己の罪は他者の優しさで隠される

 クリーオスがルビーの魔石に変わった後、懐中時計に吸い込まれていく様に少しの隙間も無く時計の4時を指す窪みに埋まった。



「見た感じはただのルビーにしか見えないけど何か感じる? 」



 姫殿下は魔石の埋まった懐中時計をしげしげと眺めながら、私に質問してきた。



「クリーオスには似たような魔石は存在するのか聞きましたけど、これを見た後には同じ質問は出来ないですね。魔石に籠っている魔力の純度がこれほど高いものを私は見た事がないです。」



 こんな魔石は早々お目にかかれないとかそんなレベルじゃない。

 このレベルの魔石を作ろうと思ったら恐らくは、早く見積もっても100年以上はかかるだろう。



 巨大な神木が大きくなっていくようなそんな速度だと思った方が良い。



「私の城や叔父上の所にある魔石でも? 」


「エヴィエニスにある魔石を軽視しているわけではありませんよ。ただ、この魔石が物凄く特別な魔石なだけです。」



 そう言うと姫殿下はじっと私の方を見ていた。



「どうかされました?」


「その言葉使い……。」



 そう指摘されてハッとした。


 今は素性がバレないように姫殿下に砕けた態度を取るように命令されていたのをすっかり忘れていた。



(クリーオスの時は元からバレていたから素で話していたけど、これからは気を付けないと)




 己の未熟さに呆れていると、姫殿下はしゃがみ込んで私に視線を合わせて下さった。


「その言葉使いの方がハンナは落ち着く? 」


 怒ってはいないようだけど、なんだか不思議な質問をしてきた。



「そう、ですね? 前も言ったと思いますが砕けた口調は恐れ多いですし、余りそういう言葉使いをしないので。」



 親しい間柄だとその限りではないのだけど、話す人は自分よりも目上の人が多かったので自然と今みたいな口調になってしまっているのだと思う。


「クリーオスと会う前よりも会ってからの口調の方がハンナの表情がほぐれていた気がした。そっちの方が話しやすいならその口調で構わない。」


「姫殿下……。」


「私は言ったわ、信頼を築き上げたいと。ままごとみたいな貼り付けたものではなくてお互いが信じあえる関係に私はなりたい。だから、偽らないで欲しい。悲しいも楽しいも共有したい。」


 彼女の瞳にはハッキリとした強い意志を感じて本気なのだと自覚した。

 そして、此処まで姫殿下は感情を露わにする人だったんだと驚いてしまった。



(私にこんなに寄り添おうとした人は姫殿下が初めてかもしれない)



 私は思いに応えるように姫殿下の手を両手でギュッと握った。



「不束者ですが、これからも旅の同行をお願いしますね。姫殿下!! 」



 その言葉に姫殿下は微笑んだが直ぐにむっとした表情をした。



「姫殿下は却下。素性がバレてしまうし、私が嫌。」


「う、素性がバレてしまうのは確かにそうですね……。では、以前話していたように姉様と呼ばせていただきますね。」


「嫌、ゼノビアと呼んでほしい。」



 いきなりハードルが高くなったのですが!?







「そういえば、次の場所は決まっているの? 」



 そう言いながら姫殿下は野菜のスープとパンを食べていた。



 説明をして移動しようとは思ったのだが、森を抜ける前に日が暮れてしまうと思ったので野営の準備をすることになったのだ。



「目星はつけています。3日程はこの野営が続くと思いますけど大丈夫ですか? 」


「ハンナが野営の準備をしてくれるから騎士たちと訓練をした時より余裕があるわ。

これらはハンナが作った魔法具なのでしょう?」



 そう言って私が持っていたリュックを確認するかのように見つめていた。



「町で暮らす人たちの助けになればという思いで作ったのですが、こういう場合にも使えるなんて思っていませんでした。」



 確認していたのは私の作った魔法具達だ。


 庶民は井戸から水を汲んだり、生活区が狭いため食料をため込んでおける倉庫もないので必然的に一日の出来る範囲が限られてしまう。


 そこで考えたのがこの皮袋で作った魔法具だった。

 食料が保管できる食物庫や水がめになる比較的安価な袋と魔石を用意して、その袋内を魔石に魔術式を書き込み、様々な環境に適応できるように整えて袋内にスペースを作ることに成功した。


 少しだけれど国民の食糧問題が解決し、私の名が国に広がった。

 姫殿下の生誕祭に呼ばれる栄誉を手に出来たのもこの魔法具のおかげでもある。



「この袋は無限に物が入るの?」


「空間は水で出来た結界で出来ていますので限りがありますよ。最初にとても大きな水の箱を作って、その箱を皮袋の形に合わせて小さくして入れただけだと思って下されば大丈夫です。」



 そう言って説明すると眉をひそめてしまった。 私の説明が分かりづらかったかな?



「これがエヴィエニスでしか流通していない理由は分かる? 」



 姫殿下が急に私の目下の悩みである魔法具の対応について話してきた。


「え? それは、現時点でこれを作れるのは私しか居ないからですよね? 」


「そう、これらはハンナしか作れない凄いもの。だから、他の国にはこの存在は伝えていないとお父様は言っていたわ。」


 言いたいことが分からず困惑していると姫殿下は話を続けた。



「ハンナは国民の為に作ったものだけど、興味を強く示した騎士団などの軍事部が話をしているのを聞いてしまったの。この袋を使えば武器庫になるし、今みたいに使えば兵力を保ちながら他国への進軍は格段に容易くなるだろうって。」



 その言葉を聞いて勢い良く立ち上がった。



「私、そんなつもりで作ったわけじゃない!!」



 呼吸が乱れて興奮状態になってしまった私を見てそうでしょうねと姫殿下は言った。



「私が言いたいのは、ハンナにそんな気持ちがなくとも物の在り方は大きく変化するという事よ。これからの旅で隠さないといけないのはハンナ・バーベナという優秀な魔術師であると自覚して。むやみな言動はハンナ自身を危険な目に晒す行為になるわ。」



 私の作ったものが国の均衡を崩しかねないと言われて言葉を失った。

 疑問というよりは何でそこまで思い至らなかったのかと己の不甲斐なさにどうしようもない気持ちになる。



(国益を考えたらそうなるのは当たり前よ。そこまで考えられなかった私の落ち度だわ)



 そんな私を見て姫殿下は少し動揺したような表情をしながら口を開いた。



「違う。私はそんな顔をして欲しくて言ったんじゃない。」



 姫殿下もそうだと思うけれど他の人が自分より動揺していると人は冷静になれるらしい。



「私はハンナに傷ついて欲しくないだけ。本当にそれだけなの。」


 その言葉を聞いて、私がどんなふうに生きてきたか思い知った。



 私は多分、人を信じることも寄り添う事もしてこなかった人間だ。

 私自身を非情な人間とも思ってはいないけど、私は姫殿下みたいに人にぶつかって気持ちを伝えた事なんてない。



そして、それは姫殿下も同じだと思った。



(きっと無意識に抑え込んでいたんだろうな)


 私と姫殿下の違いはそこだと思う。

 だって、姫殿下はこんなにも人を思いやれる人なのだから。



(まだ8歳の女の子なのに……)



 成長した姿と発言が余りにも大人びていたからつい忘れてしまう。

 これから色んな感性を学んでいくはずだったのに、いきなり大人になることを強要されているのと変わりない。



(演じなくちゃいけなくて、しんどいのは姫殿下なのに)



 私は何を弱気になっていたんだろうか。



 私は、私だけは姫殿下の味方でいなくちゃいけないのにそれを姫殿下に見せられて分かるなんて。



「すみません。少し弱気になっていました。」



 そう言うと、姫殿下は困ったような顔をしていた。



「責めているわけじゃないの。これからの行動でハンナが狙われる危険性を言いたかっただけで、」


「分かっています。姫殿下が私を心配してくれている事も、私の味方でいようとしての言葉だって言うことも。」


「だから、励ましてくれてありがとう。ゼア。」



 そう言ってにっこりと笑うと、ゼアはポカンとしていた。



「ゼアとは私のこと? 」



「貴方はゼノビアと呼んでと言いましたが、残念ながらこの国では姫殿下と同じ名前を付けるような度胸のある人間は居ません。つけるとなったら、貴方が王位を退いて数十年後か今だったら少し名前を変えてつけるかでしょうね。」



(姫殿下は信頼を築いていきたいと言った時からから私の事をハンナってきちんと呼んで、証明しようと努力している。それが信頼の一歩なのだとしたら私だってそれに応えたい)



 いい考えかと思ったけど反応が無いのでちょっと不安になる。



「えっと、少し慣れ慣れしすぎましたかね? やっぱり姉様の方が良かったでしょうか? 」



 さっき言った通り、ゼノビアとは呼べないのでやはり姉様がいいかと思っていたら勢いよく抱き着いてきた。



「ゼア! ゼアと呼んで!! これからはゼア以外で呼んでは駄目だからね!! 」





 そういうところはやっぱり子供だなあと思いながら抱きしめ返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る