真実が物事の本質とは限らない
少年の言葉に反応したのはゼアだった。
「町を救う? 町の人たちは皆が笑顔で私達に接し、困っているようには見えなかったが? 」
その言葉に男の子の表情が暗くなった。
「皆、言いたくても言えないんです。こうやって過ごしていれば被害に遭わないから。」
「化物って言っていたけど本当にいるの? この町で見た事ないけど。」
私が話の催促をすると、あからさまに嫌悪の表情を示した。町の一大事に興味関心だけで首を突っ込まれると思ったのかもしれない。
(この子の判断と私に向ける感情は間違ってない。ひとまずゼアに聞き取りをしてもらっている間にこの子の話を纏めてみよう)
少し距離をとろうと後ろに下がると、悲鳴が聞こえてきた。
慌ててゼアの方を向けば、少年の胸倉を掴んでゼアに視線を合わせていた。そうなると当然、少年は足が地面についてない状態だった。
「この町は本当に私を不愉快にすると思っていたけど、お前が一際特別に私を不愉快にさせる。助けてほしいと願ったのに何故お前は助けてくれる人を選ぶ立場にいるんだ? 」
少年をギロリと睨みつけ、声のトーンがいつもより低い。ゼアの言動に私は困惑を隠せないでいた。
(何がゼアの怒りの琴線に触れてしまったんだろう? )
ゼアの怒り具合に驚いて動けないでいたけど、声が出ないで震えていた少年が見えたのでゼアに慌てて駆け込んで胸倉をつかんでいない腕に縋りついた。
「ゼア! この子が苦しんでいるから手を放してあげて!! 」
そう言うとゼアは渋々といった表情で彼から手を放した。その拍子に尻もちをついた彼に手を差し伸べて話しかけた。
「信じて貰えないかも知れないけど、遊び感覚で聞いているわけじゃないわ。会話には参加しないからお話を聞かせて貰えないかな? 」
そう言うと、意外にも彼はこれから話すことに疑問があれば答えると言ってきた。
「そこまで思ってくれているのに、その親切を仇で返す真似を僕はしたくありません。どうぞ、僕の事はリオとお呼びください。」
そう言って事の発端を話し出した。
「その怪物が現れたのは3年前です。」
何と事件が起こったのは私がこの町を訪れた後すぐだった。
「ある日、本当に突然全ての井戸から水がなくなりました。町の人は大慌てで生き残っている水源を探して領主様は直ぐに助けを求めてこの町から出て行きました。」
ずっと疑問に思っていた問題は直ぐに解決してしまったがまた別の問題が浮き上がってきた。
その問題にゼアが質問をした。
「この町に領主が居ない理由は分かったが、何故今も領主がこの町に戻ってきていないんだ?」
ゼアがそう言うとリオの表情が曇った。
「領主様が出て数日後、何とかかき集めた水で凌いでいると突然噴水広場にあの水瓶が現れました。そして、そこには人ならざる存在が立っていました。」
『人ならざる者』とその言葉に反応を真っ先に示したのは、またしてもゼアだった。
「人とは違うと何故分かった? そいつは人の形をとっていなかった? 」
「僕は生まれつき魔力を感じることが出来ました。人の形を取ってはいましたが人からは感じた事のない魔力量を感じました。」
リオがそう答えるとゼアは黙ってしまった。先程からリオを見る目が厳しい。そのことに気づいていないのか、もしくは敢えて気が付かないフリをしているのか平然とした態度でリオは話を進めていった。
「その人は水瓶に集まる人達に『枯れた水源の代わりを用意した。私を崇め信仰深く生きよ』と言いました。」
「それで町の人はあんな風になってしまったの? 」
そう言うと、リオは首を横に振った。
「勿論、最初は皆信じていませんでした。みんなが犯人扱いをして水源を元に戻せと怒りを露わにしていました。」
その言葉に少し安心した。しかし、ただ崇めよと言われただけでこんなにも怒っていた人たちが何故と思ったけど、先程、リオの表情が曇った事を思い出した。
「まさか……、その人が領主様を?」
そう言うと、彼は首を縦に振って言葉を続けた。
「その人が出したのは、血に濡れた領主様のコートでした。信仰が足りないから天罰がくだったのだと。それを聞いた人たちは恐怖で暴れたり、泣き出したりと悲惨な状態となりました。」
考えていた最悪の場合が当たってしまった。
助けを呼びに行った領主様はお城に着く前に命を落としてしまい、町の皆は人ならざる存在によって心を傷つけられた。
「しかし、その存在は混沌とした状況の中言ったのです。『これは在りし日の試練だ。耐え抜くことが出来たらお前たちは歴史の体現者となる』と。」
ゼアはその言葉を聞いて呆れたようにため息をついた。
「結局そいつに騙されただけじゃないか。普通に考えて自分を害する存在を信じられるものなのか? 私には理解が出来ないないし、したいとも思わないが。」
そう言ったゼアに一応はフォローを入れておく。
「多分だけど、そうなるようにその存在は動いていたんだと思う。領主様の死を肌で感じて思考はかき乱されていたと思うから、その時にほんの少しだけでも希望が見えると縋りたくなる気持ちは私には分かるよ。」
そう言うと、ゼアは困ったような顔をしてから水瓶が置いてある場所へ歩いて行った。
「ゼア? 一体何を……。」
何とゼアは広場にある水瓶を剣で壊そうとしていた。
「何を……一体何をしているの!? それを壊してしまったら、この町の人たちは本当に死んでしまうかもしれないわ! 」
急いで駆け寄りゼアを止める為に水瓶の前に立った。しかし、ゼアの表情はとても冷ややかだった。
「だったらなおさら壊すべきよ。こんなものがあるから世迷い事を信じてしまう。現実を突きつければ流石に目も覚めるよ。それとも、ハンナは怪物とやらを討伐しに行くというつもり? 」
「……そうだと言ったら? 」
その言葉にゼアは静かに首を横に振った。
「それは無い。少なくとも私の知るハンナは優先順位を間違えたりしないはずだから。」
ゼアの言うとおりだった。
私とゼアは何としても元に戻るために魔法具に使う魔石を見つけることが最優先順位であり、怪我のリスクを負ってまで助ける理由は無い。
(目の前に手に入れなきゃいけない魔石があるのに、怪我の可能性のある行動をする義理は無い。でも、何か他に出来ることがある筈……)
打開案を考えようしてるのは、町を思ってでも彼を思ってでもなく、ただ生まれてしまった罪悪感を消してしまいたいだけだと理解していた。そんな態度を見てリオ何を思ったのか悲しそうに微笑んでいた。
「良いんですよ、ハンナさん。彼女の言う通り僕たちは目を覚ます時なのかもしれない。」
そう言ってゼアに水瓶の破壊を促していたけど、その言葉に違和感を覚えた。
(何故だろう、さっきまでのリオの言葉より軽く感じてしまう)
そう思っていると、後ろから足音が聞こえてきたので町の人たちかと思って慌てて振り返ると思ってもみなかった人物が立っていた。
「何で此処に……? 」
其処に居たのは私とゼアをこんな風にした張本人が立っていた。いつでも反応できるようにゼアの前に立ち、魔杖を構えた。
「貴方には聞きたいことが沢山あるわ。取りあえずは、何でここにいるのかしら? 私達にかけた術を解いてくれる気になったとか? 」
男は私が警戒していることが何ともないようにこちらに近づいてきた。
「俺はお前らに話すことなんてない。ただこの聞くに堪えない茶番を終わらしにきただけだ。」
その言葉にカチンときて思わず強く言い返してしまった。
「茶番?この町の人が死ぬかもしれないこの状況を茶番ですって?」
その言葉に男はため息をついた。
「どうやらお前は筋が通る話は疑いもしないんだな。いや、気が付かないフリをしていたのか、それとも単に興味が無かっただけか? 」
「……あなたには関係ないでしょう。」
「茶番というよりは一人劇か? そこのお姫様は気づいていたぞ。こんなくだらないものに付き合っているのか俺には理解できないがな。」
そう言って彼の視線の先リオを見ると、其処に居たのはこの町を憂う影は無く、ただひたすらに愉快そうに笑う男の子だった。
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