本音と建前

息が大分整ってきたので、未だに状況が理解できていないであろうアクアリオに話しかけた。


「制限時間は私の息が続くまでだったよね? つまりは、脱出が出来たら水瓶を破壊する方に参加しても良い筈よ。だって私の息はまだ続いているもの。」



アクアリオはぎりぎりと歯ぎしりをしている表情を見て『怒り』の感情を抱いているのだろうと思った。


初めて感じた感情が『怒り』とは中々に同情できる部分ではあるけれど、それを引き起こした私が言ったところで火に油を注ぐだけだろう。



「それで、答えてくれるの?アクアリオ。」



そう言われたアクアリオの瞳はギラギラと私を見つめていて本能的に危機感を感じた。



「そうだね。制限時間は君の息が続くまでだから、僕がここで君の息の根を止めてしまえばそれで試練は終わりだ!! 」



そう言ってまた魔術を使おうとしたのだろうが、アクアリオが魔力を練り上げるよりも一歩早く駆け付けたゼアによって抱えられて、水瓶を置いてある付近まで移動した。



「ゼア、ありがーーー」



お礼を言いきる前にゼアは私を思いっきり抱きしめて震えていた。



「ハンナが生きている……。良かった……。本当に良かった……!! 」



泣きながら私に縋っているゼアを見て私も抱きしめ返した。



「うん。心配かけてごめんね。私はゼアを置いて死んだりなんて絶対にしないから。」



暫くの間、ゼアの背中をさすっていると少しは落ち着いたらしいアクアリオがこちらに話しかけてきた。




「有り得ない、お前じゃ絶対にあれは破れないはずだ。どんな手を使ったんだ。」


「私の未来が見たいと言ってくれた羊さんが助けてくれたの。」



その言葉で察したのか苦い顔をしていた。



「クリーオスの奴か。余計なことを! 」



そんな事を言っている隙にそっと水瓶の方を確認する。何故ならゼアが壊そうとしている水瓶に少し違和感を感じていたからだ。




(ゼアが持っている剣は沢山の加護を施されたものよ。その剣で魔法具を壊せないなんてどんな材料で作られているの? )



壊すのに条件がある魔法具も存在するので何とも言えないけど、それにしたってあの剣で傷も入らないのは少しおかしな話だ。



ゼアが私の行動を察したのか身体を放してアクアリオに剣を構えて視線をゼア自身に向けさせてくれた。



その間に解析を進めたがとんでもない結果が出てきた。



(これ……。先に魔術を解除しないと壊せないタイプの魔法具だ。そういう条件で作られていたからゼアの剣でも壊せなかったのね。)



クリーオスも言っていたけど魔術は制約を重んじる。


だから、どれだけの力があっても力任せで制約を覆すことは出来ない。



最も、作ったのはアクアリオだと思うので余計に制約が厳しかったのだろう。


(でも、おかしいわよね。ゼアに魔術は使えないから水瓶の解除は出来ない。それなのにアクアリオはゼアに壊すように言った。それってつまり……)



「最初から試練をクリアさせる気なんてなかったという事さ。」



そう言って目の前に現れたのはクリーオスだった。





姿を現した事にびっくりしていると、横に居たゼアも同じように驚いた様な表情を浮かべていた。




しかし、先程のクリーオスの言葉を思い出したのか怒りを露わにしてアクアリオと向き合った。




「どういうつもり!? 出来もしない試練をさせて魔石に戻らないというつもりだったのか!? 」




ゼアの言っている事が恐らくはアクアリオの本心だろう。

戻ってしまえば今まで興味を抱いていた人間たちの鑑賞は出来なくなってしまうから。



でも、それを指摘されたアクアリオは歯切れが悪そうだった。



そんなアクアリオの態度はゼアの怒りを増幅させるには十分だったらしい。



「いや、お前の考えている事なんて最早どうだっていい!! 私たちを騙してハンナを殺そうとした時点で殺そうとした事実に変わりない!! 」



「違っ……。そんなつもりじゃ……。」



先程から明らかに違う態度に困惑していると、怒りで我を忘れているゼアにはアクアリオの変化は分からなかったらしく未だに激昂していた。



「人間を水の中に閉じ込めてその言い分が通じると思っているのか!? 息が続くまで!? 試練と言った後お前はハンナを見もしなかった! 死んだって良かったのだろう? ハンナの事は最初から嫌悪の目で見ていたのを私は知っている!! 」




責められても何も言い返してこないアクアリオが気になったがそんな二人に割って入ったのはクリーオスだった。


「ゼノビア、君の言い分に一つだけ訂正させて。アクアリオはハンナを殺す気なんてなかったよ。」


意外にもクリーオスから出た言葉はアクアリオを擁護する言葉だった。



「所詮はお前も仲間を庇いたいだけだろう! そんな話、信じられるか!! 」


「庇っているんじゃなくて事実を言っているんだよ。ハンナの意識が無くなれば水から伝わる脈の速さで分かるからね。」


その言葉を聞いたアクアリオは射殺さんばかりにクリーオスを見つめたが、やはり彼はそんな視線を何ともないとでも言うように受け流していた。


「そこまで分かっていたなら何で僕の邪魔をした?」



「殺すつもりが無くても試練をクリアさせるつもりが無かったのは事実だからね。両者共に有利不利は公平あるべきだと思っただけだよ。それに、君は人を殺せるようには出来ない『設計』がまだ入っているよね? 」


クリーオスはこんな事では嘘を付かない。

だとしたら、人を殺せないのにこんな事を目的は何なのだろう。


「本当の目的は何? 貴方のやりたい事の意図が全く分からないわ。」


「言ってもゼノビアと同じで僕の事なんて信じてなんてくれないだろ。」


取り付く島もない態度を示しているが、正直言ってクリーオスよりは会話が成立すると思っていた。


(クリーオスよりも感情的な態度を取ってくれるから分かりやすいし、水の渦から出た時の私への態度やゼアに怒られてからの表情を見ると、こちらが素のアクアリオなのかもしれない)


初めて会った時には感情が無いに等しいクリーオスは正論ばかりを話していたけれど、もしかしたら、起きた年月がクリーオスよりも多いから自覚無く感情を覚えているのかもしれない。


「気づいてないかも知れないけど、貴方さっきからずっと不安そうな顔をしているの。何がそんなに怖いの?」



その言葉に初めて自分の気持ちを自覚したのかぽつと話し出した。



「だって、お前たちが怒るから……。殺しても無いのにそんなに怒るなんて思っていなかったから……。」


そうアクアリオが言った時にこの町で起こした事件の詳細が見えた気がした。


「町の人にもそうやって怒られたから、あんな口から出まかせを言ったの?」


そう言うと、やっぱりこくんと頷いた。


(いたずらをして気を引きたかったのかしら? )


そう思うとやはり何処か子供じみている。クリーオスと同じ立場ならもう少し物事を達観していても可笑しくないのに。そう思っていると突然アクアリオが水瓶の方を見た。


(え、魔力解除したのが分かったの!? )


先程、ゼアに隠れて水瓶を調べていた時に解除の魔法陣を水瓶に使いバレない程度に魔力を注いで魔術を解除していたけど先程、水瓶にかけられた魔術を消し終わった。


魔力が解除されている事はその魔法具に触らないと分からないはず。


それに気づいたアクアリオが怒りを露わにしていた。


「やっぱり、信じるんじゃなかった……。お前だって、ゼノビアたちと同じ!僕が邪魔で消えて欲しいんだろ!? 」


錯乱して話を聞いてもらえそうにない。


アクアリオとの折り合いがついたらゼアに解除したと報告しようと思っていたのに。

すると、クリーオスは水瓶の方をみて何でもない様な感じで驚きの言葉を口にした。



「言い忘れていたけど、アクアリオの本体はあの水瓶だよ。」

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