盲信は救いになりえるか

ご飯を食べて準備をしていたら、出発はお昼過ぎになってしまった。



「中央の噴水広場に水源が集まっているのよね? 」


「はい。きっとそこに町がこんなにも廃れてしまった原因がある筈です。」



そう言って私達が向かっている最中奇妙な光景を目の当たりにした。

広場に向かっていく人達は全員が水瓶を持っていたけど、町の人たちの表情が妙に気になった。


その光景にゼアも違和感を抱いたらしい。



「水源が広場にしかないから水を汲みに行くのは可笑しな事とは思わないが、何故町の人たちの表情はこんなにも明るい?」



そう、この町はかつて色んなところから美味しい水が汲めた栄えた町である。急に生活水準が落ちれば身体や精神にストレスを感じたりするはずなのに。



(実際、ゼアは3日野宿をしてかなり疲弊していた。近場で手軽に汲めた水を遠い広場まで汲みに行かないといけないから身体に相当なストレスがかかっている筈なのに)


水不足を進言しなかった事、そして町の人たちの表情。

この二つには原因の繋がりがある可能性が高い。


町の人に詳しく話を聞かなくちゃいけないと思い、横にいるゼアに話しかけようとしたけどゼアは町の男の人と話していた。




気のせいだと思いたいけど会話している雰囲気は良くないように感じる。




(絶対に、誤解を生む話し方をしてる!!)


そう思って急いでゼアの元へと走っていった。



「ゼア! 何の話をしていたの? 」


町の人に怪しまれない様になるべく無邪気に話しかけるとゼアは何とも言えない顔をしていた。



「前に来た時と雰囲気が違うと指摘しただけだ。良くもそこまで(生活水準が)落ちても笑っていられるなと。」



やっぱり誤解を招く話し方をしていたが、その言葉を聞いても町の人はあっけらかんとしていた。



「まぁ、前の暮らしを知っている人から見たらそう思ってしまうよな。」



意外な言葉にここかへ来てから引っかかっていた事を話してみた。



「その、気を悪くしたらごめんなさい。私達が来た時はお水が沢山あったから驚いてしまったの。急にお水が無くなってびっくりしなかったの? 」



8歳の時の口調を思い出しつつ、問題の本質に触れた。



私が何を聞きたいか分からなくても、この人がその当時にどんな感情を抱いたかでどう行動したかの予想を立てることは出来ると思ったからだ。


しかし、またしても私の期待していた答えとは違う言葉が帰ってきた。



「うーん。びっくりはしたけどそれだけだな。あそこにある水瓶が見えるだろう?あれのおかげで俺たちは生きていけるし問題ないかなって。」



余りの楽観さに私は呆然としてしまった。


そんな私をゼアは町の人たちに呆れた顔しながら一旦宿に戻るために手を引いて歩き出した。








宿に戻るともう一度状況整理をすることになった。


「ごめんなさい、ゼア。私のせいで調査が中断になってしまいました。」



スカートの裾をぎゅっと握りしめた。

あの時、町の人たちが事の重大さに気づいていない事実に頭が真っ白になって動けなくなった。



「全員があの男と同じ思考ならあの水瓶を調べることは難しかったと思う。ああいう奴らは生活を維持したいだけだから可笑しな行動をしたら私たちが袋叩きにあうと思う。」



ゼアの言っている事は理解できる。


彼らは維持したいだけで、もっと言えば生命活動に支障がなければ問題ないのだろう。



「でも、早く問題が解決しないと近いうちにもっと酷い状態になってしまう可能性が高いですよ。それは、町の人たちが一番分かっている筈なのに。」


「それが分かっていないから、あんな楽観的な発言が出来るのだと思う。」



広場で見たものは、噴水があった場所には水瓶が置かれており間違いなく魔法具だった。


「恐らくは、何かしらの理由で水源から水を汲めなくなってしまい、あの魔法具が置かれたのだと思います。」



あの魔法具が水問題の原因なら町の人たちはもっとあの魔法具に負の感情を持っていても可笑しくない筈だから。



「確かに考え方を変えれば楽観的というよりは依存に近い。そう考えると、あの水瓶はこの町の人にとっては神みたいなものなのかもしれない。」


「ヒュドールは信仰によって救われたと言われた町だから余計に再来だと思い込んで、栄光の日を待っているのかも知れないですね。」



私自身で言葉にして腑に落ちた。



そうか、彼らは今の状況をヒュドールの歴史通りだと思っているんだ。

だから、熱心に信仰して現状を耐え忍んでいる。苦しんだその先には栄光があると本気で信じているのかもしれない。そう結論付けるとゼアはため息をこぼした。



「やっぱり、神頼みは好きになれない。私には現状を変える努力を別の方向にしているようにしか見えない。」


「あくまでも、これは憶測です。まだ決めつけるのは良くないと思います。」


「彼らのあんな姿を見ても本気でそう思う? 」



その言葉に返すことが出来なかった。先にそう思ったのは間違いなく私だから。


「彼らは……。きっと、私たちが思っている以上に疲れているんだと思います。どうしようもなくて……だから笑って自分を誤魔化して、いつしかその感情が本物になってしまったのだとしたら……。」



この町の人の気持ちはこの町に住む人にしか分からない。全てが憶測の域を出ないけど、当たっていたとしたらやるせない気持ちになる。



「取りあえずは、あの広場にあった水がめを調査するしかないですね。」



そう言うと、ゼアは顔をしかめた。



「そうは言っても、先に言ったと思うがあそこを調べていると私達は敵認定をされる可能性が高い。昼過ぎに行っても全然町の人は水を汲みに来ていたけど人が居ない時間帯なんてあるの? 」


夜遅くに行っても出て行った私達を宿屋の人に怪しむだろうと言って、私の意見を待っていた。



「行くとすれば早朝でしょうね。」


調べられる時間はとても少ないでしょうがと付け足すと、きょとんとしていたので説明を始めた。


「1ヶ所しか水を汲める場所が無いので、1日分の水を纏めて汲んでいるのでしょう。個人差はありますが、1回で必要量を汲むことは出来ない。だから、お昼になっても必要量の水を確保出来ず汲み続ける光景は珍しくはありません。」



実際、私があの魔法具を作り出すまでは水汲みをしていたから大体の生活時間は把握できるはずだ。



「1日の行動パターンがどの国も共通ならその水の量は次の日の朝の支度までの筈です。それ以上は置く場所も無いですしね。」


「私達は観光客を装っているので、皆が朝支度をしている隙に早く目が覚めたから散歩に行ってくると言って宿を出ればいい。」



説明を終えると私の話に納得がいったみたいで賛成してくれた。



「では、早朝にあの魔法具を調べに行こう。」



その後は、早めに寝る準備をしてから明日に備えることになった。





そして、早朝に宿を出て広場に行ってみると思った通り広場には一人も町の人はいなかった。


「ハンナの推測通りね。」


「推測が間違ってなくてよかったですが、時間が無いのも確かなので手早く魔法具の確認を急ぎましょう。」



速足で行ってしまったゼアを追いかけると、もう何かを見つけていたようだ。


「水瓶の中央にアクアマリンが埋まっているがこれは魔石よね? クリーオスの様な魔石だと思う? 」



そう言われて、埋まっているアクアマリンを観察する。

純度の高い魔石でいうとクリーオスの魔石と同じだがどこか引っかかる。



私の反応に気づいたのかゼアが声をかけてきた。



「何かおかしな点でもあった?」



そう言われて、違和感に思ったことを口にした。



「魔力の純度からみてクリーオスの魔石と同じものだと思います。けれど、込められている魔力がそれぞれ違うと仮設してもクリーオスの魔石と比べたら余りにも魔力量が少なすぎます。」



もう少し調べて見ようと手を伸ばした時、走ってくる足音に気が付いた。

私たちは緊張感の中振り返ってみると其処にいたのは今の私と背丈の変わらない男の子だった。



「この時間に此処にいるって事はこの町の人じゃないよね。」



その言葉にどう取り繕うか考えていると、男の子は意外な言葉を口にした。





「お願いします!どうか、この町を怪物から救ってくれませんか!? 」

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