第2の試練達成と本当の気持ち


「え!? あの水瓶が本体なの!? じゃあ、あの男の子は一体……? 」



正直、アクアリオと深いつながりのある水瓶だと思っていたけどまさかあっちの方が本体だなんて思いもしなかった。



「あれは分身体だよ。本来であれば、動くことのできないアクアリオの手足となって動くだけの存在だった。どういう訳か本体の方のアクアリオの意識は消滅してしまったのは感じていたんだけど、分身体に自我が生まれていたんだね。」



(クリーオスが言っていた魔石が変質しているってこういう事だったのね)



クリーオスがそういうとアクアリオが話し出した。



「そう……起きた時には、本体の方の記録と『来たる時』を待つことしか僕には植え付けられてなかった。あてもなく彷徨っていたら僕に声をかけてきた人がいた。それがヒュドールの領主だった。」



話す姿がやけに子供らしいと思っていたけれど、彼は本当に生まれたばかりの子供だったんだ。



「『心配だから』と領主は僕を屋敷に置いて食べ物と寝床をくれた。それからしばらくして、水源が可笑しいことに僕は気づいたんだ。」



「あの現象を引き起こしたのはお前ではないのか?」



そう問いかけるゼアにアクアリオは無表情で見つめていた。


「……。水源の近くで魔物が住み着いていたんだ。かなり大きい魔物だったから被害が出ない様に少しの間だけ水源を止めた。」


「倒した後に直ぐ元に戻そうとしてたら水源が止まったことに気づいた領主がお城の方へ向かって行くところを見かけた。僕は解決したことを説明しようと思って話しかけに行ったんだ。」



彼の言葉を聞いてある仮説が思い浮かんだ。

もしこれが当たっていたとしたら余りにも悲しい話だと思いながら話を聞いていた。



「そしたら領主は何したと思う? 話も聞かずに僕の頬を叩いたんだ。『お前の仕業だろう』という言葉から始まり数々の罵倒を僕に浴びせた。確かに僕だって何も言わずに出て行ったから彼が落ち着くまではと耳を傾けていた。」



あの時、ゼアに怒られて反論しなかったのではなくて出来なかったのだと悟った。

恐らくはその時の記憶がフラッシュバックして思うように行動できなかったのだろう。



「僕を殴った後、領主はこう言ったんだ。『可愛がってやろうと思って屋敷に置いたが、とんだ疫病神を拾ってしまった』てね。『僕』には分からなかったけど、『アクアリオ』はその言葉の意味を知っていた。」


そう言い終わると無表情だった彼が静かに涙を流していた。



「……僕が言葉の意味を理解した時の気持ちがお前らに分かるか? 」



そう質問をしてきたけど、答えなんて初めから聞く気が無かったんだろう。私達が口を開けるよりも先に10本は軽くを超えるだろう水の剣が頭上からこちらにめがけて落ちてきた。


(間に合わないっ……! )


咄嗟にゼアの腕を引いて覆いかぶさるような体制を取って衝撃に備えた。

しかし、落ちてくるはずの剣は私達の目の前で形を崩して霧雨の様に私達に降り注がれ、アクアリアは拘束されていた。

一瞬の事に動けずにいると、アクアリオは魔術を展開したと思われるクロノスを見つめていた。



「お前……何で……? 」


そう問いかけるアクアリオにクロノスが答える。


「お前は本体の知識でしか俺がどういう存在か知らなかった。俺がどんな人間か知っていれば俺を此処に置いておくはずがない。―――良かったな。消える前に覚えることが出来て。」



その言葉を聞いてタガが外れてしまったのだろう。

アクアリオは笑いだし大声で叫びながら魔力を大量に練り上げていく。



「そう、そうなんだ! 結局は皆、保身と欲望を大事にしてるだけだ!! 領主は僕を慰み者にしようとした。町の皆は自分より弱い人間が欲しいだけ!! 何が心配だ!? 何が力になりたいだ!? そういう『お人好し』って呼ばれる奴は皆、自分が気持ちよくなりたいだけの自己中な快楽主義なだけのくせに!! 」



彼の心からの叫びに何も答える事が出来なかった。

私たちに話した事は彼の実体験であり、彼の在り方を歪めた原因なのだろう。



(私がアクアリオの嫌いな人に見えていたのなら、あの時いったいどんな気持ちで話していたのだろう)



そう考えているとクロノスがかけた拘束魔術がアクアリオの魔力によって壊されそうになっていた。



「魔術は魔力だけでは解くことは出来ないのではないのか!? 」


先程とは違う光景にゼアはクロノスに問い詰めた。そんなゼアの問いかけに煩わしそうにしながらもクロノスは答えていた。



「うるさいな。それは人間か使う魔術の話であって、こいつらに当てはめるな。それにこれは所詮時間稼ぎのつもりだった。早くその水瓶を壊せ、そうしたらあいつは魔石に戻ってこの茶番は終わりだ。」



その言葉を聞いて、慌てて待ったをかけた。

二人共表情は険しく、破壊すること以外の案はきっと通らないだろう。



「情けをかけるな。あいつが無知だったから人間が生きていれば受けたかもしれない不幸を勝手に受けただけだ。」


「そうかもしれない。でも、彼と話がしたいの。破壊しないでとは言わない。水瓶の破壊はクロノスの魔術が切れるまで待ってほしい。」



そう言うと、クロノスはあからさまに顔をしかめていたが、クロノスが口を開く前にゼアが口をひらいた。



「水瓶の破壊は私がする。怪我をしないと誓えるのなら行ってもいい。」


「いや、あのアクアリオの状況で怪我を一つも負わないのは無理があるかな……。」



その言葉にムッとした表情を浮かべていたが、ため息をついて言葉を続けた。



「死ぬような真似は許さない。必ず生きて戻ると誓って。それが出来ないなら今から水瓶を破壊する。」



ゼアなりの了承の言葉に嬉しく思うと同時に、時間が無い事を思い出した。


「クロノス! あとどれくらいで魔術が破られる!? 」


折れる気のない私を見てクロノスはゼア同じくため息をついた。



「恐らくは5分程度だろう。」


「うん。ありがとう!」



そう言って私はアクアリオの元へと走り出した。


タガが外れたように叫んでいたアクアリオは動けない体で色んな所に魔術を打っていて、その姿は癇癪を起こした子供のように思えた。


打ち付ける魔術を搔い潜って、もう少しでアクアリオに近づけると思っていると目の前に鋭くとがった水の刃が飛んできた。



(躱してしまったら、多分もうアクアリオには届かない)



届かないと思ったのは彼への体の方か心の方か分からない。

いや、きっとどちらも当てはまる。それを思うと同時に当たる覚悟でアクアリオの元へと飛び込んだ。


必然的に抱きしめる形となってしまい、アクアリオは一瞬動きを止めたがまた暴れだしてしまった。



「ふざけるな! ふざけるな! なんだよ今更、そんな事頼んでなんかいないんだよ! 」


「そうだよね、ごめんね。」



そう言って首に抱き着いていた腕を背中に回してポンポンと軽くあやすように叩くと今度こそ彼は動きを止めた。



「そうやってご機嫌を取ろうとしてるんだろ? 」


「だって、子供が泣いてるのを放っておくことなんてできないから。」


「お節介なんだよ。僕に消えてほしいって思っているくせに。」


「それは……。ごめん。」




「―――いいよ別に。僕の結末はこれって最初から決まっていたんだし。」




その言葉を聞いて私はあやすことを止めて思いっきり抱きしめていた。



「そんな悲しいこと言わないで……。辛いってことを言うのを諦めないでよ。私にいくらでも言っていいから。」



気が付くと私は涙を流していた。


だって、こんなにも純粋な気持ちを持っているこの子の最後が報われないで終わってしまう事実が余りにも酷すぎると思ったから。



「―――泣かれるとどうしたら良いか分からないんだけど。」


「泣いてない!」


「いや、泣いてるでしょ。……お前の考えている事なんて全然理解が出来ないけど、僕の為に泣いてるって事は分かるよ。」



そう言ってアクアリオは私の背中に腕を回した。



「この町の人たちに喜んで欲しかったんだ。優しく声をかけてくれる人たちだったからさ。」


「うん。」


「皆の為に頑張ったのに、誰も褒めてくれないんだ。それが、凄く寂しくてさ。きっと僕が初めて感じたのは『寂しい』だった。だって、そんな思いしたくなくて頑張ったんだから。」


「うん……っ。アクアリオは凄いよ……!良く、頑張ったね……っ!!」


彼が聞きたかったはずの言葉を言うと、アクアリオは抱きしめる力を強めた。


「何で僕……最初から、あんたに会えなかったんだろ……。悔しいな……。」


そう言って泣き出すアクアリオを強く抱きしめた。


それと同時にアクアリオを拘束していた魔術か消えて行くのを感じ、そして、水瓶が割れる音が響いた。



「ねぇ、お願いなんだけどさ。僕が消えるまで抱きしめてくれる? 魔石に戻る感覚ってどんな感じなのか分からくて怖いんだ。」



そう言うアクアリオの事をぎゅっと抱きしめなおした。

私のその行動にふはっとアクアリオは笑っていた。



「魔石に戻るのは怖いけどさ、あんたとの旅はちょっと楽しみだよ。これからよろしく、ハンナ。」



そう言って彼は私の掌の中でアクアマリンの魔石になった。




―――最後に見た彼はとても柔らかな表情をしていた。




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