第1の試練達成と古代魔法
思っていた以上に勢いよく泉に飛び込んだのでクリーオスに捕まりながら口に手を持っていき、目を強く瞑って息を止めてしまった。
そんな私に声をかけたのは姫殿下だった。
「手を放して大丈夫、息が出来る。それよりも前を見ないときっと後悔するよ。」
姫殿下の言う通り手を放してみると、きちんと息が吸えている事実にほっとした。
手を離した後、ゆっくり前を向くと其処には幻想的な風景が広がっていた。
「綺麗……。」
城下町には海が近くにないので水の中を見る機会は川や湖になるが、こんな深くまで潜ったことが無かったから新鮮な気持ちになった。
どんどんと深く潜って行き水面が遠くなっていくのを感じているとクリーオスは話し出した。
「僕……この場所を知っているよ。なんで今まで忘れてしまっていたんだろう。」
「この場所がクリーオスの思い出の場所なの? 」
300年近く眠っていたのだから、思い出の場所を詳しく覚えていなかったのかもしれないと思っていると、またしても驚きの言葉を口にした。
「そう、僕は大切な人にここで待っていて欲しいって言われたんだ。だから僕はこのイオンの花畑の近くで眠っていたんだ。」
「え、クリーオスは此処で今まで眠っていたの!? なんで今まで森の中にある泉の違和感を感じなかったの?」
そう言うと、しばらく考え込んで言いづらいといった表情をしていた。
「最近起きたって話はしたと思うんだけど、目が覚めた時は此処とは全く違う森の中にいて記憶もあやふやだったんだ。僕が覚えていたのはイオンの花畑だけだった。」
だからクリーオスはイオンの花に執着をしていたのかもしれない。
自分が今まで何をしていたか分からずその記憶しかないのであれば、藁をもすがる思いだった筈。
(クリーオスが感じた気持ちは『不安』だったのかもしれないわね)
だから自分の存在証明の為にクリーオスはイオンを探すとこに命を懸けていいと言ったんだ。
自分が何のためにここにいるのか分からないという感情なら理解できるし、そう思うと少し切ない気持ちにもなる。
クリーオスの話を聞いて姫殿下は少し考えるそぶりを見せてから私に話しかけてきた。
「条件下の場所に来なければ思い出せない様なそういう記憶操作の魔術は存在するの? 」
「私も考えましたけど、今の魔術には脳への直接的な干渉を行うには相当な魔力コントロールを必要とします。」
その言葉にハンナには出来るかと聞かれたので顔を横に振って否定した。
「記憶も好きに選んでいじれるわけではないですし、私たちが干渉出来る範囲といえば出来て30分ほど前の記憶程度でしょう。それ以上は命にかかわるので禁術となっています。」
それ以上の記憶の改竄は、きっと人間にはできない所業だろう。そうこう話しているうちに水底までたどり着いた。
「こっちだよ、ついて来て。」
場所を思い出したのだろうクリーオスは先陣を切って歩き出した。
私達はしっかりと景色を見る余裕が生まれたので色んな場所を観察していくことにした。
「水の中というよりは大きな町を丸ごと突っ込んだような感じね。」
そう言った姫殿下に賛成の意見を述べる。
「300年よりもずっと昔には此処に町があり、地殻変動により埋まってしまったのでしょう。もしかしたら、クリーオスを隠す阻害認識魔術ではなくてこの場所を秘匿にしたかったのかもしれません。」
それならクリーオスにここで待っていて欲しいと言ったことへの理解が出来る。
クリーオスを軸にして認識阻害魔術を使っていたならクリーオスが此処にいる限りこの場所がバレたりはしないだろう。
(だとしたら、いったい何のために? )
そんな事を考えていると、目的地に着いたのかクリーオスは足を止めた。
「うわぁ……。すっごく綺麗……。」
其処には一面のイオンの花が咲いていた。
魔術師として研究材料のイオンの花は見た事はあるし、それこそ西の方に行けば見ようと思えば見ることも出来る。
でも、こんなに沢山の咲いている場所はきっと何処を探したって見つかりはしないだろう。
「こんなに沢山のイオンの花を見たのは初めてだ。」
そう言って花畑を見つめる姫殿下の瞳はキラキラと輝いていた。
「来てよかったでしょう? 」
そう言って笑うと姫殿下も微笑み返してくれた。
「うん。この光景はきっといつまでも忘れない。」
そう私に話しかけた姫殿下の表情を、私はきっと忘れることは無いんだろうなとなんとなく思ってしまった。
それからしばらく二人で花畑を眺めているとクリーオスがこちらに向かって歩いてきた。
「そろそろ地上に戻ろうか。」
「随分とあっさり引き返すのね。」
姫殿下が言った言葉にクリーオスは淡々と答えた。
「僕が探していた記憶は思い出せたからもういいんだ。それよりも、聞きたいことが山ほどあるんじゃないのかい? 」
「沢山ではないけれど、聞きたいことはあるわ。地上に戻ったら答えてくれる? 」
そう言うとクリーオスは頷いてから私達を背中に乗せて上へと上がっていった。
--------------
「さて、いったい何が聞きたいんだい?」
私たちの方を見つめるクリーオスに確認しておかないといけないことがあった。
「確認なのだけど、私の質問には確実に答えられるの?また制約みたいなものがあったりする?」
試練と言って条件を出してきたときに知りたかった事はあまり聞き出せなかった。
そんなことにならない様に予め確認をしておかないといけないと思ったのだ。
「君たちは僕の出した条件をクリアしたからね。知っていることは話すつもりだよ。
ただ、僕は記憶が抜けているところもあるから全て答えるとは言い切れないな。」
その言葉が聞けたので十分である。
早速質問していこうと思って魔法具の懐中時計を取り出した。
「この懐中時計が貴方たち魔石を入れないと動かないのは分かったけれど、もし同じような魔石があった場合は見分ける事って出来るの?」
「そもそも、その懐中時計は元々僕たちの為に作られたものだ。同じような形の魔石を手に入れてもその窪みにいれる事すら出来ないよ。」
この答えは想定内だった。聞くまでも無いかとは思いもしたけど、やっぱり確証は欲しかった。
「次ね、私達の入れ替えは古代魔術を使ったものなのかしら? その魔術はこの魔法具を動かせれば解ける確証は何なの? 」
「君たちがかけられているのは古代魔法の『時の魔術』だよ。君たちも感づいているとは思うけど、魔術によって君たちの生きた時間そのものが入れ替えられているんだ。」
その魔法具は対象にかけられた魔術を強制的にリセットする物だよとクリーオスは答えた。
(この魔法具は解除を目的に作られたものだったのね)
次の質問を考えていると、姫殿下が会話に入ってきた。
「そもそも古代魔術って何?私はまだ学びが浅いから無知であると言われても仕方ないとは思うけれど、魔術師であるハンナが分からないのは何故?」
姫殿下の質問にクリーオスは首をひねって思案していた。恐らくは何処まで話していいか分からないのだろう。
取りあえずは私から話を振って、答えられる範囲を手探りで探っていく方が良さそう。
「気になっていたんだけど、古代魔法って魔術痕は残らないの? 」
「古代魔法は今みたいな手順を踏まないからね。流石に僕みたいに魔力を流すだけで出来るのは同胞だけ。人間が使うときは魔法陣を組まないといけないけど魔術痕は残らないよ。」
これが聞けただけで十分だった。これだけ聞ければ私がたてた憶測が合っていたという事で間違いなさそうだ。
「つまり、貴方みたいな古代魔術の使い方をしていたら魔石だという可能性が高いのね。因みに古代魔術を使う一族はこの世界散らばってにいるの? 」
私達に魔術を使ったのは魔法陣を使って発動させていたので人間で間違いない筈だ。だけど、その古代魔術というのは私どころか王宮の魔術師も見た事も聞いたことがない。
大体こういう類は決まって大昔に秘匿とされ、一子相伝として受け継ぐ人がいる筈だ。
「系譜の話をしているんだったら知らないよ、興味もないしね。でも、君たちに魔術を使った男なら知っているよ。直ぐに会えると思うけどハンナ達が見つかる方が先かな? 」
クリーオスの言葉はまるで彼方から逢いに来るとでも言い方だった。そして同時にクリーオスからはこれ以上その男について教えてくれないのだと察した。
「そっか……。教えてくれてありがとう。」
そう言うと、言えることはもう無いと判断したのかクリーオスは目をつむった。
何をしようとしているのか察した姫殿下はクリーオスに話しかけた。
「もうここに未練はないのか? 」
「未練? 僕はするべき事をやった。役目が終わったから魔石になるのは当然じゃないかい? 」
「お前の気持ちを知りたいと思うのは間違いだったみたいだ。」
-------姫殿下は恐らく勘違いをしている。
やっぱり魔石に意思はあって会話もできるがそこに感情なんて存在していない。そして本質はどこまでも無機質な存在なのかもしれない。
そんな事を考えていると、クリーオスの周りが光りだし、彼と目が合った。
「君は僕達の本質を理解していると思うから、忠告しておくよ。僕たちを集めるなら出来るだけ急いだ方が良い。―――同胞の魔力の変質を感じる、何が起きるかは分からない。」
そう言って、クリーオスは消えてしまった。そこに小さなルビーだけを残して。
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