して話を聞こうとしている。

きっと早く知識を自分のものにしたいのだと思う。


「そんな感じだと思ってもらって構わないよ。そしてクロノスがかけた魔術は特別でね、僕達の力を使ってじゃないと無理なんだ。」


「言っただろう? この懐中時計はかけられた魔術をリセットする物だって。」


クリーオスの話すことを聞いて、クロノスがかけた魔術はもしかしたら、世の理に反する魔術なのかもしれないと思った。


だって、条件が厳しすぎる。もう聞く機会が無いかもしれないからクロノスに直接聞くことにした。



「貴方を殺しても解除できない理由は分かったわ。だからこそ私たちは聞く権利があると思う。貴方が世の理を捻じ曲げてまでしたいことって何なの?」


その言葉を聞いて少し目を見開いたかと思うと諦めたように口を開いた。


「俺が何故、アクアリオをあの場所で動きを止めることが出来たと思う? 」


なぜ今、その話をしてくるのか分からず首をひねっていると私の答えは期待していなかったようで、そのまま話を続けた。


「それは、俺があの場所で起こることが分かっていたからだ。俺が止めなければお前の左腕が吹っ飛ぶ未来を見た。」


クロノスの言葉に仰天する。それってつまりーーー


「貴方、未来視が出来るの!? だったら、貴方に負荷がかかっているんじゃ!? 」



驚きと焦りにより落ち着かない私にゼアは質問を投げかけてきた。



「未来が見えるのは確かに凄いことだけど、何をそんなに焦っているの? この男の話では本来はハンナの腕がなくなってしまっていたのでしょう? 未来を変えることが出来て良かったはずよ。」



そう言うゼアに私はこの男の行動の危険性を説明した。



「時間の魔術が発展に至らないのは因果律がかかわっているからなの。その因果律を変えてしまったら違う誰かにその因果が行ってしまう。」


「つまり、私が怪我をしなければ怪我をすることは無かったはずの違う誰かが怪我をするってことなの。」


説明をし終えるとじっとゼアがクロノスの方を見ていた。


「お前がハンナを無条件で助けるとは正直に言って思えない。お前は自分に負荷がかからないと何かしらの自信があったのではないか?」



するとクロノスがふぅと深く息を吐いた。


「流石は将来を期待された姫と天才と名高い魔術師だ。少し話せば全体を理解してしまうことに悔しがればいいのか、話が楽になったと喜べばいいのか分からないな。」


それから、私達をじっと見て答えた。


「お前たちのいう事は大体あっている。実際に見た方が早いと思うから今から行くぞ。」


「え? 行くって何処に? 」

そう言うと、呆れたような顔をされてしまった。


「理解は早いと思っていたが、俺の思い過ごしだったようだ。」


クロノスは本当に私に喧嘩を売らないとお話が出来ないみたいだ。


「私は貴方ではないし貴方は私ではない。信頼も何もないのに貴方の考えを常に考えてたくなんてないし、動きたくないわ。」


そう言って彼を睨みつけながら言葉を続けた。


「貴方の中で話を自己完結しないで。私もゼアも何の知識も入れる暇なく貴方のせいで国を追い出されてしまったのだという事も考えて発言してほしいわ。」



その発言は彼を不機嫌にしてしまったようで舌打ちをしてから歩き出してしまった。その態度に呆れていると、ゼアがこそこそと耳打ちをしてきた。


「そんな態度で接するなんて珍しいな。ハンナのそんな態度を見るのはちょっと新鮮だなって思ったって言ったら怒る? 」


ゼアの窺うような視線にさっきまでの苛立ちが消えて思わずクスクスと笑ってしまった。


「そんな事では怒らないよ。ただ、私たちの命を奪おうとした事実が私の彼への態度をそうさせているのかもしれないね。」



そう言いながら私達は彼の目指す目的地まで歩くのだった。

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