不安と信頼、噛み合い出した二人

「本当にクリーオスの眠っていた場所にイオンの花はあるの?」



 クリーオスに案内をされる途中で姫殿下は疑問を口にした。



「クリーオスの話が本当であれば、300年以上もその場所で眠り続けていたその場所にも認識阻害の魔術の影響は受けている筈です。」



 300年間魔術が影響していたのなら文献を探っても出てこないはずだ。



「エヴィエニスが建国されたのは250年前。そこからの歴史しかないので誰も気がつかなかったのかもしれません。」



 300年前に地殻変動が起こっていたとしても、あくまでもクリーオスを隠すための魔術の筈だから痕跡を書き換えられていると思う。


 そう説明しながら案内に従って歩いていると、クリーオスは止まった。



「着いたよ、ここだ。」

 


 場所を確認してクリーオスへ問いかける。




「本当に此処で間違ってないんだよね? 」


「当たり前だろう? さすがに眠っていた場所まで忘れるなんてことは無いよ。」



 そこで見たものは何の変哲もない、強いて言えば底が見えそうな浅めの泉がある場所だった。



(私の推測は間違っていたの? )



 このあたりからは魔力の歪みなんて感じられない。

 いや、クリーオスの件を考えるとこの近辺全てが歪んでいると考えた方が良いのかもしれないと先程まで考えていた仮説を修正する。



「この場所が認識阻害の魔術の弊害を受けているのね。私には何も感じないけど、何か分かる? 」



「えっと、」



新しく立て直した仮説を話そうとしたけど言葉が出てこなかった。


(何で……。この推測は合っている確率が高い。姫殿下に話すべきなのに……)



 仮説が違う事なんていくらでもあるし、姫殿下だって承知の筈だ。それなのに私は今、『間違えてはいけない』と思っている。



(間違えていたら次の仮説を考えたらいいのに、何でこんなにも怖く感じるんだろう)



 考えれば考えるほど頭が真っ白になっていく。そもそも私の話たいことってなんだっけ?と分からなくなっていく。



 そう思っていると、何かを察したのか姫殿下が口を開いた。



「ハンナは何が怖いの?」



 姫殿下は純粋にそう思われたんだと思う。しかし、その言葉は私の心の中をのぞかれている様な感覚がした。


(……視線を合わせることが出来ない)


 姫殿下の飾らない言葉もそうだけど、今の私にはこの真っすぐに見つめる視線に耐えることが出来なかった。無言に耐えきれなくなってしまい、視線が合わないまま言葉を続けた。



「……わかりません。」



 怖いと感じている自分がいるのは確かなんだけど、何でかと言われてしまうと言葉が出なかった。

 やっと出てきた私の言葉に耳を傾けてくださっているのに、喜びよりも申し訳なさが勝ってしまっている。



「上手く説明できないんですけど……その、私の言葉で説明しようとすると言葉が出てこないんです。」



 きっと言葉に出来ないわけじゃない。でもそれが出来ないのは私に伝えたい言葉が無い証拠なのではないだろうか。そう考えると私自身が空っぽな人間の様に思えて虚しくなった。


(姫殿下を直視出来ない。だって呆れているに決まっているから)


そう思っていると姫殿下の声が聞こえた。



「さっきまでは話せていたのに?」


「それは……きっと私の言葉じゃないからです。 」


 私の言葉に姫殿下は心底意味が分からないとでも言いたげな表情をしていた。その表情にいたたまれなくなったので軌道修正をしようと会話を遮った。



「この話はこれで終わりにしましょう。今から考えますので少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか。」


(良かった、話せたわ)


そう考えていると姫殿下は真っすぐに私を見つめていた。


「えっと、姫殿下。少々お待ちください……」


「それが『この会話の正解』なのね。」



その言葉は私に鈍器で殴られたような衝撃を与えた。

だって、私の言えなかった言葉を姫殿下はあっさりと言ってしまった。8歳の女の子に見透かされてしまう程にハンナという人格は未発達なのだと突き付けられた気がした。



 私は気が付くと私はボロボロと涙を流していた。



 そんな私の事なんてお構いなしに姫殿下は言葉を続ける。


「でも、私はハンナの言葉で聞きたい。さっき何を怖いと思ったのか教えてほしい。どんな言葉になったってかまわないから。」


その言葉を聞いて私は殆ど八つ当たりの様に感情を吐き出した。



「怖いです。間違う事がとても怖い……っ! 私の言葉に意味はあるのかと考えてしまう。だったら正解を選んだっていいじゃないですか!! 」



 言葉も出なくなって泣いてしまった私を姫殿下はそっと涙をぬぐってくれた。



「ごめんね。」



 そう言って姫殿下は私を抱きしめた。



「姫殿下!? 一体何を……。」



「やっぱり私には理解出来ない。でも、----私は、ハンナの言葉を信じたい。」



 姫殿下のぬくもりや言葉を聞いて不思議と不安な気持ちが和らいでいた。



(何で姫殿下は私にこんな言葉をかけてくれるんだろう? )



 そんな事を考えながらも、姫殿下が思ってくれたように私もそうありたいと思えた。

 

これは決して『姫殿下のお心に添えるように努めよう』なんて大層なものではなく、一人の少女の期待に応えたいという確かに『私』の気持ちだった。



 そんなやり取りをしていると、クリーオスは私達の間に割って入ってきた。



「ハンナはやっと落ち着いたかい? 調査は続けられそう? 」



 姫殿下はむっとした表情をクリーオスに向けていた。



「誰だって精神が不安定になることはある。そうハンナを急かすな。」


「あれ? 君は僕と似た考え方だと思っていたけど違ったんだね。それともハンナだからそんなにも擁護するのかい? 」



 何故か喧嘩腰に話をしていたので、今度は私が二人を遮る形で話しかけた。



「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だよ。」


「それは良かった。で、推察の続きを聞かせてくれるかい? 」



 クリーオスが話を急かしてきたので、私は辺りを見渡しながら話し始めた。



「正直に言うと、此処には魔力の歪みは探知できません。」



 すると、姫殿下は納得といった表情を浮かべていた。



「だから言うのを躊躇ったのね。でも、他にも思い当たる節があるのでしょう? 」



「はい、姫殿下は初めてクリーオスと会った時の感覚を覚えていますか? あの時の私は探知魔法をかけていたので少なからず魔力や生命反応を探すことが可能な状態でした。」


そう言ってから、一呼吸置いて話を続けた。


「でも、探知に引っかかるどころかクリーオスが話しかけるまで私はただの羊だと誤認したままでした。そこまでの認識阻害の魔術なら眠っていた場所全体に影響があっても可笑しくないと私は思います。」



 姫殿下は私の話を聞いて首をかしげて口を開いた。



「つまりは、この場所全体が歪みの対象だと?」



「そういう結論に私は辿り着きました。一番怪しいのは其処の泉ですけど流石に浅すぎて水底がここからでも目視出来ますね。」




 そう言っていると姫殿下は泉に近づいた。




「ハンナ、一つ質問をいい?」



「何でしょう?」



「ハンナはこの泉に入ったことはある?」


 先程の浅すぎるという発言が気になったのだろうと思い、入った時の事を思い出す。



「私が調査でその泉に入った時は私の踝よりも少し上くらいだったので大体5,6センチくらいの浅さだったと思いますよ。」



 そう言うと姫殿下はこちらに来いと手招きをしてきたので行ってみると驚きの光景が目に入った。






 何故なら、今の私の肩くらいまであるだろう姫殿下の剣が柄まで泉に沈んでいたのだから。


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