小さな虫と傲慢

突然流れてきた魔力に乗せた声を探ると何と魔石となっていたクリーオスからだった。


魔石になったのに、こんな事が出来るなんてと驚いてしまったけどクリーオスと同じ動作をして話しかけてみた。



【クリーオス、この状況を打開できるの?】



魔力を通した声で尋ねると驚いたように話しかけてきた。



【凄いや、僕と同じことが出来るなんて。ハンナはとても魔力のコントロールが上手いんだね。】


【このくらいは出来て当然。冷やかしに来ただけなら話しかけないで。】



この危機的状態の私をどこか他人事の様に話しかけるクリーオスに当たるように話してしまった。



しかし私のそんな態度を気にすることもなく、やれやれと言って話しかけてきた。



【僕はあいつとは違って、非生産的な事はしない主義なんだ。息が出来るようになっていることに気づかないかい?】



そう言われて、息が出来る事に気が付いた。



息苦しくない事実に気が付かないほど気が動転していたのと同時にそのことを考える余裕もなかったのだと自覚をした。


【突き放すように言ってしまってごめんなさい。後、助けてくれてありがとう。】


【お礼を言われるようなことはしてないけどな。アクアリオに僕が手を貸しているってバレるのは時間の問題だし。】


そう言われて、アクアリオにバレる可能性を考えて目を閉じ、顔をしかめて耐えている振りをし出来る限り少ない魔力量を魔石に流し込んでクリーオスに問いかけた。



【助けてもらってこんなこと聞くことじゃないと思うんだけど、今この時点でアクアリオにバレてるってことはないの?】


【うーん。魔力の感知能力は君より低い筈だからこの渦に込められた魔力量以上を出さなきゃバレないと思うよ。】



随分な危機管理能力だと呆れていると、どうやらその声も届いていたようで仕方ない心理だよと言ってきた。


【僕たちに自己防衛は設計されてない。それはこの世界において身を守るべき相手がいないからだ。君は小さな虫に対して刃物を突き付けたりするかい?】


クリーオスの話を聞いていると益々価値観の違いを思い知らされる。


私たち人間を下に見ているけど、本当に悪意なんて無くこの魔石達は純粋に私たち人間を他の動物と命の重さを同じに見てるのだろう。


【そうね、普通は突き付けたりなんてしない。でも、その小さな虫が自分を殺せるほどの毒を持っていたら私はその虫に刃物を突き立てるわ。】


大きな力を持つゆえだろうか、自分を危機的状況に追い詰めるものがないと彼らはきっと思っているのだろう。


【どんなに無害に見える存在でも、脅威になる。アクアリオにこんな状態にされて改めて思い知ったわ。だって私もアクアリオが貴方の言う小さな虫と思っていたから。】


私が『こんな子供に後れを取ったりしない』と思ったから私もゼアも戦況が不利な状況になるまで気付かなかった。


私は自分の傲慢さゆえに自分の力を見誤り、アクアリオという毒に刺されてしまったのだ。


だけど、それはアクアリオだって同じだろう。


【今度は私が彼に教えてあげないと。貴方が捕まえた虫は立派な毒を持つ害虫だって。】


そう言って微笑むとその言葉を聞いたクリーオスの声は少し高揚しているように思えた。


【さっきから感じた事のない感覚がずっとだ。君が突き進んでいく先には何があるんだろうって。僕ですら思っているのならゼノビアはこんな気持ちをずっと感じているのかな?】



やけに沢山話すなぁと思っていたけど、私を少し認めてくれたような気がして益々この事態の解決へやる気が出てきた。


【それは私も気になるわ、直ぐに此処を出て是非ともゼアに聞いてみましょう。】


【あ、結局ゼノビアの事その呼び方になったんだね。】


そのことを話していると長くなるので咳払いを私の方から話を切り出した。


【それで、この水の中から脱出する方法はあるの? 】


【あれ? それはもう気づいているものかと思っていたけど。僕と話しながら器用にこの魔術の解析をしていただろう? 】


そこまでバレているのなら、尚更アクアリオにもバレているんじゃないかと少し不安になった。



【ねぇ、本当にアクアリオに今の状況がバレてないの?】


【バレていたら真っ先にハンナに僕が流す魔力を相殺してると思うよ。アクアリオが興味あるのはゼノビアだけだから。もし君の魔力に気づいていても状況を何とかしようとしてるなぁ程度には考えているとは思うけどね。】


本当に甘く見られているんだなと思うと同時に今の現状を考えると納得が出来た。


【魔術自体は凄く単純なものだけど使っている魔力量が膨大で、とてもじゃないけど私では相殺できないわ。】


恐らくは生命力を削ったところでこの水の渦からの脱出は不可能だろう。


それを分かった上でクリーオスのあの言葉なら、ちょっと私を買い被りすぎではないだろうか。


【それとも、貴方がこの魔術を相殺してくれるの? 】


【僕は他の試練に干渉できない設計をされているから、僕にアクアリオの魔術は解けないよ。】


どちらの魔石からも必ず『試練』という単語が出てくるけど詳細は聞かされていなかった。


実際、魔石に戻る条件くらいにしか思っていなかったけど、どうやら各々で盟約みたいなものがあるらしい。


その話も気になるけど、今は後回しだ。


【じゃあ、どうやって脱出すればいいの? このままでは最悪の場合、私の命がつきてしまうわ。】


【いや、命は保証されていると思っていいよ。僕達の動向に気づいてるクロノスが何の干渉もしてこないって事は少なくともアクアリオの味方ではないし、彼は人の死を嫌うからね。】


クロノスが私達の行動に気づいている事も驚きだがクリーオスの言葉に驚きを隠せず問いただしてしまった。


【彼が人の死を嫌うですって? 彼はゼアを殺そうとしたのよ。いや、その前にアクアリオも貴方も彼の事を知っていたの!? 】


【それはクロノスにしか答えられないね。さぁ、早くここから出る準備をしよう。】


私の質問を受け流してそう言ったクリーオスは私に流す魔力の量を少しずつ大きくしていった。


【今、僕の魔力を君の魔力へと変換している。この水の渦と同じ魔力量になったら相殺してね。ちょっとでもタイミングがずれたらアクアリオも流石に分かるからチャンスは1回だけだよ。―――頑張ってね。】


そう言ってどんどんとクリーオスの魔力が私の魔力に変換されていく。

失敗は許されない状況ではあったけど不思議と心は落ち着いていた。


(だって、ゼアと一緒に居れなくなる未来の方が怖いもの。その未来を見続ける為に私はここで失敗なんてしない! )


あと少しで相殺できる魔力量になる事を確認して魔法陣を展開する準備に入る。


きっと、アクアリオも私のやろうとしていることに気づいたのだろう。

こちらを振り向いたけどもう遅い。


アクアリオが追加で魔力を注ごうとする前に私を取り囲んでいた水は私を拒絶するかのようにはじけ飛んで行った。


(やった! 成功した!! )


そう思っていると私の前に影が出来たので見上げると其処にはアクアリオが立っていた。


「お前……。どうやってあそこから出た?」


クリーオスによって途中からは息が出来ていたけど、やはり最初は息が出来なかった事ととんでもない魔力を使ったので息がなかなか整わないが、これだけはどうしてもアクアリオに言わなければと思い、息を大きく吸った。


「どう?人間ごときに出し抜かれた気持ちは。」


そう言われたアクアリオの顔はひどく屈辱に満ちた表情をしており、人間らしい表情をしているなと思った。

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