不純物の名は感情
姫殿下の剣は私の背中までの長さがあったはずなのに、姫殿下が手を放してしまうと泉の中に剣が沈んでいきそうな深さを感じた。
「この泉は剣が沈んでいくまでの深さは無い筈なのに……。」
驚きを隠さないでいると姫殿下は剣を泉から引き上げたかと思うと靴を脱いで泉の中に入っていった。
「姫殿下!? 」
その行動に思わず私は靴も脱がないで泉に入り、姫殿下の腕を掴んだ。
「あれ? 深さが変わってる? 」
しかし、私と姫殿下の服は濡れる事はなく泉の深さは以前入った程の深さだった。
そんな事を考えていると姫殿下に勢いよく抱き上げられた。
「お前は馬鹿か!? 今の背丈だと足が付かない可能性が高かった! 溺れてしまったらどうするつもり!? 」
いきなり抱きあげられて大きな声にびっくりしていると、自分が8歳程の体だと思い出した。
私も姫殿下の立場なら同じようにしたと思うので反論が出来ない。
「すみません。思わず体が動いてしまって。」
「気を付けて、心臓に悪かった。」
そう言って、姫殿下に抱き上げられたまま泉を二人で出た。
姫殿下と私の足元を風の魔術で乾かしているとクリーオスが近づいてきた。
「ゼノビアの持っている剣はお城から持ってきたものかい?」
クリーオスがそう言うと、姫殿下は私達に剣を見せてくれた。
「お父様から旅に出るときにいただいた剣だ。王家で受け継がれている宝の一つで様々な加護が施されているらしい。」
姫殿下が見せてくれた剣は、一見どこにでもあるような細身の剣だけど、姫殿下の言う通り様々な魔力を感じる。
一体どれだけの魔術が練り込まれているのだろうか。
(確かに良い剣なのかもしれないけれど、王室の宝なんて壊したりしたらどうしよう……)
そんな事を考えていると、クリーオスはなぜか納得したような素振りを見せた。
「代々続く宝だからかな? この剣からは古代魔術の気配も感じるよ。」
「古代魔術?」
私がそう尋ねるとクリーオスは口を閉ざした。どうやら話してはいけない内容だったらしい。
姫殿下も思うことがあったのかクリーオスに質問していた。
「前々から思っていたが、300年前の事を最近のように話すお前の古い基準は何なんだ?」
「僕の基準としては今では使われていないものかな? 積み重ねたものだって下の方になっていけば『土台』にはなるだろうけど、ボロボロになってしまったそれがどんなものだったかなんて忘れてしまっているだろう? 」
「そんなものは誰も使わないし、発展したものを好き好んで皆は使うじゃないか。」
何だかとても偏見的な感じの答えを聞いた気がする。それは姫殿下も思ったのか少しだけ顔をしかめていた。
「お前が新しいものが好きじゃないって気持ちだけは分かった。取りあえずはこの剣に掛けられた加護のどれかがあの泉に反応したというところか。」
その言葉を聞いて姫殿下の言いたいことが分かった。
「恐らくは、剣に掛けられていた古代魔術が反発して歪みが発生したのでしょう。」
「じゃあ、歪みの発生地点はあの泉? ……まさかとは思うけどハンナが剣を持ちながら潜って行くなんて言わないよね? 」
ジトっと姫殿下は私を見ながらそう言った。
(うぅ、ちょっと様子を見てこようとしただけなのに)
するとクリーオスが泉に向かって歩き出した。
「クリーオス? どうしたの? 」
「君たちは僕が古代魔法を何で使えないと思っていたのさ。道は分かったんだから早く行こう。」
クリーオスの言葉に姫殿下は私を庇うように前に出た。
「それは、私達にお前について行って溺れて死ねと言っているのか? 」
姫殿下の警戒するのも分かる。
今の魔術に水の中で息が出来るようなものは無い。クリーオスは平然と行こうとしているのだから息は続くのだろうけれど、どこまで深いのか分からないから私たちの息が続く保証はない。
「僕が付いているから、其処は心配しないでついて来て欲しい。」
「お前を信用できる要素が無い。」
クリーオスの言葉に姫殿下は言葉をバッサリと切ってしまった。
(でも、クリーオスが嘘を言っているようには感じないわ)
剣に古代魔術を感じ取ってから明らかにクリーオスの態度は真剣みを帯びていた。
「姫殿下、私はクリーオスを信じても大丈夫だと思います。」
「根拠は?」
「嘘をついているようには見えません。」
「噓を付かないことと、私達を陥れることは繋がらない。あいつが出した条件を達成させないためにしようとしているのかもしれない。」
姫殿下の言うことは間違っていない。
いや、そう考えるのが普通だと思うし私も平時だったら姫殿下と同じ事を言うと思う。
「クリーオスがイオンの花の事を探すことに命を懸けてもいいと言っていました。私が信じているのはその言葉です。」
クリーオスが優しくなったわけでもイオンの花を探す私たちに気を許したわけでもないのなんて態度を見れば分かる。
私はクリーオスが『イオンの花を見る』というそれだけの為に生命活動を行っているんじゃないかと行動を見て思った。
「ねぇ、クリーオス。質問なのだけど、貴方がこの場所で見たイオンの花って1本や2本みたいに咲いている場所は分かりにくいの? 」
その答えにクリーオスは勢いよく否定した。
「僕がみたのは一面に広がるイオンの花畑だ!! あんなきれいな光景を忘れるわけない!! 」
その言葉を聞いて姫殿下に向き直った。
「気になりませんか? 一面に咲くイオンの花畑。きっと、あの泉の中にクリーオスが忘れられない光景が広がっている筈です。」
そう言った直後、姫殿下は大きなため息をついた。
「ハンナの提案は『正解』じゃないと思うけど。」
その言葉に反論が出来ずに黙ってしまうと姫殿下は苦い顔をしてしまった。
「分かった。今回はお前が見たいという我儘に私が折れたということでこの話は終わりだ。」
そう言うと私の手を掴みクリーオスの前まで歩いて行った。
「クリーオス。ハンナが行きたいというからお前について行ってやる。」
「え、僕が行きたいって言ったんだよ? ハンナの意見なんて聞いてないんだけど。」
クリーオスが毛繕いをしながら言うと姫殿下のこめかみがピクリと動いた。
「そうだ。これは私たち二人で話し合った末のハンナの我儘だ。私たちは花を見る為にお前に勝手についていくし、危害を加えたり命が危ぶまれたら即刻お前を切り刻んで水上から出る。」
「僕は結果しか見ない質なんだ。でも、僕を信じてくれたってことは嬉しかったよ、ハンナ。」
感情が読み取れない表情と声音で話すのでどこまで本気で話しているのか分からなくなる。
(そもそも、魔石自体に感情があるかも怪しいって思っていたのに)
こうして話してみると本体が魔力の塊である魔石なんて到底思えない程に意思疎通が出来る理由を考えていると、クリーオスが私達に体に触れるように言ってきたのでクリーオスの背中辺りに手を乗せた。
(うわ、すっごくモフモフしてる……。魔力を私達に流しているからだと思うけどとても暖かいな)
モフモフした感触を堪能していると魔力を流し終わったのか泉に入る準備の為か私達から離れて泉に向かって歩き出した。
「何をしてるんだい? 準備が出来たから早く行くよ。」
「えっ!? まだ魔術かけて貰ってないよ!? 」
流石に歪みの先の花畑は息が続く距離にあるとは思っていないので、自力で泳げないから姫殿下と口論になったのに。
「君たちにはもう魔術はかけているよ? さっき魔力を流したのを感じただろう? 」
姫殿下は魔力を感知する術をまだ学んでいないのか魔力を感じられずにきょとんとしていたが、クリーオスからは魔術を使った形跡を感じられなかった。
「魔力の流れは感じたけど、それだけだよ? 」
本当にかかっているのか不安に思っていると、じれったくなったのか姫殿下と私を背中に乗せて泉に向かって走り出した。
「どうやら覚悟を決めるのは貴方が最後になりそうね、ハンナ。」
いや、かかっている痕跡も見つからないのにどうやって信じろって言うの!?
そんな思いとは裏腹に私たちは泉の中に入っていった。
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